15「星屑祭一日目 アリス & ミリア VS カルラ & ケティ」
堂々たる様で構えるカルラさんとケティさんを、あたしたちは正面に見据えた。
――二人は実力者よ。全開の火魔法を放っても、大怪我してしまうことはないはず。
なら、使うのは《ボルク》の上の《ボルクナ》のさらに上。上位魔法で勝負!
両手を突き出して構える。
――まずは、挨拶代わりの一発よ!
燃え盛る炎よ。
《ボルアーク》
放った炎は壁をなし、二人を包み込むようにして迫っていく。高さは女子の身長を大きく上回ってる。飛び上がって回避はできないはず。
そのまま呑み込むかと思われた矢先、二人の周囲に巨大な砂の壁が盛り上がる。そいつに炎はぶつかった。勢いが止まり、あっけなく消えてしまう。
砂の壁が元に戻ると、何事もなかったように余裕な表情の二人が現れた。
――やっぱり防がれたわね。ま、すんなり通るとは思ってなかったけど。
「おかえし!」
カルラさんが叫ぶと、《ボルアーク》を打ち返してきた。質、威力ともに遜色ない。
あたしには対する手段がなかった。火魔法は得意だけど、火を防ぐのは得意ではないから。
――けれども、これはタッグ戦。頼れる味方がいるわ。
「私に任せて、下さい」
そう言って進み出たミリアは、水魔法、おそらく上級の《ティルオーム》を炸裂させる。戦闘中に逐一発声はしないから、推測するしかないところ。
――相手が土なら、こっちは水よ!
怒涛の水流が生まれ、炎の壁があたしたちを襲う前に立ち塞がって、一息に消火した。
火と水、二つの強力な魔法がぶつかることで、莫大な蒸気が発生した。さらに闘技場の砂を巻き上げて、視界が一気に悪くなる。近くのミリアは見えてるけど、カルラさんとケティさんの姿は見失ってしまった。
――くっ。お互い様だけど、これじゃどこを攻撃したらいいのかわからないわ。
動くに動けず困っていると、身体を包み込むようにふわりと光のベールがかかった。
「《アールカンバー》を、使いました。視界の悪さなど、ものともしません」
「ナイス。ミリア」
今のあたしにははっきりと、動く二人の姿が映っていた。慎重に周囲を警戒しながら、足が鈍っている。
――まだこちらには気付いていない。チャンスね!
轟け。雷鳴よ。
《デルシング》
高速の雷撃を二本同時に放ち、それぞれ正確に狙う。迸る雷光は、さすがに途中で攻撃を悟らせた。
だけど、雷魔法は速さが取り柄。今から魔法を唱えたって間に合わない。
――これはかわせないでしょ!
予想通り、見事に直撃。痛みに苦しむ二人の叫び声が、闘技場に響き渡る。
――よーし! 先制攻撃が決まったわ!
強い先輩たちに先んじられた事実に、手応えと自信が込み上げてくる。ぐっと拳を握り締め、ミリアとアイコンタクトを交わして、喜びを分かち合った。
……しかし。声の大きさに反して、二人は少しよろめいた程度。倒れることはなかった。
――んー、まだまだか。
あたしが今放った魔法は、普通の人なら命も奪いかねないほどの威力だった。だけど、魔力がある者には耐性がある。これくらいでは決着はつかないみたいね。
「中々やるようね!」
「正直、舐めてたわ」
カルラさんが、楽しそうに声を張り上げる。ケティさんはやれやれと言った調子だ。
それから二人は、二言三言ほど言葉を交わしているようだ。声を絞っていて、何を言っているのかまではわからない。
「何が、来るんでしょう」
ミリアが心配そうに尋ねてくる。
「さあね。でもさっきの攻撃で、ここにいることがばれたわ。早く移動しないと……!」
そのとき、ケティさんが何か魔法を使った。彼女のすぐ近くに、直径等身大ほどの闇の球が生じる。まるで見たことがない魔法だった。
それは蒸気と巻き上がった砂だけをどんどん吸い込んで、一気に闘技場を晴れ上がらせてしまった。あたしたちの姿が露わになる。これでアドバンテージは存在しなくなった。
さらに、正体不明の魔法に心奪われた一瞬の隙をつき、カルラさんが攻勢をかけてきた。
風魔法を放つ。一つ一つは小さいけれど、雨あられと注ぐ風の刃たち。無数の刃が、あたしの服を、肌を、じわじわと切り裂いていく。
「っ……」
全身に痛みが走る。隣では、ミリアも同じように顔をしかめて耐えていた。
そうして張り付けにされていたところに、追撃をもらう。
――特大の風圧が、腹部に直撃した。
身体が地面から浮き上がる。嫌な浮遊感――。
為すすべなく後方へ吹っ飛んで、闘技場端の壁に強く叩きつけられる。背中が「うっ」となり、息が止まる。気付けば、砂地に顔をうずめていた。観客席から大きな歓声と、少し悲鳴の混じった声がする。
――頭が、くらくらする。まずいわ。かなり大きなダメージをもらってしまったみたい。
執念で前を見据えれば、ケティさんがあたしを視界に捉えつつ、一歩一歩着実に詰めていた。勝ち誇っているようにも見える。
ミリアも吹っ飛ばされていると思い、ケティさんに意識を向けたまま、横目でちらと確認する。でも、そこに姿はなかった。
――あれ? いない。あの子はどこへいったの!?
