第11話 ドラゴン、半端ないって
魔法の絨毯での移動は、かなり快適だった。
どうして空を飛んでいるのに向かい風が無いのかと聞いたら、「俺の魔法」というとっても簡潔で、大雑把な回答が返ってくる。
専門的なことを技術者から聞いても分かるような頭はしていないので、魔法の絨毯についてはそれ以上尋ねなかった。
それよりも、先輩が投げ出した両足の間に座っている私は、キョロキョロと眼下に広がる景色に夢中だ。
「サノヴィアの周りって、大平原なんですね。あ、羊の群れ!あれって野良ですか?」
「あれはスリープシープ。群れに囲まれた瞬間に、夢の世界にグッバイだな」
「魔物さんでしたか。外は危険がいっぱいなんですね」
もはや、外国に来た観光客のような感想を漏らしてしまったが、なんだかんだ背後にいる先輩は面倒見がいいので、律儀に答えてくれる。
そうして、サノヴィア平原観光ツアーを終えると、目の前に鬱蒼とした森と、空まで届いていそうな細長い山が見えてきた。
「目の前にある高い山が、シュロスダンジョンな。もう宝物も魔物も湧き出てこない元ダンジョンだが。そんで麓に広がっているのが霧の森。この森の中に、妖精の湖やハゴ沼地がある」
先輩の説明を聞きながら、私はクレアの記憶を辿る。
この世界のダンジョンは、ゲームの世界のダンジョンとそんなに変わらないようだ。
ダンジョン内には、フロアごとに強さの違う魔物がいて、一定の時間ごとに宝物が出現する。
ダンジョンの最奥にいるダンジョンボスも、倒されてから一週間も経てばまた復活するらしい。
だから、貴重な素材を取るために、沢山の冒険者達が何度もダンジョンに挑戦するのだとか。
「どうしてダンジョン内は、魔物や宝物が湧き出たりするんでしょうか。ダンジョンボスも、一週間ほど経てば復活するというのも不可解です」
「さあな。俺らにゃ、分かんねぇ不思議な理屈で稼働してんじゃねぇか。魔物や宝物が湧き出るのも、それが目的なんじゃなくて、ただの副産物なのかもしれねぇし」
「良いですね、その仮説。実は冒険者はお零れに預かっているっていう説。そっちの方がまだご都合主義っぽくなくて好きです」
「・・・・・・お前、本当に変わってんな」
背中越しでも、先輩が呆れたような顔をしているのが分かる。
私からしたら、わざわざ人間を強くするために魔物や宝物を用意してくれるダンジョンの生態を疑問も抱かずに受け入れている方が不可思議なのだけれど。
──でも、この世界の歪さを理解出来るのは、日本の知識がある私だからこそ、ということも分かってはいる。
背後で呆れ返っている先輩を振り返ることもせず、私はそびえ立っているシュロスダンジョンを静かに見据えた。
◇◆◇
サノヴィアから西に伸びる街道の一つは、シュロスダンジョンに繋がっている。
魔法の絨毯は街道を辿って進んでいき、霧の森の入口を過ぎて暫くした頃。
私達は、道の真ん中で身を伏している真っ白な物体に遭遇した。
先輩が魔法の絨毯を操って、あっという間に街道沿いにある木々の合間へと私達を紛れ込ませる。
艶めいた純白の鱗に覆われたドラゴンの身体は、ゆうに6mはあり、折り畳まれた両翼を広げたら、もっと大きく見えそうだ。
爬虫類らしい大きな口を持つ顔は、今、地面についた両前脚の間にある。
固く瞑られた両目に、枝葉の隙間から覗き込んでいる私は心底安堵した。
「紛れもなく、ホワイト・ドラゴンだな。雪も降らねぇこんな所、住み心地が悪いだろうに」
「・・・・・・でっか」
「口、閉じろ。年頃の女の子がみっともない顔をすんじゃねぇ」
そう言いながら、顎を押し上げられた。
大人しく口を閉じると、よしとばかりに頷かれる。
段々と先輩が私を後輩としてではなく、引率している子供のように扱い始めたような気がするが、一先ずはスルーする。
