第1165話:ヒゲピンのおっちゃん
――――――――――二〇一日目。
今日は朝から新しい転移の玉でゼムリヤのメルヒオールさんの館にやって来た。
まだ山が雪深いためエサを求めて麓に降りてくる、冬眠明けの魔物を間引くという依頼のためだ。
「おっはよー」
「うむ、よく来た! 精霊使いユーラシアよ」
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
飛びついてきたヴィルをぎゅっとしてやる。
「で、そちらが?」
細く伸ばした口ヒゲをピンと上へ跳ね上げている中年男性と、まあまあのレベルの兵士が三人いる。
ヒゲピンのおっちゃんがメルヒオールさんの甥だろ。
兵士三人はどうやらヴィルのレベルでビビって、さらにあたしの魅力にビビっているらしい。
別に獲って食いはしないぞ?
ニコッと会釈したつもりが、さらに凍りついた。
解せぬ?
「甥のザムエルだ」
「よろしく、ザムエルのおっちゃん」
「何と無礼な小娘だ!」
「ヒゲ、なかなかかっちょいいよ。センスあるねえ」
「ほほう、見る目はあるではないか」
褒めときゃオーケーだな。
扱いやすい。
メルヒオールさんの両肩がヒクヒクしていますぞ。
声に出して笑えばいいのに。
笑いは場に似つかわしくないと考えたか、やや大声でメルヒオールさんが言う。
「通知したように、本日は聖モール山麓付近の魔物狩りをしてもらう。今年は山にまだ雪がかなり残っているために、集落周辺にまで魔物が出没すると、住民から声が上がったためである。冬眠から覚めたばかりの魔物ゆえ、群れをなしていることはおそらくないであろう。東から西へ、さらにより山側を西から東へ踏破してもらう。必ずしも全滅させる必要はなく、あらかた倒せばよいと思ってくれ。三~四時間の任務になると思われる。何か質問あるいは要望は?」
「あたし達雪の上を歩く靴? 履物? を持ってないんだ。用意してもらえると助かるなー」
なきゃないで飛行魔法を使えばいいんだが、今日はヒゲピンのおっちゃんを失敗させて、辺境侯爵の任に堪えないことを悟らせろという裏ミッションがある。
ズッコケさせるには歩いて行動した方が都合がいいのだ。
「うむ、これに」
ズボンと一体化したような長靴だ。
わざわざクララ用の小さいサイズも用意してくれてるじゃん。
やるなあ。
「草食魔獣も出るんでしょ? 昼は麓でお肉のスープにしようよ。付近の人達も呼んで。でっかい釜か鍋かが欲しい」
「用意しよう」
よしよし、昼御飯も確保できたぞ。
準備は万全だ。
魔物退治行くぞー。
あれ、ヒゲピンのおっちゃんどうしたの?
「待て、小娘。今から魔物退治だというのに、見たところその方ら丸腰ではないか」
「心配してくれてるの?」
「足手まといが迷惑なだけだ!」
「おっちゃん、好みのタイプの女子に厳しく当たっちゃうタイプ?」
「そんなことはない!」
「本当はあたしが可愛いから気になっちゃうクセに」
アハハ。
あれ? 兵士さん達笑っていいんだよ。
寒いから表情筋が強張ってるのかな?
『アンリミテッド』のパワーカードを起動する。
「こういうものがあるから平気だよ」
「ほ、ほう。隠し武器か。少しはやるではないか」
「見たことないですね。ドーラの装備品ですか?」
「うん。普通の武器を持てない精霊でも使える特殊な装備品だよ。一〇〇年位前にドワーフが開発したって言われてるんだ。ドーラにしかないみたいだね。ドーラでもすごく使われてるってわけじゃないけど」
兵士達は見慣れない武器に興味があるみたいだな。
感心する兵士達と不審そうな目付きをするヒゲピン。
あたしらの実力わかってないの、ヒゲピンのおっちゃんだけだからな?
「では山麓まで皆を運んでくれるか」
「うん。クララ、お願い」
「はい、フライ!」
「ほげえええええ!」
実にユーモラスなヒゲピンの叫び声を残し、びゅーんと山へひとっ飛び。
◇
足跡のついていない雪原を進むと、ぐごっぐごっというくぐもった足音が鳴る。
「ふーん。雪は踏みしめると不思議な感覚があるんだなあ。ちょっと楽しい」
「小娘よ。雪は初めてか?」
「うん。ドーラは温かいところだから、ほとんど雪は降らないんだよ」
最初コユキに会った時はすげー吹雪だったこともあって、雪の感触まで気が回らなかった。
その後はほとんど飛行魔法だしな。
ちなみにヒゲピンのおっちゃんや兵士達には、あたしが『アトラスの冒険者』であることは説明済み。
どこまで理解してるか知らんけど。
「あ、お肉だ。よっと」
「お見事!」
でっかいリスみたいな魔物を一振りで倒すと、兵士から感嘆の声が上がる。
「ふうむ、あの距離が届くのか? かなりリーチが長いではないか」
「さっきのパワーカードの中に遠隔攻撃を可能にするってやつがあるんだ。それを併用してるの。若干扱いは難しくなるけど、飛んでる魔物にも攻撃が当たるようになるから便利だよ」
兵士達はパワーカードにかなり興味があるみたいだなあ。
リスの亡骸をヴィルに預ける。
「ヴィル、じっちゃんのところに運んでね」
「わかったぬ!」
ヴィルがびゅーんと飛んでいく。
知らなかったけど、ヴィルってかなり重いものを持って飛べるんだなあ。
やっぱ冬眠明けで痩せてる魔物だから、脂が乗ってなさそう。
昼御飯を充実させるためには数が欲しいな。
「魔獣の類はお肉と毛皮が重要だから逃がしたくない。あたしが責任持って倒すよ。その他の魔物はよろしく」
「うむ、任せよ。行くぞ!」
「あっ、ちょっと待った!」
前進しようとしたヒゲピンの首根っこをむんずと捕まえ、ストップをかける。
「小娘、何をするのだ!」
「何って言われても、あたしは今日、おっちゃんらのお守りを仰せつかっているわけよ」
「うむ、だから?」
「ケガなんかされると迷惑なんだ。今踏み出そうとしてる右足。体重かけないようにトントンってしてみ?」
「右足だと? あ……」
大きな穴に枯草が被さっており、さらに雪が覆い隠していた。
天然の落とし穴だな。
あるいは何かの冬眠跡かもしれない。
「深さ一ヒロ以上あるじゃん。無警戒で落ちたら危なかったぞ?」
「よ、よくわかったな?」
「冒険者なら当然だとゆーのに」
中級冒険者クラスになると徐々に注意力が磨かれてくるもんなのだ。
ヒゲピンのあたしを見る目がすこーし変わったな。
「ゆっくりもしてらんないから、先進もうよ。足元は注意してね」
「おう」




