第1035話:むちむちのぷりっぷり
「ここが自由開拓民集落ンギーか。いいところだねえ」
「本当に……本当に……」
「あんたは『ド田舎』のワードが禁止されると、ボキャブラリーがなくなっちゃうのかよ」
「なくなっちゃうぬ!」
爆笑。
いや、マジでいいところなんだってばよ。
鳥のさえずり、掘り起こし始めた畑、季節にそぐわぬポカポカの陽気。
レイノスやカラーズ、そしておそらく帝国の人々が考える、理想の西域自由開拓民集落がここにある。
「あっ、イヌだ! やっぱいいところだなー」
「どうして? イヌなんかどこにでもいるでしょう?」
不思議そうな悪役令嬢。
まあ珍しいものじゃないんだけどさ。
執事が言う。
「お嬢様。イヌを飼える余裕があるのは、比較的裕福な集落かと思われます」
「おっ、わかってるじゃねえか」
イヌは可愛いし従順だけれども、普通食用にしないしな。
カツカツの村では飼えない。
あ、寄ってきた。
「よしよし、いい子だね」
「いい子ぬよ?」
「ヴィルもいい子だな。ぎゅっとしてやろう」
「どうしてこのイヌはひっくり返ってお腹を見せているの?」
「帝国のイヌはどうか知らんけど、ドーラのイヌは大体こうだよ」
「ふうん、そうなの」
ソル君家のイヌもお腹を見せて撫でてって感じだったわ。
イシュトバーンさんが笑う。
「ハハッ。お嬢さんよ、イヌは逆らっちゃいけねえ存在をよく知ってるんだぜ」
「そんなことないよねえ。よしよし」
「軽食屋があるぜ?」
「時間半端だけど、何か食べたいな」
昼前に魔境で少しお弁当を食べた。
でも料理が美味いというンギーでも食べるつもりだったから。
店に寄って、と。
「大皿で盛り合わせ頼んで、皆で摘まもうか?」
全員が頷くので注文する。
あたし達は多くはいらんけど。
何でイシュトバーンさんはニヤニヤしてるのよ?
「お待たせ! 蒸し肉、唐揚げ、サラダの盛り合わせだよ!」
「大将、ありがとう!」
悪役令嬢が聞いてくる。
「これは何のお肉なの?」
「蒸し肉はドーラオオガエル、唐揚げはセイリュウザリガニだぜ。ンギーの特産なんだ」
「「「「「「!」」」」」」
帝国人一行の顔が引きつる。
ははあ、カエルやザリガニを食べたことはないらしい。
帝国のお貴族様が食べたことのないようなドーラのグルメとは、このことだったか。
いやあたしもザリガニ食べるのは初めてだけれども。
どう考えたって帝都の蒸し肉や唐揚げの材料は家畜肉だろうしな。
抵抗はあるかもしれない。
おずおずといった感じで聞いてくる悪役令嬢。
「た、食べられますの?」
「カエルがサッパリしてておいしいことは知ってる。ザリガニはどうなんだろ?」
一行誰も手をつけようとしませんね?
ただあたしは知っている。
中には特殊な人がいるけれども、人間の味覚は各人で大して変わらんものだ。
美味いと評判になるようなものが不味いわけないと。
「特産品になるくらいおいしいんでしょ? ドーラ人の味覚を信じなよ」
「ザバンのお茶の良さがわからないバカ舌なんか信用できませんわ!」
「おおう、反論できない論破来た。じゃあ奇跡のお茶を見出したあたしの舌なら信用できるね?」
「それは……そうね」
「じゃあまずあたしが犠牲になってやろう」
理由があって一番に食べられるのか。
気分がいいなあ。
湯気が立ってる唐揚げに手を伸ばす、あむり。
「……すげー美味い」
「本当に?」
「泥臭さが全然ない上に、むちむちのぷりっぷりだわ。食感が最高!」
大将がいい顔で笑う。
「ンギーは水がいいから、泥臭さなんか縁がねえんだ。さっき絞めたばっかりで新鮮だしな」
「い、いただきます」
大将のセリフに皆がこぞって食べ出す。
「とてもおいしいわ!」
「素晴らしいです!」
絶賛じゃねーか。
まあ体動かしたあとの食事は美味いものだけどな。
新鮮じゃないとこのおいしさが出ないのか。
聖風樹製の箱を大量生産できれば、これも食材として流通させられるのになあ。
……ま、商売のことは置いといて。
「ちょっと執事さん借りるよ。イシュトバーンさんもいい?」
あらかた食べ終わった段階で二人を呼び出し、他の皆から距離を取る。
「ドーラオオガエルとセイリュウザリガニの養殖してるところって、ここだったんだねえ」
「ハハッ。まああんたはそんな話をしたいんじゃねえんだろう?」
「今朝、帝国のガレリウス第一皇子が亡くなったって」
「「!」」
驚く二人。
「あんたの話は振り幅がすげえな」
「でないとエンターテインメントとして認識してくれないじゃん」
「皇子の死はエンタメじゃねえからな?」
あれ、正論だわ。
「皇子逝去の知らせの早船がドーラに着くのが多分四日後、で、プリンスルキウスとリリーは葬儀参列のためドーラを離れることになる」
「待った。あんたどうやって皇子の死を知ったんだ?」
「帝国の様子を調べてた知り合いの悪魔が偶然掴んだ情報なんだ」
「悪魔に帝国を調べさせてるのか?」
「そんなこと頼むわけないじゃん。帝国の対魔族兵器にどんなのがあるか知らんもん。危なくて仕方がない」
「なるほど、な?」
あたしにとってはヴィル以外の悪魔だって協力者なんだってばよ。
「ちょうど一行が塔の村着く頃、入れ違いでリリーがいなくなっちゃうと思うからさ。何とか悪役令嬢を宥めといてよ」
「はい、貴重な情報をありがとうございます。ユーラシア様は?」
「あたしもその件に関連して、数日ドーラを離れることになりそうなの。ごめんよ、構ってやれなくて」
「ハハッ、随分甘やかすじゃねえか」
「大分デレて扱いやすくなってきたところなんだってばよ」
アハハと笑い合う。
「明日は自由開拓民集落クルクルを目指してくれる?」
「はい、どういったところでしょう?」
「知り合いの出身地で、一度行ってみたいところなんだよね。貧しい集落とは聞いた。イシュトバーンさん、知ってる?」
「ああ。地味は悪くねえんだが、魔物が多い地区なのが難しい。カトマスから距離もあるしな。西域の現実を見せつけられる村だぜ」
「そーかー」
ここンギーはドーラ人の足ならばカトマスまで二日で往復できるが、さらに西だと三日以上かかってしまう。
距離ってちょっとのことでも大違いだな。
「じゃ、あたし達は帰るね」
「バイバイぬ!」
「ええ、ありがとうございました」
新しい転移の玉を起動し、イシュトバーンさんも連れて帰宅する。




