第7話 帰省
たったひとつの出来事がその人の人生を大きく変えてしまうことがある。……いや、違うか。ただ、そうあって欲しいという願望に過ぎない。
それほどまでに、『彼女』との出会いは俺の脳裏にこびりついて離れない。俺は彼女に……ヒーローに脳を焼かれてしまった、ただの助けを待つ一般人だった。
けれど……、ヒーローはあれ以来、俺を助けに来てはくれない。……分かっているんだ。王都にいる限り彼女は俺の前には現れてはくれない。
本当は学校を辞めて遠くに……彼女が助けに来てくれるその場所に行きたかった。でも……
『王都でも頑張ってね! お兄ちゃん!』
俺を笑顔で送ってくれた孤児院のみんなの顔が思い浮かぶ。
ロイド「俺の個人的な理由で王都から……学校を辞めるわけには行かないよな」
ため息をつきながら、俺は学校の屋上から空を眺めていた。
あの日……ヒーローは空からやってきた。
*
山奥にある人里から少し離れた孤児院。そこが両親を失った俺が魔法学校に入学するまでの間、お世話になった場所だった。
子供たち「おかえり、お兄ちゃん~!」
孤児院の妹たちが俺に抱きつく。
ロイド「ただいま」
俺が彼らを抱き返す。
魔法学校入学の一年目。お盆休みに俺は帰省した。
院長「おかえり、ロイド。魔法学校での生活はどうですか?」
ロイド「みんなに会えないのは寂しいけど。まあ、なんとかやってるよ――『母さん』」
院長「そうですか……。今日は昔みたいに甘えてもいいですよ」
母さんが腕を広げて俺を受け入れる体勢をとる。
ルル「ダメ~! ロイドは渡さない!」
抱きついていた妹の一人。ルルが母さんの言葉に反論した。
ロイド「……とのことだから、気持ちだけ受け取っておくよ」
院長「ふふ、分かりました」
その様子を見て、母さんが笑う。
ロイド「…………」
俺が無言で母さんの顔を眺める。彼女の笑顔を見ていると胸が温かくなる。
ルル「『レナ』を見つめちゃダメ!」
ルルが俺の手を引く。
ロイド「レナ?」
はて? 俺が出ていく前は『ママ』呼びだったはずだが……
レナ(院長)「ルルは、私に対抗心を燃やして……。ママ呼びしてくれなくなったんです……」
母さんが悲しそうな顔をした。
ロイド「母さんを悲しませちゃダメだぞ、ルル」
俺がルルを注意する。
ルル「分かってないのはロイドよ。私はちゃんとレナを恋のライバルだと認めてるの」
恋のライバルって……。俺と母さんは別にそんなんじゃないのに……。
まあ、同い年で孤児院の院長をして……、ひとりぼっちになってしまった俺を救ってくれた母さんには感謝しているが……。
レナ(院長)「ル、ルル。その話はそこまでで……」
母さんがルルの話を打ち切ろうとする。
ルル「ダメよ。レナがどれだけロイドのこと思っているか。この朴念仁に教えてあげないと……」
レナ(院長)「あ、ああー! それ以上はダメー!」
母さんがあわててルルの口をふさぐ。
ルル「んん、ふごー!」
それでも話を続けようと口を動かすルル。
レナ(院長)「お願いだからもうやめて……」
顔を真っ赤にしながら涙目になる母さん。
さすがに、これ以上は見てられなかった。
ロイド「はあ~、仕方ないか。これからは俺も母さんのこと……レナって呼ぶよ」
ルルを納得させるために俺が折れた。
レナ「えっ、あ……」
俺に名前を呼ばれて驚いたレナがルルから手を離した。
ルル「良かったわね、レナ」
ルルが嬉しそうに言う。
レナ「そ、それは……。わ、私、夕飯の支度してきますね」
真っ赤になった顔を伏せながらレナがその場を離れていく。
ロイド「…………」
俺はそんなレナの後ろ姿を黙って見送る。
マイロ「あれ? お兄ちゃん。ドクン、ドクンって音がするよ」
甘えん坊の弟――マイロが言った。
ロイド「お前……。まだ抱きついていたのか……」
マイロ「うん。だって、お兄ちゃん。またいなくなっちゃうんでしょ? だから、それまでは出来るだけ一緒にいようと……」
ルル「はい、そこまで。レナの手伝いに行くわよ」
ルルがマイロを俺から引き剥がした。
マイロ「うわ~。お兄ちゃん~」
ルル「いい加減。兄離れしなさい」
マイロ「ルルだって、お兄ちゃんのこと大好きじゃないか」
ルル「私とアンタの好きは意味合いが違うのよ」
マイロ「そんな~」
マイロはルルに引きずられていった。
子供たち「ねえ~、お兄ちゃん。遊んで~」
夕飯の手伝いに参加しないまだ幼い妹たちが俺の手を引いた。
ロイド「いいよ。何して遊ぼうか」
俺は先程、レナに……いや、ずっと前からレナに抱いてしまっていた感情を隠すように、妹たちとの遊びに熱中した。




