第5話 責任が取れた先輩
本日は第5話・第6話を12時投稿。
第7話を19時30分投稿。
休憩から戻ってきた煙草臭い先輩に仕分けた依頼票を差し出すと、その場で確認してくれた。
だらしない制服に酒精を纏い、極めつけには煙草までトッピングしてきたらしい。
きっとこの人は、どこまでやれば社内規則に引っかかるかのチキチキレースをしているんだと思う。
私が散々に胸中でこき下ろしていることなど知らない先輩は、依頼票を軽快に捲っていく。
「クレア嬢は覚えが早いな。地方の学校しか出てない割には要領が良いような気がする」
「ありがとうございます」
「確かまだ十六だったよな?もし、もうちょっと勉強したかったって言うなら、学院への推薦状を書いてやるぞ・・・・・・ん?」
ジョブクエストの束を見終わり、汎用クエストの依頼票へと移っていた先輩の手が止まった。
まだ半分も検分を終えていないのに、先輩はまた最初の依頼票から見直していく。
「これって、汎用クエストだよな?」
「はい」
「汎用クエストなのに、教会の修繕依頼が入っている。教会系の依頼は僧侶のジョブクエストだったよな?」
「でもそれ、ほぼ力仕事の依頼ですよ。ウチの僧侶って、仲良しおじいちゃんトリオしかいないじゃないですか。壁の修繕依頼なのに、よぼよぼのおじいちゃん達に来られても困っちゃいません?」
「・・・・・・あと素材系の依頼も、本来なら錬金術師のジョブクエストだよな?全部汎用クエストに振り分けられてんじゃねぇか」
「このギルド、錬金術師がいませんからね。依頼主も早く達成して欲しいと思うので、知識がある方に受けてもらうのが良いかと」
「それどころか、薬の納品も汎用クエストに入れてんな」
「薬って賞味期限は無いですよね?鑑定板で種類と品質が保証されていることが分かったら、受注してもらった人に納めて貰うでいいんじゃないですか?」
A4程の大きさの鑑定板は、上に置いた物がどんな代物で、どういった状態にあるのかを教えてくれる優れものだ。
この魔法の板のお陰で、冒険者達が持ち込んでくる魔物の素材や薬草類を間違うことなく受領できている。
とうとう、「うぐぐぐ」としか言わなくなってしまった先輩は、汎用クエストとして仕分けた依頼票の束に顔を埋めてしまいそうなほどに顔を近付けている。
何か言いたいことがあるなら、言ってくれたらいいのにと見上げ続けるも、先輩は一向に私の方へと顔を向けてくれなかった。
「ってか、なんで冒険者のことをそこまで把握してんだよ。ウチに配属されて、まだ六日目だろ?」
「六日もいたら、常連の顔は覚えますよ。それに休み時間になると、書庫のギルド日報を読んでるので」
私がこっちの世界で生活を始めたのは、三日目だけどね。
「とんでもねぇ新人がやってきたな」
やっと依頼票の束から顔を離した先輩が、今度は宇宙人を見るような目で私を見下ろしてきた。
私からしたら、乱れまくった格好で勤務している先輩の方が宇宙人でしかない。
物言いたげな眼差しで、私たちは見つめ合う。
奇妙なお見合いをしていたのは、ほんの数十秒のこと。
先に視線を逸らしたのは、気難しい顔をした先輩だった。
思い悩むように彼は両目を瞑って、両腕を組む。
人差し指で自分の肘をトントンと突き始めた先輩は、その場を落ち着きなく回り始めた。
落ち着きのない先輩の奇行に、そこまで思い悩むようなことをしてしまったのかと一瞬思ったが、黙って見守ることにする。
その場で五つ目の丸を描いた先輩は、やっと足を止めた。
「分かった。この案は採用する。正直、クエストの達成率が低過ぎて、ここ最近は手数料の返金ばっかりだったからな。そのせいでギルド長がとうとう返金時期をずらして、月の売上として換算しようとしていたぐらいだ。これくらいのテコ入れ、問題じゃないだろ」
「粉飾じゃないですか!?」
まさか、そこまで追い込まれているような経営状態だったとは思わず、反射で叫んでしまう。
「まぁ、どこまでこの案でいけるかが見ものだな。他のギルドならすぐクレームになりそうだが、意外とウチならバレなさそうだし」
「そもそも、このジョブクエストの振り分けってどんな意味があるんですか?」
「利権」
あっさりとしょうもない真相を知らされて、顔を覆いたくなった。
わざわざジョブクエストとして受ける冒険者を限定しているのだから、そうしなければならないような理由があるんだろうと思いながら仕分けしていた。
その理由が、冒険者達を思ってのことではなく、ギルド側の都合っていうのが世知辛すぎる。
──ってか、利権が絡んでいるなら、今やろうとしている事って、そこそこ不味いんじゃ?
