第9話 珍しく先輩が仕事してる
ホワイト・ドラゴンについては、一先ず先輩が引き取ってくれた。
あの後、凄く足の重たそうな先輩がギルド長の所に行ってくれたのだけど、窓口に戻ってきた頃にはすっかり草臥れきっていた。
だから、午後はいつもよりも先輩に優しく接することにした。
しかし、ホワイト・ドラゴンが出ようが、冒険者達には関係ない。
終業間際に達成した依頼票を持ってくる彼らを、どんどこ捌きまくる。
というか、まだ冒険者達には知らせないらしいので、彼等は知りようもないのだけども。
いつもよりも駆け込んでくる冒険者達の数が多くて、昨日は少しだけ残業になる。
日本にいた時はお客さんの仕事が終わる頃が本番で、よく晩御飯を食べながら電話をかけていた。
久しぶりの残業にテンションが高い私を、先輩はドン引いた目で見てきた。
◆◇◇
いつも通り、朝の日課であるトイレ掃除を終えて窓口に戻ると、そこには珍しく朝早くから出勤している先輩とニチカ君がいた。
今日のニチカ君は胸まである長い髪を後ろで縛っているだけでなく、ギャルソンエプロンを着ている。
まるで、飲食店に出勤する途中のウェイトレスみたいだ。
きっと昨日の件で先輩に呼び出されたっぽいニチカ君は、先輩と並んでカウンター上に置かれた地図を覗き込んでいる。
180cm近くある先輩と、150cmちょっとくらいのニチカ君が仲良く横並びになっていると、年の離れた兄弟のようにも見えた。
「ホワイト・ドラゴンは湖の近くに巣を構えます。なので、本来なら、シュロスダンジョンに続く街道の真ん中に居座るなんてことはしないはずなんですけど」
昨日から、思っていたけどニチカ君は物知りだ。
12歳という若さで、親元から離れて出稼ぎをしているような子だから、日頃から勉強をしているのかもしれない。
「いや、コイツがいるのはここだろ。ここを真っ直ぐに南へ行くと妖精の湖がある」
先輩が人差し指で、地図をなぞっていく。
ニチカ君は先輩の指先を見届けると、唸るような声を出して天井を見上げた。
「僕としては、そこが疑問なんです。どうしてホワイト・ドラゴンは湖の近くに居座らなかったのでしょうか。少し気になって、昨日に湖の方を見に行ってきましたけど、ドラゴンが警戒するようなものは何も無かったです。あそこは【妖精の湖】って名前がついてますけど、ただの湖ですし」
「ユニコーン」
「え?」
「ニチカは男だから、出てこなかっただけだ。あそこは結構前からユニコーンの生息地になっている。基本的にユニコーンは若い女の前にしか現れない。ドラゴンとしては、生まれた子供が娘だった場合に連れ去られるのを危惧してんだろ」
「あそこって、ユニコーンがいるんですか!?」
ニチカ君の疑問は、先輩によって呆気なく晴らされたようだった。
先輩も先輩で、冒険者ギルドに引きこもっている割には、冒険者達よりも外のことに詳しい節がある。
この人も段々と謎めいてきたなぁと、先輩の相変わらず折れているシャツの襟を眺めていると、珍しくニチカ君のはしゃいだ声が聞こえてきた。
「うわぁ、会ってみたかったなぁ。ユニコーンの鬣って、弓弦の良い材料になるんですよ」
「多分、お前がうら若き少女でも、ユニコーンは出てこないんじゃないか」
って、呑気に眺めている場合じゃないや。
仲良く話しているらしい二人の中に割って入るのは躊躇われるけど、そろそろ始業の時間が近い。
私は、自分の席に座るために、ゆっくりと二人に近づいていった。
「おはようございます」
「あ、クレアさん!ホワイト・ドラゴンについて、カイゼルさんに報告してくださってありがとうございます」
挨拶をすると、ニチカ君は眩い笑顔を炸裂させてくれた。
その隣の先輩は、気だるげに片手を上げるだけである。
少しはニチカ君の爽やかさを見習って欲しい。
「そんなの、こちらこそだよ。私も先輩に投げただけだから」
「ニチカ、そろそろ仕事だろ。また飯食いに行くっておやっさんに言っといてくれ」
「あ、本当だ。僕もマスターも待ってるから、絶対に来てくださいね。それこそ、クレアさんとご一緒に!」
ニチカ君は時計を見るなり、慌てたように踵を返す。
一つに括った髪を左右に振って駆けて行く彼は、途中で思い出したように振り返ると、私達へと大きく手を振った。
それに、私と先輩は、それぞれ笑い顔を浮かべて手を振る。
バタバタと観音扉から外へと出ていくニチカ君の背を、先輩と一緒になって見送った。
すると、「おはようございます!」と外からニチカ君の元気な声が聞こえてくる。
きっと、始業を待っている他の冒険者達に挨拶をしているのだろう。
「あの、ニチカ君の仕事って?」
「アイツは四葉食堂っていう飯屋でウェイトレスやってんだよ。アイツの腕前だと、まだ冒険者だけじゃ食えねぇからな。っつーか多分、あっちの方が給与はいいんじゃねぇか」
どうやら、ニチカ君は冒険者と飲食バイトの二足のわらじだったらしい。
どうやって、Eランクの報酬金だけで生活しているのかと少し心配していたので、他にも収入源があるとわかってホッとした。
「じゃあ、仕事が落ち着いたら、一緒にニチカ君の所に行きましょう。私、まだこっちに来てから歓迎会とかされてませんし」
「そういうのは、自分で言わねぇもんだろ」
「言わないと、誰もやってくれなさそうだったので」
ニコッと笑いながら言うと、先輩は面倒そうに息をついてカウンターに広げていた地図を丸めていく。
「今日の午後、ちょっとドラゴンの様子を見てくる。夕方までには帰って来るつもりだ。ネリーの婆ちゃんと二人でも問題ないだろうが、何かあったら素材取引部のアルカを頼れ」
早速、ホワイト・ドラゴンの対処をするために、先輩は現地調査へと赴くらしい。
ドラゴンがいる場所は、サノヴィアより東側に行った所にあるダンジョンの麓──この三日間、依頼票で見まくっていた住所だ。
「行きます!」
気がついたら、私は挙手していた。
姿勢よく手を上げる私に、地図を片付ける先輩が「は?」と素っ頓狂な声を上げる。
私の発言が信じられないと言いたげな顔をしている先輩に、私は念押しするように挙手した手を振った。
「ドラゴン、私も行きます!」




