第21話 英雄の願い
カイト「全部分かってる。ベルがルナと一緒にいたいと思いながら、それでも『ベルク』としての過去を捨てられないのか」
そういうと、カイトは私が落とした『ベルク人形』を拾いました。
カイト「英雄になるっていう約束を……。ミカがこの人形に込めた思いを裏切れなかったんだよな」
いえ、違います。ベルクとしての過去を捨てられないのは戦争時代に人を殺した罪悪感にうなされるからです。ミカとの約束のことまでは頭が回っていませんでした。約束自体は確かに覚えていたはずなのに……
カイト「ミカとベルの願いは俺が引き継ぐよ」
カイトが口元を持っていたベルク人形で隠します。
ベルク人形(カイト)「『俺はカイト。ベルを助けにきた英雄さ』」
かつての私のように人形のふりをしました。
カイト「大魔導士ベルクの逸話は千年経った今でも色褪せることなく残っている。ベルには辛い記憶だったのかもしれない。でも、当時の人たちはベルクに感謝し、ベルクの功績を現代まで語り継いだんだ。ベル……お前の存在は戦争で苦しんでいた多くの人たちに希望を与えたんだ」
カイトが人形を口元から離します。
ベル「たとえ、そうだとしても。それでも私は……当時の私の行為を許容することはできません」
だって、それを許容してしまったら、戦争を起こした人たちと同じになってしまう。
ベルク『あんなに人を殺したのに? 自分は違うと?』
過去の私が、今の私を問い詰める。
ベル「分かっているんです。自分が戦争をしていた彼らと同じ、あるいはそれ以上の『人でなし』なってしまったことなんて!」
私が自身の心を吐露する。
ベル「それでも、自身の行為を――人殺しを否定し続けることでしか。人を殺すことに罪悪感を抱こうともしなかった彼らと――『私』を差別化できなかったから」
自分の心が壊れてしまわないように。自分を否定する。たとえ、この手が血で真っ赤に染まっても。その心までは染まることなく。『人間』でいたかった。人殺しを肯定したら、もう人間とは呼べない存在になってしまうから。
カイト「ベルクは酷い奴だ」
ベル「えっ」
カイトが私を非難した?
カイト「こんな可愛い女の子を泣かせるなんて。許せないぜ」
違いました。カイトは私をベルク本人ではなく、ベルクの記憶に苦しむ一人の少女として見ていました。いえ、カイトだけではありません。それはルナも同じでした。私を『ベル』として見ている。
ベルという普通の女の子として生きる――。それはかつて英雄と呼ばれ、多くの命を奪った人間としてあまりにも不誠実で。許されるはずもなく……
カイト「そんな酷い男の過去なんて忘れちまえ。ベル……君にはそれが許されている」
ベル「……カイト」
なぜでしょう。カイトが言うと、本当にベルとして生きることが許されるような気がしてきます。
ドクン。
ベル「うっ」
私の心臓の鼓動が早まります。心臓が何かを訴えかけているようで……
*
ベルク(亡霊)「やあ、ベル。元気にしていたかい?」
ベルクが私に話しかけました。
ベル「ここは……?」
気が付くと私は草原に立っていました。
ヒュー。
一陣の風が吹きました。
ベル「きゃっ」
私はスカートがめくられないように押さえました。
ベルク(亡霊)「風はいい。全てを空まで運んでいってくれる……気がする」
ベルクが空を見上げます。彼の眼前にはどこまでも澄み渡る青い空が広がっていました。
ベルク(亡霊)「ここがどこかの答えがまだだったな。ここは俺の心象風景。俺の願いが反映された世界だ」
ベル「『俺』……ですか」
口調が変わる前の私。戦争を体験する前の……まだ普通の少年だった頃の。
ベルク(亡霊)「俺はどこにでもいる少年だった。そう、どこにでもいる……戦争に巻き込まれて死ぬはずだった少年だ」
子供が戦争で死ぬ。当時はそれが当たり前でした。けれど、ベルクは……
ベルク(亡霊)「でも、俺は生き返ってしまった」
生まれながらにして膨大な魔力を持って生まれた少年――ベルクはその魔力に生かされた。
ベルク(亡霊)「なあ、ベル……。ベルクとしての記憶を取り戻してどうだった?」
ベル「とても辛かったです。もうベルとしての日常を歩むことは許されないと思うほどに」
ベルク(亡霊)「そうか。それはいいことだ。それほどまでに、ベルとして生きた日々はお前にとって大切だったという証なのだから」
ベルクは私。そのはずなのに。目の前のベルクの言葉はどこか他人事のように聞こえました。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
地面が激しく揺れます。そして、私の足元の地面が崩れました。
ベル「!!!!」
落ちる――そう思ったとき。
ガシッ。
誰かが私の手を掴みました。
ルナ「ベルちゃん!」
カイト「ベル!」
ルナとカイトが私を引っ張り上げます。
ベル「二人とも、ありがとうございます」
ルナ「ベルちゃん……もう、絶対に離さない!」
ルナが私を抱きしめました。
ベル「ルナ……」
私の目から涙が零れ落ちます。私が何よりも欲しかった大切なものがここにありました。