残酷な答えは、ケティさんの向こう側にあった。闘技場の反対側の壁。そこにミリアが同じように倒れていた。あちらには、カルラさんが迫っている。
――しまった! やられたわ! 先輩たちの狙いは、分断にあった……!
あたしたちは、個々の力量では劣る。けど、チームワークによっては苦戦を強いられるかもしれない。そう判断して、確実に勝つ方法を取ってきたわけね……!
――でもね。あたしたちだって、血の滲むような努力をしてきたのよ! そう簡単にはやられないんだから!
――ミリアと、どうにか合流しなくちゃ。そして、もう一度鼻を明かしてやるわ!
ふらつきながらも、気合いで立ち上がった。
「へえ。良い根性してるじゃないの」
ケティさんが、油断なく感心を向ける。
「負けん気なら、人一倍あるんですよっ!」
火の球よ。かの者を穿て!
《ボルケット》
高密度の炎で作り出した豪火球を、目の前の相手に向かって放つ。だが届く寸前で、氷の盾によって防がれてしまった。
「無駄よ」
ケティさんの手から、闇の炎が生成される。右腕に、蛇のようにまとわりつく。狙い目掛けて腕を伸ばすと、するりと離れる。空に螺旋を描き、うねりながら襲い掛かってきた。
――恐ろしい魔力……! あんなの、食らったらおしまいだわ!
ふらつく身体を必死に動かして、避けようとする。見かけによらず、軌道は直線的だったのが幸いした。当たらず、横ギリギリを掠めていった。
でも攻撃はまだ終わらない。いつの間にか、凍てつく冷気の層が周囲を覆い尽くしていた。
ケティさんが、指揮者のように手を振り下ろす。それを合図に冷気は圧縮され、中心にいたあたしを閉じ込めるように迫る。
――今度は、かわし切れなかった。
「いったあああいっ!」
右腕に、激痛が走る。見ると、分厚い氷が張り付いていた。
――なんてこと。すっかり凍り付いちゃってる! ちっとも動かせない!
焦り藻掻くあたしを見て、冷静に諭してきた。
「一年生にしては、よくやってるわ。でもその腕じゃもう戦えないね。降参して治療を受けなさい」
ケティさんの言う通りだった。確かに、このままではもうまともに戦えない。
それにこの腕を放っておけば、魔法使い生命に関わるかもしれない。早急に治療を受けるべきだった。
――仕方ない、わね。
あたしは、その言葉を受けて――。
降参なんて、しなかった。
残る左手で火を操り、氷を溶かし始める。
――仕方ないわ。荒療治だけど、試合を続けるにはこれしかない。
「あなた、なんて無茶を……!」
あまりのことに呆れていた。
――そうよね。あたしだってそう思う。
今は呆れてものも言えないようだけど、ずっと見ていてはくれないでしょう。時間はかけられない。少し火傷しちゃうけど、強めでいくしかないわね。
一気にすべて溶かし切る。手を握ったり開いたりして、ちゃんと動くことを確かめると、その右手で指を突きつけた。
「言いましたよね? 負けん気なら、人一倍あるって!」
すうーーーっと、息を吸い込んで。闘技場の声援をかき消してやるくらいの気持ちで、叫んだ。
「ミリアーーーーーーーーーー!」
向こうでカルラさんに苦戦していたミリアが、こくりと頷くのが見えた。
――どうやら、ちゃんと伝わったようね。
もう長くは戦えない。事前に練っていた作戦を実行するのは、今しかない。
――ユウ! 今こそ力を借りるわ!
風よ。あたしにその疾風の如き速さを授けよ。
《ファルスピード》
風の力を使って加速する。
一か月間、あたしたち三人は一緒に猛特訓した。便利だからって、じっくり教えてもらったこの魔法。
――今ここで、ケティさんを振り切るために使わせてもらうわね!
「なっ、はやっ!」
驚く彼女の脇をすり抜けて、同じタイミングで加速したミリアと、闘技場の中央で合流する。観客たちは、突然の展開に騒然としていた。
「いい? あれ、いくわよ!」
「あれですね。わかりました」
あたしたちが狙うのは、残る魔力のすべてを込めた、最大の一撃。
――後のことは考えない。この試合で、すべてを出し切るのよ!
