第1396話:シーサーペントが現れた
「ルーネロッテは、昨シーズンデビューだったのかの?」
「いえ、まだでした」
「何の話?」
社交界デビューについてだそーな。
王都住みの貴族にとっては社交シーズンなんてあってないようなものだが、農業国である帝国では、農閑期の冬が社交の盛期ではあるそう。
ゴージャスなドレスでも暑くないって理由もあるみたい。
そーいや公爵フリードリヒさんも、春だから領地に帰るみたいなこと言ってたな。
「一五歳の成人までにはデビューをすませるのが、帝国貴族の常識なのだ」
「ふーん、ルーネは何歳なの?」
「一四歳です」
あたしの二つ下か。
大人っぽいな、同い年くらいかと思ってた。
一四歳ならデビュー前でも普通なんじゃないのと思ったら違うらしい。
「デビューを果たすと一人前のレディーとして扱われるのだ」
「つまり縁談が舞い込むようになる?」
「うむ。一〇歳以降のデビューならば早過ぎることはないが、領の都合で焦っていると思われることがある。だから普通は一二、三歳だな」
「なるほど。痛くもない腹を探られるのは嫌だから、何事もないなら当たり前の年齢で社交デビューするってことか」
逆に早くデビューするってことは、とっとと婚約者が欲しいサインだったりするんだな?
面白いなあ。
「特に些事に忖度することのない皇族ではそうだ。ルーネロッテのデビューは遅いと感じるな」
「ははあ、お父ちゃん閣下がまだ早いって止めてるわけだ?」
「おわかりになりますか」
「そりゃまあ」
ルーネを誰に娶わせるかというのは、次の皇帝を狙う閣下にとって重要なことだ。
簡単に出せない奥の手なのだろう。
むしろ皇帝になってから、地位を磐石にするために使いたいのかもしれないが……。
「結局ルーネが可愛くて手放せないんだろうな」
「ユーラシアもそう思うか?」
「思う」
顔を赤らめるルーネ。
ん?
「……船のスピードが上がったな」
「そうか?」
「船長さんとこ行こうか」
「事件か?」
「わからんけど、何となく焦りを感じる」
ラグランドまで巡航速度でいいはずだ。
急ぐ理由なんかなくない?
操舵室へ。
「こんにちはー。ウルトラチャーミングビューティーの優れたカンによると、船長さんには心配事があるようだね」
「シーサーペントが現れた」
船長さんの簡潔な答えだ。
海の魔物か。
もうちょっと掛け合いを楽しむつもりだったのに、エンタメどころじゃないみたい。
苦りきった表情の船長。
「ドーラ船が信号弾で教えてくれて、向こうはうまく追跡から逃れて離脱した。しかし当船を追いかけてきて引き離せないんだ。速くてしつこい個体らしい」
「追いつかれるとどうなるの?」
「当船の規模からして沈没することはない。が、舵や動力系を壊されでもすると修理に時間がかかる。ラグランド到着が大幅に遅れることになるな」
「迷惑だなあ」
リリーが失礼なことを言う。
「ぬしが乗っておるからトラブルになるのではないか?」
「おいこら、リキニウスちゃんの爺ちゃんと一緒にすんな! トラブルになんかなんないわ! やっつけてしまうわ!」
「「「「えっ?」」」」
「シーサーペントの攻撃って、噛みつきと体当たりくらい?」
「うむ」
「遠距離攻撃持ってないなら特に問題ないよ。船尾だよね? 見てくる」
ゾロゾロ。
あれ、皆来るやん。
船長が指差す。
「あれだ」
「本当だ。デカい口開けて追いかけてくるねえ」
何で口開けたままあんなスピードが出るんだ?
変なところに疑問を持ってしまうわ。
「海ヘビの魔物だ。あれほどの個体だとかなりの体長になるはず」
「海ヘビかー」
図らずも山ザル対海ヘビの対決になってしまった。
「倒せるか?」
「ちょっと遠いな」
割とレベルはある魔物と見た。
オーガとワイバーンの間くらいの強さはありそう。
距離は二〇ヒロくらいか。
さすがに届かん。
「もう少し近付ければあたしが責任持って倒すよ」
「スピードを落とせばということか?」
「うん。リキニウスちゃん、ルーネ、甲板は危ないぞ?」
「ユーラシアさんが魔物を倒すところが見たいのです!」
「私も!」
「んー? じゃあ振り落とされないよう、船にしっかりしがみついてるんだよ?」
「「はい!」」
「リリーはリキニウスちゃんに注意しててよ。ヴィルはルーネ見ててくれる?」
「うむ、任せよ」「了解だぬ!」
揺れる船上で足元がやや不安定だが、これくらいなら大丈夫。
「船長さん、巡航速度までスピード緩める指示出して」
「わかった」
動力室へ行く船長。
……うむ、徐々にシーサーペントとの距離が詰まってくる。
溜めて溜めて……。
「雑魚は往ねっ!」
「おお、鮮やか!」
「すごいです!」
亡骸がぷかーっと浮いた。
もう大丈夫、距離が開いてゆく。
血が出ないな。
『雑魚は往ね』ってどーゆーダメージの入り方するんだろ?
船長が甲板船尾に戻って来た。
「やったか!」
「問題ないね。ところでシーサーペントっておいしいかな?」
「えっ?」
唖然とする船長。
いや、わかってるって。
ただ乙女の心を刺激する純粋な食への好奇心というやつがだね。
リリーが言う。
「肉食だぞ? 臭みが強いのではないか?」
「だよねえ。諦めだな」
ドロップアイテムがあったとしても回収できない。
またつまらぬものを斬ってしまった。
リキニウスちゃんとルーネは興奮してるけど、タダ働きはどーもテンション上がらない。
「レベルが上がりました!」
「ぼくもです!」
「えっ?」
共闘扱いになったのか。
よかったじゃん。
レベルが上がって損はないしな。
「『ウインドカッター』の魔法を覚えました!」
「ルーネやったねえ。空に試し撃ちしてみ?」
「はい! ウインドカッター!」
空気を切り裂く風の刃、いい感じ。
「ぼくは魔法を覚えられないのですか……」
「リキニウスちゃんは固有能力持ちじゃないから、レベルアップで魔法を習得することはないな」
「どうしても魔法を覚えたければ、買えばいいのだぞ? 世の中金の力で大体どうにかなるのだ! マネーこそパワー!」
「おお? 非の打ちどころがないほど正しいけれども、セリフがリリーらしくないね」
笑い。
リキニウスちゃんが魔法の心配しなくていい世界の方が、平和でいいけどね。
船長が言う。
「すまんが、ドーラ船と連絡取ってくれんか?」
「りょーかいでーす。ヴィル、父ちゃんとこに飛んでくれる?」
「わかったぬ!」




