第7話 ニチカ君が持って帰ってきた
翌日、いつも通りに始業の三十分前に冒険者ギルドに着くと、カウンターの上に昨日仕分けた依頼票が置かれていた。
ギルド長の確認が終わったのだろうと、手に取ってパラパラ捲る。
先輩の言う通り、私が仕分けた依頼票はそのまま、ギルド印が押された状態で返って来ていた。
もし、先輩の前情報が無かったら、ギルド長は私の意図を汲み取ってギルド印を押してくれたと思っていただろう。
しかし、昨日の粉飾のことを思い出すに、ノールック押印のような気がすると、依頼票に押されたギルド印を複雑な眼差しで見下ろす。
とりあえず、依頼票を掲示板に貼っていこうとカウンターから出る。
ニチカ君の反応を見るに、冒険者達も汎用クエストとジョブクエストの違いは分かっていそうだ。
そうなると、警戒されて、元ジョブクエスト分の汎用クエストはそこまで捌けない可能性がある。
──だとしても、根気よく待ち続けるのが大事だ。
明日、明後日くらいでは成果が出ないかもしれないけど、一週間後、もしくは一ヶ月後には誰かしらが食いついてくれるかもしれない。
実を結ぶその日まで、私はより依頼票の捌け方を観察しようと心に決めて、一枚ずつ掲示板に並べていった。
◆◇◇
始業から三時間後。
私と先輩は、机の上で伸びきっていた。
「アイツらがあんなに依頼票に食いついている所なんて、初めて見たぞ」
「凄い活気でしたね・・・・・・」
いつもよりもクエスト受注業務が長引いたせいで、お昼時になったという時間の感覚がない。
普段のこの時間帯なら、別フロアに屯っている冒険者達もいるのだけど、今日は誰一人いる様子がなかった。
人の気配がしないギルド内は、私と先輩の話声だけが響いている。
「意外とジョブクエストってぇのは、冒険者にとっても歯痒いものだったんだな。確かに内容自体は誰でもクリア出来そうな物が多いのに、ジョブで限定されているだけで受けられる冒険者は限られてしまう。その上、ジョブクエストは汎用クエストよりも報酬額が多い。そりゃあ、汎用クエストにしたら、一気に捌けるか」
「あとは依頼先の教会や孤児院から、むさ苦しい戦闘系ジョブの方々が締め出されなければ問題なさそうですよね」
「多分、大丈夫だろ。サノヴィアで一番偉い神父様は、懐の大きなスケベジジイだ。教会の慣例や決め事なんぞ、必要最低限以外は気にしねぇと思う」
「この町のお偉いさんって、豪快な人が多いですよね」
ルールに囚われないことを、果たして豪快の一言で済ませても良いのかは分からないけど。
しかし、ギルド長や神父様の朗らかすぎるほどの大雑把さに、私達が救われているっぽいのも事実だ。
「じゃ、休憩行ってくるから。クエスト関係で言ってくるやつが来たら、すぐに書庫の一番奥に来い。休憩の時はそこにいる」
「分かりました」
てっきり、先輩はギルドの外で休憩を取っているものだとばかり思っていたけど、実際はかなり近くにいたらしい。
ひらひらと振られる右手に振り返しながら、書庫の一番奥について思い出す。
私も休憩時間の時は、手早く更衣室で食事を取ると、残りの時間は書庫に引き篭っていることが多い。
そこでギルドの日報を読み込んだり、サノヴィアの周辺の地図を眺めたり、魔物図鑑で見知らぬ生き物たちの生態を叩き込んだりと、この世界の知識を吸収していた。
──けど、その書庫の一番奥か。
思い出そうとするだけで、自然と眉根が寄ってしまう。
確かに、深緑色の扉があるにはある。
けど、その扉のドアノブは目玉になっていて、前を通り過ぎる人をジッと眺めてくるのだ。
あまりに気持ち悪い仕様になっていたので、私は初めて見た時以来、近づかないようにしている。
しかし、あのへんてこりんな扉の奥には、休憩中の先輩がいる。
──先輩が帰ってくるまで、問題が起きなければいいなぁ。
嗚呼、気が重たい。
今朝に先輩から手渡された新しい依頼票に手をつける気もなれず、ぼんやりと壁に掛かっている鳩時計を眺めていると、受付フロアの左側に設けられている扉が開いた。
そこの扉は素材取引部があるフロアに繋がっていて、だいたいのクエストをクリアした冒険者たちは此処から現れる。
扉から出てきたのは、アシンメトリーの前髪が特徴的なニチカ君だった。
