第16話 元A級ダンジョン シュロス鉱山
シュロスダンジョンまでの道程は、ギルド長が用意した天馬付きの馬車だった。
まさかの人生初めての馬車が、天馬が牽く馬車になるとは。
羽が生えた天馬が飛べるのはともかく、後ろの箱馬車はどうやって浮くんだろうと怖がっていると、私の懸念を察した先輩が『天馬の魔法だ』と説明してくれた。
どうやら、繋げられている箱馬車に天馬が飛行の魔法を掛けてくれているらしい。
ミケーネさんのエスコートで馬車に乗り込んだギルド長の後、一応後輩だからと先を譲ると、先輩が残念なものを見るような視線で私を見てきた。
『何の間ですか?』と言葉なく訴える私の顔を眺めていた先輩は、私の手を取るなり、引っ張るようにして馬車の中へと連れ込む。
まさか、先輩に手を掴まれると思っていなかったので、私は「へ?」とまぬけ声だけを置いて、箱馬車の中へと踏み込む。
先輩になされるがままに空いていたギルド長の隣へと腰を下ろすと、隣から「まあ!」とはしゃぎ声が聞こえてきた。
「イーリスさんがエスコートするなんて、珍しいですわね」
「珍しくもなんともねぇよ。なんなら、他の女性には、座るまで体を支える」
「お嬢様、あまりこの軽薄者の話を聞いてはいけません。純粋なお心が穢れます」
「そこのお嬢様はとっくの昔に穢れ──もがっ!」
先輩が鼻で笑った途端、ミケーネさんの手元から先輩へと向かって何かが放たれる。
それはどこからともなく出現したマフィンだったようで、小憎らしいことばかり言う先輩の口に豪快に突っ込まれていた。
先輩も口に突っ込まれたのが食べ物と分かったようで、抗議するような目をミケーネさんに向けたままモグモグと口を動かす。
どうやら、私の知らないコミュニケーションがこの世界には沢山あるらしい。
昼食を食べ損ねていることもあって、『私もマフィン、欲しいなぁ』とぼけっと眺めていると、隣に座っていたギルド長に膝の上に置いていた右手を取られる。
弾かれたように隣を見ると、そこにはニッコリと微笑む麗しのギルド長の顔がすぐ近くにあった。
正直、執務室の話の内容を聞く限り、私なんかが隣に座っていい人じゃないはず。
それなのに、ギルド長は全く気にした素振りも無く、「クレアさん」と名を呼んだ。
「ワタクシ、あまり街の外に出ることはありませんの。なので、よろしければ色々と説明してくださらない?」
ギルド長からのお願いごとに、目をパチパチと瞬く。
彼女の言っていることがジワジワと脳に浸透してくると、自分の頬が熱を持ったのが分かった。
──この人、私よりもずっと街の外に詳しいだろうに、暇を持て余さないように役目を与えようとしてくれているんだ。
正直、今回のシュロスダンジョンへの同行には、新人であり、足手まといにしかならない私を連れていくメリットは無い。
それなのに同行させてくれているのは、シュロスダンジョンの説明をするちょうど良い機会だからというだけじゃなくて、ギルド長が私との時間を持ってくれようとしてくれたのもあるのかもしれない。
──こういう機会でもないと、多忙なギルド長は受付窓口の新人職員と接する機会はないだろうから。
「あら、あんな所に羊の群れがいますわ。あの中で眠ったら、きっとよく眠れるのでしょうね」
「ギルド長、あれはスリープシープっていう魔物らしいですよ。囲まれたら、一巻の終わりらしいです」
「まあ!可愛らしい見た目に反して、恐ろしい生き物ですわね」
きっと、スリープシープのこともよく知ってるだろうに、わざと尋ねてくれている。
そんなギルド長の心意気に胸が温かくなった私は、ギルド長と一緒になって、馬車の小窓からサノヴィア大平原を見下ろした。
◆◇◇
ホワイト・ドラゴンの上を通る時、真っ赤な爬虫類の瞳と小窓越しに視線が合ったような気がした。
しかし、ドラゴンは私達を気にしていないらしく、前脚に顔を乗せたまま、また眠りにつく。
もしかしたら、この馬車の中に先輩がいることが分かっているから、通してくれたのかもしれない。
「あれが問題のドラゴンね。流石のワタクシでも一時間は掛かるかしら」
「流石のギルド長でも、ドラゴンを倒すのは無理ですよ。先輩の通訳があれば、もしかしたら口先で勝つことはできるかもしれませんけど」
とんでもないことを言い始めたギルド長に、こういう冗談も言える人なんだと口元を緩ませる。
しかし、私が軽口で返した瞬間、何故か馬車の中が変な空気になった。
妙に生温いというか、私の発言が的外れなことを告げるかのような空気感に、え?とミケーネさんや先輩を見渡す。
ミケ─ネさんと先輩は、揃って喉に小骨が刺さったような顔をしていた。
「本来なら、その反応が普通ですよね」
