第4話 新米の裁量で決められるなら大したことはない
14時を回ると、ギルドの窓口はかなり暇になってくる。
というのも、午前中には依頼の受付が終わってしまうからだ。
最新の依頼は開店と同時に公開されるので、良いクエストを受注したい冒険者達は開店前からギルド前に並んでいる。
それがどうにも、朝のパチンコ屋さんの光景とダブって見えてしまうのは何故だろうか。
次に冒険者ギルドが忙しくなるのは、終業間際の17時〜18時だ。
町の門の最終受付が17時30分なので、その時間になると依頼を達成した冒険者達が次々とギルドに飛び込んでくる。
という事で、今のお昼すぎは明日に貼り出す依頼票を仕分けるためには絶好の時間。
先輩から渡された【ゴブリンでも分かる!ジョブクエストの仕分け方】を確認しつつ、汎用クエストとジョブクエストに振り分けていく。
気の抜けそうなタイトルだけど、意外とこのマニュアルは見やすかった。
あの先輩がクシャクシャにしながらも持っていたのは、タイトルに反して中身がしっかりしていたからだろう。
無心に依頼票を捌いていき、あと数枚というところで、前方から「あのう」と控えめな声が掛かった。
ハッと顔を上げると、カウンター前には柔らかな茶髪を胸元まで伸ばしている子供がいた。
顔全体を長い前髪が覆っており、隙間から榛色の左目が覗いている。
ゆったりとしたチュニックを着ていることもあって、一目見ただけでは性別の判別がつかない。
しかし、背中には使い古された弓が背負われていて、腰には辛うじて蓋が被さっているように見える矢筒が携えられていた。
エスニックな雰囲気をまとった不思議な出で立ちの少年に、私はアルカイックスマイルを湛えた。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「依頼を達成したので、報奨金を頂きたいです」
150cmちょっとしか無さそうな背丈だけど、この子も冒険者らしい。
この世界では、小学校や中学校に通っていそうな年頃の子供たちも町中で普通に働いている。
擦り傷だらけの指が差し出した【冒険者証】と、先輩の判子が捺された【依頼票】、素材取引部が発行した【素材受領書】の三点を受け取る。
少年の名前は、ニチカと言うらしい。
ジョブは狩人。
性別は男。
ランクはE。
冒険者証に写っている顔も、左目だけが覗いているアシンメトリースタイルだ。
ニチカ君が受けたクエストは、ハゴ沼地に生息するマダラフロッグの討伐だった。
彼から依頼票を受け付けたのは、休憩中の先輩。
あんなヨレヨレの格好をしている割には、字はお手本のように達筆で、受付者の欄に書かれていなかったらサインとは分からない。
そして、マダラフロッグを討伐した証拠として持ち帰ってくれたマダラフロッグの皮と毒腺は素材取引部が受領済み。
書類に不備がないことを一通り確認して、袖机から報奨金受領書の紙を一枚取り出した。
「ご提出頂き、ありがとうございます。それでは、こちらにサインをお願いします」
カウンターに設置されているインク壺から、ニチカ君は羽根ペンを引き抜いた。
左利きらしい彼は、慣れたように署名欄にペン先を走らせる。
その間に報奨金の100Gをトレーに乗せていると、目の前から小さな声が漏れ聞こえてきた。
声に促されるように視線を上げると、ニチカ君の羽根ペンを持っている方の二の腕から血の筋が滴り落ちていくのが見える。
「包帯!」
タラタラと垂れていく血に、あっという間にパニクった私は、足元に置いていた救急箱を机の上に勢いよく乗せる。
すぐに救急箱の留め具を外して、丸まっている包帯を手にするが、慌てる私よりもニチカ君の方が初動が早かった。
私が包帯を差し出すよりも早く、彼は服の袖口を破って血の筋を拭っていた。
「すみません。多分、汚してはないと思うんですけど」
「そんなのは気にしないで!拭いたら終わりなんだから!それよりも、傷の方は大丈夫?傷薬は一通り揃っていると思うんだけど」
先輩から救急箱について軽く説明を受けたが、こんなに直ぐに必要になるとは思わなくてほぼ流し聞きだった。
先輩もあんまり使うことはないからって感じで、『嗅いだら、なんとなく分かるだろ』とテキトーなこと言ってたし。
よくよく考えたら、匂い程度で効能が分かるような勘の良さは備わってないので、私も本気で覚えるつもりはなかったのだろう。
少年は薬箱を向ける私に、見えている左目をパチパチと瞬いた。
そして、何故か綻ぶように笑う。
「親切なお姉さん。冒険者が怪我を負うなんて日常茶飯事なことなのに」
クスクスと笑った少年は、ツボの蓋を一つ一つ開けていく。