ミリアが強く念じると、闘技場のやや上空に大きな雲が現れた。
彼女の持つ最大の水魔法の一つ、《ティルハイン》。魔力を持った雲を生成する魔法。そこへ、全力の上位雷魔法《デルバルト》を打ち込む。
相乗効果で出来上がるのは、雲の力で増幅された強力な雷。その強さも速さも、さっき放った《デルシング》や、この《デルバルト》の比じゃない。
――《ファルスピード》で意表は突いた。かわすのは不可能。これなら、あの二人だってきっと!
いっけーーー! 合体魔法!
《デルレイン》!
特大の雷が、カルラさんとケティさんを頭上から襲う。ほんの一瞬で到達し、まばゆい光が闘技場全体を覆う。
あたしは、思わず目を瞑った。雷が地に達した音だけを、確かに聞いた。
恐る恐る、目を開けると――。
「う……」
目の前に、服が黒焦げになっているケティさんの姿が映った。
すぐ隣には、また闇の球が浮かんでいた。さっき蒸気と砂煙を払うのに用いたものね。雷も吸い込んで、威力を軽減しようと咄嗟に判断したのかな。
それでも一瞬では威力を殺し切れなかったか――闇が弾けると同時、その場でばったりと倒れ込んだ。
……ケティさんが、倒れてる。あたしは、立ってる。
そのことが意味するのは。
――やった! やったわ! あたしたち、勝ったんだ。勝ったのよ! あの二人に!
勝利の喜びを分かち合おうとして。ミリアと、まず倒れているであろうカルラさんの方を見た。だけど、パートナーの表情は――驚愕に包まれていた。
それもそのはず。あたしも、目を疑ったのだから。
砂地に開いた大穴。間違いなく、特大の雷によるものだった。
そのわずか横に――。
――カルラさんが、無傷で立っていたの。
――まさか。あり得ない。あれをかわしたって言うの!?
カルラさんは、驚き身を固めたままのあたしたちへ、ゆっくりと歩み寄って来る。その歩みは堂々として、威圧さえ感じさせるものだった。
そして、ギラギラしているというか……。本気になるとこうも雰囲気が変わるのかってくらい、殺気を漲らせていた。
すぐ前まで詰め寄ったカルラさんは、ふっと笑った。
「驚いたわ。あなたたちがまさか、ここまで成長をしていたなんて」
「くっ!」「ぐ……!」
「ユウと、間接的にはアーガスの影響かしら。あーあ。ほんとあの二人、うちに欲しいわ」
鳥が小虫を射抜くかの瞳で、あたしたちを眺め取る。身が竦んで、動けなかった。
「それに、あなたたちもね」
強者の余裕か、ゆったり首を回し、伸びをしてから続けた。
「で、どうするの? まだやるつもり? ケティは倒れちゃったけど。魔力のほとんど残ってないあなたたちの相手をするくらい、わたし一人でわけないわよ」
――そう。このタッグ戦。二人とも倒さないと、勝ちにならないルールになっていたの。
ごもっともだった。既に魔力を使い果たしてしまったあたしたちは、ただの人間と変わりない。対するカルラさんには、まだまだ余力がある。
負けず嫌いとは言っても、さすがにまったく勝ち目のない戦いをするほどあたしも馬鹿じゃなかった。ミリアと相談して、泣く泣く降参することにしたわ。
「参りました」
「降参、です」
そこで、司会者のトーマスさんが叫んだ。
「劇的なクライマックスからの、静かな決着ーー! 奮戦したアリス&ミリアチーム、わずかに及ばず! 一回戦第一試合の勝者は、カルラ&ケティチームだーーー!」
闘技場は大歓声に包まれた。負けたあたしたちにも、温かな拍手が送られる。
――まあ確かに負けはしたけど、やることはやり切ったし、まんざらでもない気分だったわ。
胸を張り、堂々退場して。
「負けちゃったね」
「ですね……」
ミリアの顔は……なぜかしら。どこか思い詰めているようだった。
単純に負けたことを悔しがっているのではなくて。もっとこう、深いところで考え込んでいるように思えたの。
「どうしたの?」
「何でもないです」
「なーに。あなたまで隠し事?」
「すみません……」
ユウが話してくれる気になったら、今度はミリアか。試合が始まるまでは普通だったし、一体どうしたのかしら。
でも、何を考えているのかわからなくても、あたしの言うことは一つだった。せっかくの祭りなんだから、楽しまなくちゃね。
「ほら、くよくよ考えずにさ。いこう。ユウが待ってるよ」
それでも浮かない顔で、もうしばらく俯いていたけれど。いやいやと首を振り、ぎこちないながらも微笑みをくれた。
「そうですね……。一旦保留にしておきます」
「そうそう。それがいいよ」