「もし、誰かから言いがかりをつけられたら、とりあえず俺の名前を出しとけ」
「え?いいんですか?」
段々と不安に駆られてきていると、サボリーマンの先輩から責任を取るという発言が飛び出してきた。
そんなカッコイイ台詞が彼の口から出てくるとは思わず、つい聞き返してしまう。
「おう。こっちでも本部でも、それなりには使えると思うぜ」
ここのギルドならともかく、本部でも使えるらしい先輩の名前に眉が上がる。
本部ってことは、ようはこの冒険者ギルドの本社みたいなところだろう。
そこで使える名前って、どういう意味で効力がある名前なんだろうか?
「あの、今更なんですけど、先輩のフルネームって・・・・・・」
流石の私も、今更教育係の名前を率直に尋ねることはできず、ゴニョゴニョと語尾を小さくさせてしまう。
途端、がっくりと先輩は首を落とした。
「いや、なんとなく察してた。お前、頑なに俺の事『先輩』としか呼ばなかったからな」
先輩はガシガシとパーマ掛かった濃紺の後頭部を掻く。
一応、私なりに気を使って先輩と呼んでいたのだけど、あまり良くなかったのだろうか。
私自身は22歳だけど、クレアは16歳。
そして、目の前でやるせなさそうに溜息を吐いている先輩は、見た目だけで判断するなら20代後半。
流石に『先輩』と呼ぶには、相手が年上過ぎるかと、今になって思えてきた。
ちょっと申し訳ない気持ちになったので、ヘラりと笑う。
私の誤魔化すような笑い顔を見て、先輩は虚をつかれたように瞠目する。
その後、仕方がねぇなとばかりに口角を上げた。
「カイゼル・フィン・イーリス。覚えとけよ」
やっと知った先輩の名前は、スタバのカスタムくらい長かった。
高校の選択授業でカタカナの名前が覚えられないから、日本史を選んだ過去がある私は、メモ帳の隅っこに先輩の名前をこっそり控える。
「いつもサインは見てるんですけど、達筆すぎて読めないんですよね」
「字が汚ぇ男なんて嫌だろ」
なんとなく、残念な物を見るような目で見下ろされている気配がするが気にしない。
「じゃあ、これをギルド長に渡してきてくれ。ギルドの判子を捺印してもらったら、あとは掲示板に並べるだけだ」
私が仕分けた汎用クエストと、ジョブクエストの紙束に、先輩はそれぞれの種別を示す判子を押していく。
分厚い汎用クエストの束と、うっすいジョブクエストの束を差し出されて両手で受け取った。
「これ、ギルド長にツッコまれないでしょうか?」
「ない。基本的にあの人は、下からの決済は見ずに判を押す。前に素材取引部がすっげぇ高い鉈の購入依頼書を出した時もテキトーにサインして、本部からクレームが入ってたからな」
なんとなく、この人を野放しにしている時点で普通のお方じゃないことは察していたけど、どうやら本当に癖の強い人らしい。
ごくりと生唾を飲み込む私を見て、にやっと先輩は「あとな」と続けた。
「ウチのギルド長は、ラヴェンツァ侯爵令嬢だ。あんまり俺みたいな感じでフランクに接するなよ」