壺の中には色とりどりの軟膏が入っていて、一目見ただけではどんな薬なのかは分かりそうにもなかった。
しかし、ちんぷんかんぷんなのは私だけのようで、心得たようにニチカ君は人差し指で緑色の軟膏を掬うと、残りの指で器用に袖を捲っていく。
顕になった二の腕には、真っ赤に染まっていた包帯が巻かれていた。
もう役に立ちそうにない包帯をニチカ君が取っ払うと、その下から大きな縦線の傷が現れた。
ただ、あまり派手に裂けてはいない。
血の量の割には、大怪我では無さそうだった。
ニチカ君は掬った軟膏を傷口に塗り広げて、その上に新しい包帯を巻いていく。
無駄のない動作で手当を終えた彼に、私は安堵の息を漏らして居住まいを正した。
「どんな薬か、見ただけで分かるなんて凄いね」
「ありがとうございます。出身がウルガの森なんで、薬には少し詳しいんです」
はにかむように、ニチカ君は頬を染める。
彼の初々しさに微笑ましさを感じる一方で、私は彼の口から出てきた固有名詞に小首を傾げた。
「ウルガの森?」
「霊山の麓に広がる森のことです。僕達は深いウルガの森で恩恵を受けながら生活をしています。植物や動物、時に魔物。森で育った恵みを採取して糧にしているんです」
少年は故郷の話が出来て嬉しいのか、楽しそうに話してくれた。
すっかり上京したばかりの新卒の話を聞いているような心地になってきた私は、彼の話を邪魔しないように相槌を打っていく。
「じゃあ、君は森の外を知りたくて出てきたんだ?」
刹那、あんなにも楽しそうに故郷の話を語っていたニチカ君の顔が曇る。
急な態度の変化に、私の片側の眉根が跳ね上がるのが分かった。
「いえ。冒険者になったのは、家族に仕送りをするためです。半端者の僕だけではお父さんのように森の恵みだけでは皆を養えなくて。でも、外に出ても満足に稼ぐことも出来ない」
顔色を悪くするだけでなく、ニチカ君は俯いてしまった。
年長者として気の利いた言葉を掛けようと脳を振り絞るも、なかなか言葉が見つからない。
私の最近の晩御飯である屋台飯が60G。
冒険者のおじさん達が素泊まりで泊まっているらしい宿が、500G。
マダラフロッグの報奨金である100Gだと、切り詰めたら一日の食費くらいはなんとかなる金額だ。
だけど、宿が取れるほどの額ではない。
私まで深刻になってしまってはいけないと口を開こうとするも、やっぱりなんと言えばいいのかが分からなくて。
しまいには、私までその場で顔を俯かせてしまった。
ままならない現実から逃れるように視線を落とした先には、仕分け途中の依頼票がある。
こんな時でも私は、処理中のもう一つの仕事が目に入ると、それのことを頭の端っこで考えてしまう。
【ハゴ沼地付近にセレーナ草の群生地があるのかを知りたい 1000G】
依頼主からのジョブ指定は無い。
ただし、薬草系のクエストは錬金術師のジョブクエストに仕分ける物となっている。
・・・・・・ん?
「ニチカ君、セレーナ草って分かる?」
「分かります。腰痛と歯痛に効く薬草ですよね」
唐突にセレーナ草について聞いてくる私に驚いた顔をしながらも、ニチカ君は律儀に答えてくれた。
彼の不思議そうな眼差しを受けつつ、逡巡するように視線を宙に漂わせること十秒。
私は手元に置いていた依頼票を、そっとニチカ君へと差し出した。
「これ、受けてみない?」
私から依頼票を受け取ったニチカ君は内容を確認して、口角を嬉しそうに上げる。
だが、何かを思い出したのか、すぐに口角は垂れ下がっていった。
「でも、薬草に関するクエストは錬金術師のジョブクエストになるはずです。僕は狩人だから」
ジョブクエストの仕分けルールは、冒険者にも浸透しているらしい。
私はカウンターの上に両手をついて、ずずいと身を乗り出した。
「大丈夫。これ、依頼者からはジョブの指定が無いから。それにウチには今、錬金術師の冒険者はいなくて、掲示板に貼った所で誰も受けてはくれない。それなら、成功してくれそうな人に任せるのは自然でしょう?」
サノヴィア冒険者ギルドは長い間、錬金術師の訪れがない。
それは冒険者ギルドの日誌からも判明していて、クレアの記憶にもなかった。
悪魔から誘いを受けたような顔をして、喉仏を上下させるニチカ君を見続ける。
最終的に決めるのは君だと、伝えるように。
秒針が一周するくらいの時間が私達の間に流れた後、ニチカ君は再び羽根ペンを手に取った。
彼がペン先を走らせたのは、私が手渡した依頼票だ。
依頼票の署名欄に書かれた小さなサインを見て、私は受付者の箇所に自分の名前を記した。
次の投稿は 明日 12時です。
第5話・第6話をUPします。




