第10話 魔法の絨毯に飛び乗って
私はドラゴンが見たいから、先輩についていきたい訳じゃない。
折角の機会だから、冒険者達が活動している場所をこの目で見てみたいという真面目な気持ちで言っている。
・・・・・・ホワイト・ドラゴンって、ハリーポッターで見たドラゴンと同じ感じなのかなぁ。
そんな私の見上げたギルド職員魂が先輩にはなかなか通じず、しまいには「お前まで留守にしたら、誰が受付の仕事をすんだよ」と現実的な方面で叩き返されてしまった。
しかし、先輩は甘い。
それさえなんとかすれば、連れていくみたいな言い方をしてくれたので、先輩の代理を務めるネリーさんに私の代わりを頼めそうな人がいないかを聞いてみた。
そしたら、ネリーさんが旦那さんを連れてきてくれた。
旦那さんのダダンさんはギルドのアルバイトさんで、定期的に人が足りない所に入ってくれている人らしい。
私はダダンさんに窓口の代わりをしてもらう許可を貰うために、直ぐにギルド長の執務室へと駆け込んだ。
忙しなく飛び込んだ不作法な私だったけど、ギルド長は嫋やかな笑顔を浮かべて「勿論ですわ!お仕事熱心で素敵ですわねぇ」とあっさり二つ返事をくれる。
此処が、風通しの良い会社で良かった。
ネリーさんとダダンさんを従えてカウンターへと戻ると、出立の準備を整えていた先輩が私達を見るなり、がっくしと肩を落とす。
「おい、婆ちゃん。こんな甘やかし方してたら、ロクな育ち方しねぇぞ」
「わたしゃ、人妻だよ!」
「口説いてないわ!爺さんまで連れてきてんじゃねぇって言ってんだ!」
「アンタみたいなボンクラ息子はいないね!」
私としては、そこそこ惚けてるネリーさんを自分の代わりに置いていこうとしていた先輩に物申したい。
けど、ネリーさんはここまで話が出来ない人じゃないので、多分私のためにすっとぼけてくれているんだと思う。
その証拠に、ダダンさんがお昼に食べなさいと包装された飴を沢山くれた。
多分、ドラゴンの調査を遠足と勘違いしているような気がする。
「くっそ。どいつもこいつも・・・・・・オイ!クレア!とりあえず、外に出るぞ。モタモタしてたら、日が暮れる」
ネリーさんとの応酬で、やっと先輩が折れたらしい。
何故か大判の絨毯を抱えた先輩は、くいっと親指で観音扉を指した。
アラベスク模様のような絨毯に気を取られている間に、素っ気なく踵を返した先輩は、もうこちらを振り向きもせずに外に出ていく。
私は、いつも通りに皺が入っている先輩のシャツ姿を慌てて追いかけた。
◇◆◇
サノヴィアの東側は行政地区になっている。
サノヴィア冒険者ギルドは行政地区の一角にあって、外に出た途端、目の前の大通りを二頭の馬達が繋がっている乗合馬車が通過していった。
舞っている土埃を気にせず、大通りへと出た先輩は、小脇に抱えていた大判の絨毯を広げる。
ばさりと広げられた絨毯はレンガで舗装された地面につくかと思ったのに、その場にひとりでに浮き上がった。
アニメーション映画でしか見たことがないファンタジー映像に、私はつい手を叩く。
「魔法の絨毯だ!」
「なんだ、急に?そんなに喜ぶようなもんじゃねぇぞ」
色めき立った私に先輩が小首を傾げているが、気にしてはいられない。
あっちの世界ではボーナスが入る度に通っていたぐらいには、某テーマパークが大好きだった。
たとえ、魔法の絨毯を持っているのがアラジンじゃなくて、ヤニ臭い先輩だったとしても全然構わない。
手馴れた様子で浮いた絨毯へと飛び乗った先輩は、少し考えるように宙を睨んだ後、ニヤッと笑う。
先輩がこういう顔をする時は、たいてい意地悪なことを言ってやろうとしている時だ。
「じゃ、俺は先に行ってるから。お前は馬でも借りて来いよ」
もういい歳だろうに、小学生みたいなこと言い出した。
先輩を見上げる私の目が、自然と白けていく。
勿論、先輩に突き放されたことを言われたくらいで、めげるような性格はしていない。
私は先輩の戯言をスルーして、ふよふよと浮いている絨毯の端っこに両手をつく。
そのまま、よいしょと体を持ち上げて、スカートが捲り上がるのも気にせず、乗り上がった。
内見に遅れそうな時は、歩道の柵をハードルのように超えることもある。
これくらいの高さなら、なんてことなかった。
絨毯に乗り上げた私を、先輩はポカンとした顔で見ていた。
しかし、それも一瞬のこと。
一応、お邪魔しているのだからと行儀よく正座した私に向かって、食ってかかってきた。
「嫁入り前が、なんつーことやんだ!?」
「大丈夫です。ちゃんとすっ転ばずに乗れました」
自分のことは棚に置いて、生活指導員みたいなことを言ってくる先輩に意外だと目を瞬く。
──もしかして、遊び慣れていそうな見た目に反して、女子に夢を見ているタイプだったりする?
「そうじゃねぇ!よじ登ってくんなって言ってんだ!」
「だって、先輩が絨毯を乗りやすいように下ろしてくれないんですもん」
仏頂面のまま、いけしゃあしゃあと口答えしていくうちに、先輩も私に何を言っても無駄だと察したのだろう。
隅っこにいる私を手招きして、自分の目の前を指した。
「お前の席はここだ。こっから一歩も動くな」
「は〜い」
とうとう、幼稚園児みたいな扱いになってしまった。
しかし、絨毯の持ち主が先輩である以上、これくらいは従った方がいいだろう。
あまり足場の良くなさそうな絨毯の上を歩いて移動することは難しそうなので、彼の前まで四つん這いになって向かおうとする。
すると、不意に体が浮いた。
「うわっ!?」
浮いた体はその場でくるりと反転させられ、ほとんど動くことなく先輩の前まで運ばれていく。
先輩の前に座った状態のまま、収まり良く着地した私は驚いたように顔を上げようとした。
しかし、私の動きなどお見通しだったようで、頭の上に何かが置かれる。
痛さ的に、これは先輩の顎だ。
顎置きになったことを不服に思っていると、「しっかり捕まってろ」と声が降ってくる。
それに返事をする間もなく、魔法の絨毯はゆっくりと高度を上げていった。
高くなっていく視界に、私はやっとシートベルトも安全バーもない魔法の絨毯に危機感を抱き始める。
よくよく考えたら、今の私の状態は安全装置を取り付けられていないジェットコースターに乗車しているようなものだ。
慣性から守ってくれる物が先輩の顎しかないとなると、ちゃんと捕まらないとヤバいのでは──?
瞬きの間に、そこまで考えが及んだ私は、振り返って先輩の体に思いっきり抱き着いた。
それこそ、木にしがみついているコアラのように。
しかし、私の予想とは裏腹に、街を囲っている街壁よりも高くなった絨毯は前へ進んでも一切、私達を揺らさなかった。
伺うように、チラッと頭上を見上げる。
「・・・・・・役得で良かったですね、先輩」
「ああ。ウチの新米が、とんでもねぇお転婆ってことが分かってよかったわ」




