第21話 私が分からない
団員「司祭様。今、よろしいでしょうか?」
広間の扉が開き、一人の団員が入ってきた。
司祭「はい、大丈夫ですよ。……ユナ、マイ。申し訳ありませんが、少し席を外しますね」
司祭様は私たちに軽く頭を下げ、団員とともに広間を出ていった。
ユナ「やった~。これで休める~」
お母さんは床に寝転がり、気持ちよさそうに伸びをした。
マイ「駄目だよ。ちゃんと自習しないと」
私はそんなお母さんをたしなめる。
ユナ「そんな~」
お母さんが不満そうに声を上げた。
マイ「ほら、起きて。次はランニングだよ。ずっと地下室にいたんだから、体力つけないと」
ユナ「うわ~ん……」
泣き出しそうなお母さんの手を取り、私はランニングを始めた。
*
ユナ「は、はあ……もう駄目……」
マイ「あと二周だよ。頑張って」
先に走り終えた私は、息を切らすお母さんを励ます。
ユナ「ひ、ひぃ~……」
お母さんは授業前に司祭様が円形に貼ってくれた白いテープの周りを、必死に走っていた。
レイさん「ふふ、精が出るね」
マイ「レイさん! どうしてここに?」
レイさん「頑張ってる二人のために、水を持ってきたんだ」
レイさんの両手には、水の入ったコップが握られていた。
レイさん「はい、どうぞ」
マイ「ありがとう!」
私はコップを受け取り、一気に飲み干す。
レイさん「いい飲みっぷりだね。ユナの方は……もう少しかかりそうだね」
レイさんが走るお母さんへ視線を向ける。
でも、その目線の先は――。
マイ「……お母さんのこと、好きなんですか?」
レイさん「えっ? いや……急にどうしたんだい?」
驚いたようにレイさんが聞き返す。
マイ「だって……」
私は走るお母さんを見る。
ユナ「は、はあ……」
息を切らしながら走るお母さん。
そのたびに”大きな胸”が揺れていた。
マイ「……お母さんの胸、見てましたよね?」
私はレイさんをじっと見つめる。
レイさん「それは……ごめん。君のお母さんを、変な目で見てしまって……」
レイさんは素直に頭を下げた。
レイさん「俺は先に失礼するよ」
お母さんのために用意したコップを私に手渡す。
レイさん「不快な思いをさせて、本当にごめん。……少し頭を冷やすよ」
そう言って、レイさんは広間を去っていった。
マイ(ちょっと意地悪しすぎちゃったかな……)
男の人にとって、お母さんの体が魅力的なのは分かっていた。
地下室で会った男の人たちも、お母さんの体を”ナイスバディ”だと褒めていたし……。
マイ「レイさんがお母さんに惹かれるのも、仕方ないよね……」
私は自分の平らな胸元を見下ろし、つぶやく。
私はまだ子供で、お母さんみたいな大人の魅力はない。
ユナ「もう、駄目……一歩も動けない……」
なんとか二周走り終えたお母さんが、その場に倒れ込んだ。
マイ「お母さん、ご苦労様。これ、水だよ」
私はレイさんから預かったコップを差し出す。
ユナ「マイ……! ありがとう!」
お母さんは嬉しそうに水を飲み干した。
ユナ「水を用意して待っててくれるなんて、さすがマイね。助かっちゃったわ」
マイ(それ、持ってきたのはレイさんなんだけど……)
走るのに必死だったお母さんには、レイさんの姿が見えていなかったらしい。
マイ「……うん。私が持ってきた水、喜んでくれてよかったよ」
私は嘘をついた。
お母さんがレイさんの善意に気付かないように。
きっと怖かったんだ。
大好きなレイさんが……お母さんに取られてしまうのが。
マイ「……本当におかしいよね」
私とお母さん、二人を愛してくれる男性を探していたはずなのに。
今の私は、レイさんを独り占めしようとしている。
マイ(ううん。違う)
怖いんだ。
レイさんはきっとお母さんを愛してくれる。
でも私は――愛してもらえない。
私は子供で、お母さんみたいに魅力的じゃないから。
お母さんだけが愛される。
マイ(大好きなレイさんと、大好きなお母さんが結ばれて……)
……私だけが取り残される。一人になる。
マイ「うぅ……」
私は頭を抱えた。
ついこの前まで、お母さんの“貰い手”が見つかるか心配していたのに。
今は逆の心配をしている。
私は……私のことが分からなくなってしまった。




