第8話 禁書でも火気厳禁だと思う
私が思い浮かべるドラゴンは、七つの玉を集めたら、願いを叶えてくれる神様だ。
基本的に人間を害することはなく、むしろドラゴンにお願いする側が悪い奴なら、世界が滅亡する。
──ただ、この世界のドラゴンは魔物であって、時には一つの街を壊滅させることもあるんだとか。
ニチカ君からホワイト・ドラゴンのことを聞いた私が次に思いついたのは、稲妻の傷を額に持つ魔法使いの少年の話だった。
その作品のドラゴンは確かに、主人公が滞在している魔法学校をめちゃくちゃに荒らしていたような気がする。
そこまで思い至って、ようやっと私は危機感を抱けた。
◆◇◇
「せ、せ、先輩!! ドラゴンが出ました!!!」
絶対に触りたくないと思っていた目玉のドアノブを引っ掴んで、豪快に書庫の一番奥にある扉を開く。
ヒンヤリしていたドアノブの触り心地には、「ギャッ!」と反射で声が出てしまった。
情けない声が先輩に聞かれていないことを切に願う。
扉を開くと、直ぐに煙草の匂いが鼻先を掠めた。
煙草なのに、バニラフレーバーの香水のように甘ったるくて、苦味の余韻が残る匂いはまさしく先輩の匂いだ。
「あ?ドラゴン?」
煙草の匂いに眉を顰めている私とは裏腹に、先輩は書見台の前に置かれた一人がけ用のソファに腰掛けて、プカプカと煙管を吹かしていた。
歴史の教科書でしか見たことがない煙管を見て、私は彼が纏う煙の正体を知る。
どうやら、部下達が吸っていた紙煙草や電子タバコとは違って、煙管から吐き出されていた物らしい。
壁一面どころか、規則正しく書架が並んでいる本の森の中で煙管休憩中の先輩は、自堕落の極みとしか言いようが無かった。
「書庫は火気厳禁ですよ!?」
今にも火事になってもおかしくない状況に、ついドラゴンを忘れてツッコミを入れてしまう。
「問題ねぇ。此処にあるのは禁書だ。火を付けられたぐらいで、燃えるような可愛さのあるやつはいねぇ」
「禁書?」
「表紙をめくっただけで魂を食っちまう本や、手に取っただけで発狂してしまう本、または読んだ人間を魅了して、物語に閉じ込めてしまうような危ない本のことだな」
「なんつー所で休憩しているんですか!?」
緊急事態だからと、慌てて先輩を呼びに来たけど、やっぱりあの目玉扉は開いてはいけない代物だったらしい。
ひぃっと両腕を抱いて後ずさる私を、先輩は喉の奥で笑った。
「なんだ、意外にも女の子らしい所があるじゃねぇか」
「ここは女の子じゃなくても、怖いところだと思いますけど」
こんな危険地帯で、昼休憩している先輩の肝の太さがすごい。
そりゃあ、どれだけ制服が乱れていても気にしないかとまで思えてしまうほどに。
「で、ドラゴンが現れたんだっけか?誰の報告だ」
慌てまくっている私と違って、意外にも先輩は取り乱しはしなかった。
いつも通りの面倒そうな声音に、段々と私の方も落ち着いてくる。
「ニチカ君っていう少年の冒険者です。見間違えとかもあるかもしれないですけど、あの子に限ってそういうのは無さそうで」
「ニチカの報告か。じゃあ、ほぼ間違いねぇな。ドラゴンの種類は?」
「ホワイト・ドラゴンって言ってました」
途端、先輩は両目を覆った。
「よりにもよって、ホワイト・ドラゴンか。なんでリフィアにいる奴がこっちに来やがってる。オヤジの奴、仕事してねぇんじゃねぇか」
ズルズルとソファから腰まで滑り落とした先輩は、口元から輪っかになった煙を吐き出した。
「クレア、今日の日付は?」
「えっと、4月──ファナンの月の18日です」
この世界の暦は、神様の眷属の名前から取られている。
4月は、豊穣・天空を司る【ファナン】という女神様が担当だ。
「だよなぁ。エンドのやつは一昨日から見てねぇから、もうヘルヴァードに行っちまってるだろうし。となると、処理出来るのは俺か、ギルド長か」
とりあえず、先輩に報告しなければと思ってここまで来た。
でも、正直、彼に解決は期待していなくて。
先輩からギルド長に報告してもらって、その先は上の人がドラゴンのことを引き受けてくれるものだとばかり思っていた。
でも、先輩の口ぶりを聞いていると、そうでは無いことが分かる。
ホワイト・ドラゴンをどうにかするのは、このだらけきった格好の先輩か、ゆるふわ侯爵令嬢であるギルド長のようだ。
「あ、あの!そのことで、もう一つ報告があります」
「他に何があんだ」
ニチカ君からの報告には続きがある。
ただし、こっちは確証がないあやふやな報告だ。
どう切り出そうかと悩んでいたけど、こうなったらそっくりそのまま話した方がいい。
「そのホワイト・ドラゴン・・・・・・多分、卵を守っているらしいです。ニチカ君曰く、『お産をしたばかりのお母さんだと思います。逆鱗が薄桃色でしたので』とのこと」
私からの報告を聞いた先輩は、とうとうソファから滑り落ちた。




