第1375話:エンタメボーダーラインのこっち側
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
毎晩恒例のヴィル通信だ。
『アレク達から報告だ。盾の魔法のスキルスクロールだが、現在三〇〇本完成、おそらく一〇〇〇本完納できるとのことだ』
「ほんと? すごいなあ」
特に問題なくスキルスクロール量産が可能なようだ。
ありがたいなあ。
いずれ水魔法『アクアクリエイト』もドーラ内製に切り替えたいな。
『ユーラシアから預かってる黒妖石だが、二つめのスクロール用作業台にしていいんだよな? 確認してもらってくれとのことだったんだ』
「もちろんだよ。作業効率を上げて儲けてちょーだい。おゼゼがあると皆幸せ。サイナスさんも復唱しようか。さんはい」
『どんな宗教だ』
アハハ。
作業台が二台になれば、おそらく異世界に外注を出さなくても月三〇〇〇本のスキルスクロール生産は楽々可能になる。
『アトラスの冒険者』が廃止されて異世界との交流がなくなっても、スクロールについてはまず安心だな。
念のためもう一つ作業台が欲しいところだが、自由開拓民集落ユーラシアで手に入れた大きな黒妖石六個は使い切ってしまった。
ガータンででっかい黒妖石を手に入れてこないとな。
そろそろ黒妖石も集まってる頃かもしれない。
一度見に行かなければ。
『ラグランドは?』
「順調に蜂起二日目でーす。火の手は広がってないね。もう帝国からの全権の使者が来ることが住民の間で広まってるんだって。交渉待ちってことになってるらしいんで、当面は大丈夫そうな雰囲気」
『帝国からラグランドへの使者が誰になるか、決まったんだろう?』
「サイナスさんやるなあ。ズバリ面白ポイントだと見る?」
『何気なく聞いただけなんだが』
「エンタメ神経回路が開通しちゃってるねえ」
嫌そうな気配じゃないな。
サイナスさんもエンタメボーダーラインのこっち側の人間になってきた。
「使者はリキニウス殿下になった。亡くなった第一皇子の息子さん」
『え? 子供じゃないのか?』
「九歳って言ってたかな。ふわふわ金髪のメッチャ可愛い子だよ。背中に羽生えてたらまんま妖精」
『名目上の使者はともかく、実質の使者は実力者なんだろう?』
「実質的な使者はプリンスルキウスなんだ」
『どういうことだい?』
「在ドーラ大使が何の因果でラグランドへ? 闇に隠された真実の向こう側に壮大なドラマがあるのであった」
『そういうのいいから!』
「次回に続く」
『こら!』
可憐な乙女のちょっとした冗談だとゆーのに。
エンタメボーダーラインのこっち側の人間だったら理解しないと。
「一日プリンスを貸せって。あたしが転移でラグランドに連れていけば、交渉の日くらい大丈夫だろうって」
『ええ? 力技だな。ユーラシア好みだろう?』
「やり口は好みなんだけど、あたしとしては面白くない」
何故ならプリンスの実務能力が現政権の安定のために、いいように使われちゃうから。
まーでもプリンスは帝国の役人なんで断われないし、あたしも知らん人物が交渉担当になるよりマシなんで仕方ないけど。
『帝国としては皇族二人を送ってラグランドに誠意を見せられる、ということか?』
「三人なんだ。もう一人、主席執政官閣下の娘が同行することになりそう」
『ほう? どんな子だい?』
「ルーネロッテっていう、あたしくらいの年齢の子だよ。冒険者に憧れてるんだって。外の世界を見てみたいからついて来るみたい」
『裏があるのか?』
「使者の乗ってる船を途中で沈めたり、交渉の最中に艦隊送ってラグランドを怒らせたりしないよっていう、閣下なりの無言の宣誓だと思う」
『……人質ということか。厳しいなあ』
「ピースラブなドーラ人には思いもよらぬことだったよ」
『君しっかり読めてるんじゃないか』
あたしだって今更そんなことしてくると思わなかったわ。
閣下が悪いやつだから、おかしな誠意の見せ方をしようとするのだ。
もっともルーネの随行は、帝国にとっては必要不可欠の要素ではないんだよな。
取りやめになるかもしれない。
『しかし、ルキウス皇子がうまく交渉をまとめたところで、正使じゃないなら功績が霞んでしまうだろう?』
「だよねえ。失敗したら指差して笑うつもりだろうし」
『君、何か仕掛けるつもりだろう?』
「わかる? 帝国にもラグランドにもウィンウィンになるように和平条約を締結させる、ここまでは決定」
『一番難しいことじゃないか。双方の利害が対立するんだから』
一見そー思えるかもしれんけど。
「ラグランドにとっては、今より民の生活が楽になることがメリットじゃん? ところが帝国にとっては、というより現政権にとっては、穏便かつ速やかに話し合いと蜂起が終わることがメリットなんだよね。だから帝国が絶対譲れない部分を避ければ、案外簡単に手打ちにできるんじゃないかと考えてるんだけど」
『ふむ、帝国の譲れない部分とは?』
「独立させろと税金下げろ」
『ええ? その二つがナシなら、ラグランドが納得しないだろう?』
「ラグランドの内政担当の人が、何か腹案あるみたいだったんだ。悪いこと企んでるみたいだったから楽しみなの」
『企み目線のエンターテインメントがえぐい』
あたしも悪いやつの交渉の仕方は娯楽……勉強になるから楽しみなのだニヤニヤ。
「で、使者が決まったことをラグランド総督府や行政府にも伝えて」
『マメだなあ』
「プリンスが在ドーラ大使じゃなくなっちゃうと、施政館で教えられたんだよ。次席執政官に戻るそーな」
『ルキウス皇子の婚約発表に際しての配慮かい?』
「とゆー説明だったね。けどドーラに置いとくと気味悪いから、手元で飼っとくってこと以外の何物でもないでしょ」
『半分くらい君のせいじゃないか』
あたしの『おかげ』だぞ?
『せい』じゃなくて。
閣下により警戒されるくらいには存在感が増してるってことなんだから。
「せっかく育てたプリンスが取り上げられちゃうのが悲しい」
『お気に入りの玩具が取り上げられるのはつまらん、と意訳してみる』
「マジで皇帝になってくんないと元が取れないんだけど」
『威厳』で帝都でも影響力を発揮してください。
「眠い。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はリリーの様子見てくるか。