今日はリュックスタイルらしく、腰の後ろに弓を掛けている。
ニチカ君は私の姿を認めるや、パァっと表情を明るくした。
小走りになって駆け寄ってきた彼に、私も笑顔を浮かべる。
「こんにちは、ニチカ君」
「こんにちは、お姉さん。受け付けてもらったクエスト、完了しました」
かなり年季の入ったリュックの口を緩めると、ニチカ君は中から一枚の用紙を取り出した。
丸められた用紙が、ニチカ君の手によって伸ばされていく。
展開されたそれは、緻密な筆致で描かれた地図だった。
しかも、ただの地図ではない。
まるで攻略本の地図のように、植物の絵が所々に描かれている。
それは昨日、ニチカ君が受けたクエストである『ハゴ沼地周辺にあるセレーナ草の群生地が知りたい』の成果物だった。
「わぁ!すっごい上手!ちょっと、待ってて。ハゴ沼地の地図を出すから」
一応、この地図が正しいものかを確認するために、ギルドが所有している地図と照らし合わせる。
ざっと地形を確認して、うんと頷いた。
どっちかというと、ニチカ君が描いた地図の方が詳細な気がする。
次いで差し出された素材受領書には、セレーナ草が30束収められたことが記されていた。
群生地を発見した証拠として持ち帰られたセレーナ草は、適切な処理を施された後、半分は依頼者に渡されることだろう。
最後に冒険者証を確認した後、報酬受領書と一緒に1000Gが乗ったトレイを差し出す。
「では、これが報酬と受領書です。間違いが無いかをご確認ください」
ニチカ君は、震える手で細長い硬貨である1000Gに触れる。
すんっと、小さな彼の鼻が鳴った。
前髪の隙間から覗く榛の瞳には、水の膜が張っているのが見える。
「これで野菜や肉を買って、家に持って帰ることが出来ます。冬で細くなっただろうお母さんや弟妹達に、やっと兄らしいことが出来る」
ギュッと目を瞑って、思いの丈を吐ききったニチカ君は、次に二パッととびっきりの笑顔を見せた。
「ありがとうございます。お姉さんのお陰で、やっと胸を張って家族に会いに行けます」
「私は何にもしてないよ。ニチカ君にクエストをやってもらっただけだから」
あまりにも感謝されるものだから、段々と照れくさくなってきた。
頬が熱くなっているのを感じつつ、「あと、私はクレア」とぶっきらぼうに名を告げる。
『お姉さん』と呼ばれるのも悪くないけど、ニチカ君とは長い付き合いになりそうな気がする。
それなら、ちゃんと名前で呼ばれたいなと思った。
「じゃあ、クレアさんと呼ばせていただきます。クレアさんと親しくなったって知られたら、皆から羨ましがられそうです」
「皆?」
「はい。此処のギルドに通っている冒険者さん達は、新しく配属されたクレアさんに興味津々です。だけど、どんな話をしたらいいのかが分からないから、みんな遠巻きにしてて」
他の冒険者達ともニチカ君は仲がいいらしく、身に覚えのない彼等からの私への評価を聞かせてくれた。
皆、淡々と受付を済ませていくから、とてもそんなふうには見えなかったけど、あれは頑張って興味のないふりをされていたのだろうか。
うーんと首を傾げる私の前で、ニチカ君が羽根ペンを手に取る。
報酬受領書にサインをする彼は、「あ・・・・・・」と何かを思い出したように声を漏らした。
「どうしたの?」
「実は、別の報告がありまして」
さっきまでの弾んだ声はどこへやら。
急にニチカ君の薄い喉から角張った声が聞こえてきて、私も自然と居住まいを正していた。
「別のこと?」
「はい。もしかしたら、もう別の人が報告しているのかもしれませんが・・・・・・シュロスダンジョンの麓にホワイト・ドラゴンが居座っているのを見つけて」
羽根ペンを持ったまま、神妙な顔をしたニチカ君からは、さっきまでの明るい雰囲気はとっぱらわれている。
ニチカ君からのその報告が、サノヴィア冒険者ギルドの職員としての初めての大きな仕事になることなど、この時の私は露知らず。
呑気にも「ドラゴン?」と拙く復唱して、両目を瞬いた。
明日からの投稿時間は 19時30分です。
書き溜めが尽きるまで毎日投稿予定。
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