──シワだらけのシャツとスラックスを着ている先輩にだけは、マナーに関してどうのこうの言われたくないんだけどね。
胸の中で先輩に文句を言いつつも、私の視線はドラゴンに釘付けだった。
このドラゴンを、始末する。
その担当者は恐らく、先輩か、ギルド長。
マンションの二階分くらいの高さがある、巨大な魔物と二人が戦うことになるのかもしれないと思うと胸がギュッとした。
「た、戦う以外の方法って、ないんでしょうか?」
つい胸の内から溢れた私の言葉に、返事はない。
ただ、先輩が聞いていないはずがないので、私は先輩の袖口を後ろ手に引っ張った。
言葉だけでなく、袖まで引っ張られた先輩は渋々と口を開く。
「ホワイト・ドラゴンはA級の討伐クエストに該当する。イーリスならともかく、サノヴィアじゃあ、近隣のギルドに救援要請を出してでも討伐する必要がある魔物だ」
「イーリスって・・・・・・」
ついこの間に聞いた覚えのある名前を口にする。
その名前は、確か後ろにいる人のフルネームに含まれていた。
「コイツらの生息地帯は、元々俺の実家がある地域なんだよ。万年、雪が降っているんじゃないかってくらい真っ白くて、寒い場所だ」
「先輩って、雪国出身なんですね・・・・・・じゃなくて!もしかして、先輩ってそこそこ良いところの出身だったりします?」
土地の名前と同じファミリーネームを持つのって、多分、かなり由緒あるご出身じゃないだろうか。
高校の同級生にいた神社生まれの子もかなり普通じゃなかったけど、今回は土地だ。
──もしかして、私はとんでもない人に馴れ馴れしい態度をとっていた?
「言っただろ。カイゼル・フィン・イーリスって。フィンっていうのは貴族の称号だ。だから、訳すとイーリス家のカイゼル君ってところだな」
どうやら、スタバみたいな名前は、貴族の証拠だったらしい。
たしかに平民のクレアには、『クレア』の名前しか無かった。
苗字があるだけで、貴族かもしれないという発想にならなかったのは、私の想像力が足りなかったせいだ。
昔の日本人だって、苗字は偉い人しか持っていなかったのだから、少し考えれば分かる事だった。
一瞬にして、血の気が引いていった私は、しかし、今更足掻いた所でどうにもならないと観念する。
そもそも、冒険者ギルドの窓口業務に、お貴族様がいるのが可笑しい。
あれは、どう考えても庶民の仕事だ。
「これまで、気安く喋っちゃって申し訳ございません。以後、イーリス様に改めます」
粛々と絨毯の上に三指をついて、頭を下げる。
今更、打首獄門の刑ということにはならないだろうが、取り繕っといて損なことはない。
暫く、土下座する私と先輩の間に気まずい空気が流れるも、それは上から聞こえてきた吹き出した音によって取り払われていった。
「ハハハ!おまえ、本当、すごいな」
何故かツボったらしい先輩は、後ろに両手をついて涙が出るくらい笑っている。
こんなに大爆笑している先輩を見るのは初めてだったので、あまりの展開に目が点になった。
「そ、そんなに笑うことないじゃないですか!こっちは打首獄門の刑かもしれないって、ビビりながら謝罪しているんですから!」
「なんだ、打首獄門の刑って」
「首を跳ねられて、四条河原に晒されるんですよ」
「ギロチンの刑みたいなものか。首が晒されるっていうのは、あまり聞いたことがねぇけどな。確かにクレアの気安さは、ギロチンになってもしょうがなさそうだ」
「ひぃっ!」
目元に涙を滲ませて不穏なことを言う先輩に、私は慌ててまた頭を伏せる。
そんな私を見て、先輩はまた楽しそうに笑った。
もはや、いじめっ子としか思えない。
そんな風に、状況も忘れてどんちゃん騒ぎをしていたのがいけなかった。
──いや、そもそもドラゴンの調査で大騒ぎするっていうのもおかしなことなんだけど。
辺り一帯に、ドラゴンの咆哮が響き渡ったのである。




