第6話 ご令嬢の上司も悪くない
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次の投稿は 本日 19時30分です。
受付フロアの右奥には、大きな螺旋階段がある。
螺旋階段をぐるぐると上った先の二階には休憩スペースを兼ねた図書室と、業務で使用する帳簿や図書が収められた書庫が並んでいて、ギルド職員や冒険者達が利用できる。
本日は、私が休憩の度に入り浸っている書庫の扉前に分厚い帳簿をタワーのように積み上げて運んでいる女性がいた。
ギルド職員が着用する制服と違って、メイド服のようなお仕着せを着た妙齢の女性が誰なのか、私はまだ知らない。
ラベンダー色のボブカットをメイドキャップで覆っている彼女は、無骨なギルドの中だと殊更目立つ。
何度か声を掛けてみようかなと思ったけど、見る度に忙しそうにしているから、いつも姿を眺めるだけで終わってしまう。
今の私にはミッションがあるため、気になる彼女を見るのも程々に、まだ行ったことがない三階へと上がっていく。
誰ともすれ違わないまま三階へと到着すると、すぐ目の前に【ギルド長室】と刻印された金プレートが主張する扉が現れた。
重厚な飴色の扉を前にして、紙束を抱えていない方の手で襟元を整える。
侯爵令嬢のギルド長。
現代日本には身分というものがなく、目上の人は社内の役職ぐらいでしか測ったことがない。
けれど、これから私が会うのは生まれた時から傅かれている人で、庶民が粗相をしたら処罰を下せる立場にある貴族様だ。
無意識にノックをしようと片腕を上げたまま、生唾を飲み込む。
しかし、ここで立ち往生していてもしょうがないと、覚悟を決めて三度、扉を叩いた。
「はい」
重苦しい扉の奥から、小鳥の鳴き声のような返事が聞こえてくる。
あまりにも可憐な声音に、最初の一音がひっくり返りそうになった。
「お、お疲れ様です。窓口担当のクレアです。依頼票の仕分けが終わったので、ギルド印を押していただきたく」
「まあ!今日はイーリスさんではなく、クレアさんが来てくれたのね。お入りになって下さいまし」
「失礼します」
思ったよりも、テンション高く出迎えられたことにホッとしつつ、扉を開ける。
開いた扉の先は、高校の校長室のようなシックな内装で、窓の前に置かれた成人男性が束にならないと運べなさそうな執務机が目を惹いた。
その執務机の奥では、胸元より下まで伸びた金髪の毛先を緩く巻いた美女が、ニッコリと微笑んでいる。
中世ヨーロッパの令嬢が着ていそうな、胸元が大胆に開いたドレスに目のやり場が困る。
けれど、クレアの記憶の中に薄らと残っているギルド長と、目の前にいる美しい人は寸分違わなかった。
「初日にお会いした時よりも、ずっと様になっていますわね」
「ありがとうございます」
「もっと近くにいらして。お顔をよく見たいの」
ギルド長に促されて、足音を立てないようにゆっくりと目の前まで進み出る。
マホガニー材で出来た大きな執務机の前まで辿り着いた私は、「お願いします」と依頼票をギルド長に手渡した。
ギルド長のピアニストみたいな指が、私のありふれた指から依頼票を受け取っていく。
ただ、右手の人差し指に嵌っている黒い指輪が、どうにもギルド長の令嬢らしい見た目から浮いているように見えて気に掛かった。
「クレアさんの評判は、よくよく聞いていましてよ。久しぶりの新人の配属に、皆様、おっかなびっくりでしたけども、凄くお仕事のできる子が来たと喜んでいましたわ」
クレア自体、六日前に来たばかりの新卒であるはずなのに、もう他のギルド職員の間で噂になっているらしい。
いや、ギルド長の話を聞く限り、久しぶりの新卒配属だから、噂の的になるのは当然かも。
だだっ広いギルド内では、あまり他の職員の姿は見当たらないけど、きっとどこかしらで働きぶりをチェックされているんだろうな。
「ワタクシとしては、どのような方が来られても大歓迎でしたけど。でも、クレアさんのような可愛らしい方とお仕事が出来て、とっても嬉しいですわ」
ピンクのルージュが引かれた小ぶりな唇で、こんなにも褒められると悪い気はしない。
「私も、すっごくお綺麗なギルド長と働けて嬉しいです」
「まあ!」
先輩が『ギルド長は、侯爵令嬢だから』って脅してきたからビビっちゃったけど、全然そんなことはなかった。
部下のことをこんなにも気にかけてくれて、気さくに話しかけてくれる上司だ。
日本にいる部下達なら、『上司ガチャ、大成功ですね!』と言ってくるに違いない。
すっかりギルド長と話し込んでしまったところへ、ミョンミョンミョンミョンと、非常に間抜けな音が割り込んできた。
音の発生源へ目を向けると、執務机の上に置かれた水晶玉が七色に光っているのが見える。
途端に、ギルド長が嫌そうな顔をした。
「本部からの通信ですわね。もしかして、今月の売上金に返金分が含まれているのがバレたのかしら?」
・・・・・・粉飾、やっぱりしちゃってたかぁ。




