第1183話:公爵フリードリヒ
「いただきまーす」
公爵邸の応接間でお茶を出された。
これは発酵度の高いやつだな。
いい匂い。
傍らに控えていた給仕に聞く。
「おいしいねえ。これはどこ産のお茶なの?」
「ズデーテンですよ。帝国では最も有名な産地です」
「ズデーテンかー。帝国は広いから、暖かいところもあるんだねえ」
確か帝国本土から南へ行った、海のあるところ。
地図で見たので覚えてる。
さらに南には小さい島国がいくつかあるんだよな。
ドーラに気候が近いところみたいだから、一度行ってみたいもんだ。
冬用の熱いお茶ではズデーテン産に敵わないかもな。
まあいい、我がドーラには超すごいお茶『リリーのお気に入り』がある。
冷茶では無敵だ。
「やあ、遅れてすまなかったね」
「こんにちはー。お邪魔してますよ」
ニコニコと愛想のいい男性が、ヘルムート君とパウリーネさんを連れてやって来た。
これが公爵フリードリヒさんか。
元騎士だけあってレベル二〇は越えてるな。
ヘルムート君の父ちゃんらしく身体はデカいが、あたしの中のお笑い感知器が作動している。
「僕がフリードリヒだよ」
「もうかりまっか?」
「まあまあでんな」
うむ、間違いなくエンタメボーダーラインよりこちら側のキャラだ。
愉快な人と知り合えてよかった。
しかし愉快なだけの人ではないことも事実なのだ。
ヘルムート君が不審げに言う。
「今のは?」
「商人の挨拶だよ」
「そうそう、商人商人」
ウインクしてくる公爵。
この人もお貴族様って感じのしない軽さだな。
元騎士だから?
いや騎士が剽軽ってことないよな?
「話題のユーラシア君に会えて嬉しいよ」
「こっちこそ。フリードリヒさんがこんなおもろいおっちゃんと知ってたら、もっと早く会いたかった」
アハハと笑い合う。
「面白い話を持ってきていただけたとか?」
「うん、その前にパウリーネさん。これプリンスルキウスから預かってきた手紙だよ」
「まあ、ありがとうございます!」
……ふむ、無邪気に喜ぶ娘を見る公爵に、毛ほどの緊張も嫌悪感もない。
やはり公爵はプリンスに対して好意的と見て間違いない。
「ヘルムート君は将来どうする予定なのかな?」
「長男アインハルトにもしものことがなければ、他家に婿となって出るか、もしくは領主補佐としてアーベントロート家に残るかだね」
「第三の選択肢を持ってまいりました! 男爵やってみないかって話なんだけど」
「「「は?」」」
やはり施政館から話は来ていない。
まあフィフィの方がどうなるかわかんなかったしな。
かくかくしかじか。
「……というわけなんだ。直接人となりに触れて、ヘルムート君はかなりのポテンシャルを秘めた男だってのはわかった。次男として燻るより小さいながらも男爵として頭となる方がいいかと思って、主席執政官と封爵大臣にお勧めしといたんだ」
「ありがたいことではあるが、しかし……」
「うん、ユーラシア君に得がないだろう?」
「そんなことはないよ。フリードリヒさんとヘルムート君に恩が売れるんだし」
公爵の瞳を見つめる。
思わせぶりな色だ。
どう見てもただの面白商人ではないな。
「……やけにルキウス様に入れ込むじゃないか」
公爵男爵をまとめて引き入れたい思惑にもう気付いたか。
やるなあ。
「プリンスルキウスはできる男だからね」
「それでルキウス様を次期皇帝の座に座らせたい、か。決定的な理由は何だい?」
「じゃーん、大悪魔登場!」
正念場だ。
出し惜しみせずに押さねば。
ナップザックからバアルの籠を取り出す。
「……悪魔バアル」
「久しぶりであるな。フリードリヒ公爵」
「えっ? 知り合いなん?」
意外な展開にヘルムート君もパウリーネさんも目を真ん丸くしている。
いや、あたしも意外なんだが。
「カル帝国有数の大貴族であるからして、弱みを握りたく思うのは当然なのである」
「当然なんだ?」
「バアル。君、ドミティウス様を唆してドーラに侵攻させようとしただろう?」
「よく知っているであるな。しかし作戦を主導したのはドミティウスであるぞ」
「ははあ、だからユーラシア君はドミティウス様を信用できない。ルキウス様をということか。よく理解できたよ」
「おいこら、あたしの出る幕なくなっちゃったじゃないか。ターンを返せ!」
見せ場が消滅してしまった。
何とゆーことだ。
「今のバアルの扱いはどうなっているんだい?」
「うちの子だよ。ブレーンとして役に立ってくれているんだ」
「吾が主の僕である」
「ほう、バアルを従えるとは大したものだ。ユーラシア君がルキウス様を推す理由もわかる。しかしそれだけでは、現在の第一人者ドミティウス様を切る理由にはならないんだがね」
フリードリヒさんからすると、パウリーネさんがプリンスルキウスの婚約者になったからってだけじゃ、行動を起こす理由にならないらしい。
まー慎重な人の方が頼りになるわ。
「ドミティウスは『魔魅』の固有能力持ち、高位魔族を引き寄せるである。ドミティウス自身が有能であることは否定せぬであるが、側にいる高位魔族の影響を受けざるを得ないのである」
「ふーん、あたしの側にも悪魔いるけど」
「力関係が違うである。吾もヴィルも主には逆らえないであるが、ドミティウスと高位魔族の関係はイーブンである」
逆らえない割にはバアル好き勝手言ってるけどな?
公爵が聞く。
「具体的に悪影響とは?」
「戦争起こそうとするんだよね。今も海外遠征計画中で、第一皇子の喪が明けると出撃すると思う」
「戦争は迷惑だな」
表情が曇る公爵。
うんうん、商売人の顔ですね?
戦争で儲けるのなんて邪道だしな。
わかります。
「多分遠征先がソロモコっていう島国になるんだ。ソロモコは魔王が絡んでる面倒な島で、万一征服されると魔王が怒っちゃうの。あたしにその戦争何とかしろっていうクエスト振られてるんだけど、迷惑でかなわない」
「主は嬉しそうなのである」
「こら、本音を言うな」
笑い。
公爵が言う。
「わかった。ルキウス様に協力しよう。ヘルムートの男爵叙爵については賛成、パウリーネの婚約発表は遅めでいいかい?」
ヘルムート君の男爵が決まってから、パウリーネさんの婚約が発表されるのが望ましい。
「フリードリヒさんはできる男だなー。それでよろしく。今から施政館行ってくるから、ヘルムート君借りるね」