「なんだろうな、この微妙な気分。子どもにサーカス団の踊り子になりたいって、純粋な目で言われた時と似たような気持ちっつーか・・・・・・」
「それはちょっと例えが違うと思いますよ。どちらかというと、騎士団所属の事務方なのに子どもに前線に出ていると見栄を張っている同期を見た時の気持ちの方が近いかと」
「それも微妙に違うくないか?」
とうとう天井を見上げてしまった二人に言えるのは、さっきのギルド長と私の会話に対して、二人だけが知っている何らかの謎があるということだ。
そして現状、二人はその謎を私に話すつもりは無い。
「ギルド長。もしかして、私はとんでもないギルドに配属されてません?」
「あら。とうとう気付いてしまわれましたの?」
はぐらかされるだろうなと思って、軽いノリで聞いてみたところ、意外にもあっさりと肯定されてしまった。
まさかの展開に、どう反応すべきかと固まっていると、ギルド長がクスクスと折り曲げた指を唇に当てて笑う。
「ふふふ。そう困らないでくださいまし。ワタクシ、クレアさんのことはかなり気に入ってますの。ですから、いつも通り楽しくお仕事をして頂けますと有難いですわ」
「ぎ、ギルド長」
「もし、困ったことがありましたら、ご相談くださいませ。ワタクシ、クレアさんのお願いごとであれば、大体のことは叶えてあげましてよ」
翡翠の目を弓なりにして微笑むギルド長からは、有無を言わさない空気が醸し出されている。
小物らしく、雰囲気に飲まれた私は「あ、ありがとうございます」とぎこちなくお礼を言うことしか出来なかった。
──ギルドに帰ったら、異動届の方法を確認しようかな。
離職率が高い不動産の仕事でさえも、店舗異動や退職の相談をしたことがなかったけど、このサノヴィア冒険者ギルドはそれ以上にヤバそうな気配がする。
残業、休日出勤、若干の上司からのパワハラは、まだ命の危機を感じなかったけど、今回ばかりは不味そうだ。
私はギルド長と目の前にいる二人から顔を逸らして、箱馬車の扉に付いている小窓へと齧り付くことにした。
◇◇◆
サノヴィアから飛び立つこと、一時間と少し。
シュロスダンジョンの麓へと降り立った天馬の馬車から降り立つなり、うんと背伸びをした。
仰け反るような体勢で、目の前に悠々と立ちはだかる細長い山を見上げる。
天を劈くように伸びているシュロスダンジョンの山肌は灰色で、私が知っている日本の山とは毛色が全く違う。
木どころか、草すらも生えていない山肌はツルリとしていて、これは火山灰によるものなのかと思ったり。
大して覚えていない地理の授業で得た知識を引っ張り出しながら眺めるも、山の頂上が全く見えないなと目を細める。
頑張って頂上を見ようと躍起になっていると、ひょこりと隣にミケーネさんが現れた。
「クレア様は体が柔らかいですね。まるで、迫り来る弓矢から身を逸らしている歴戦の戦士のようですよ」
「ようは、とんでもないお間抜けな格好をしてるってことですよね」
こちらの世界のイナバウアーは、そういう例えで表現するらしい。
ミケーネさんは「ふっ」と上品に噴き出すと、「これ以上は女性にあるまじき姿勢になってしまいますよ」と身を起こすのを手伝ってくれた。
「シュロスダンジョンについては、ご存知でしょうか?」
まだ若干、ツボに入っているらしいミケ─ネさんが言葉尻で笑いながらも、ガイド役を買ってくれた。
シュロスダンジョンについての知識は、冒険者ギルドの書庫でしか得ていないので、私は首を横に振る。
本を読んで知ったことよりも、この世界で生きている人から聞く知識の方がサノヴィア冒険者ギルド職員には必要だと思うから。
ミケーネさんは並んで立つと、向日葵のようなハッキリとした黄色の眼差しでシュロスダンジョンを見上げる。
「元A級ダンジョンのシュロスダンジョンは鉱山です。ただ、ヴェアトリクス王国が興る前よりダンジョンとして存在していましたので、鉱山として使われた形跡は無いのだとか」
ヴェアトリクス王国は、サノヴィアが属している国のことだ。
私もクレアの知識でしか知らないけど、私達が納めた税金の行先である。
──日本でも総理大臣を国のトップとして意識したことがないので、王様が治めていると知ったところで、あんまり実感が湧かないんだよね。
どっちみち、サノヴィアは西側の端っこにあるので、私が王様に直接会う事もないだろう。
だから、多分、薄っぺらい帰属意識でも問題ないはず。多分。
「鉱山として掘られていたら、どんなものが採れたんでしょうか」
「鉄や銅、銀くらいは採掘出来たんじゃないでしょうか。良くてエメラルドや紅玉、サファイア・・・・・・金脈だったら、とんでもないですね。いえ、ダンジョンになっていた鉱山ですから、オリハルコンやミスリルが採れてもおかしくはないかもしれません」
「オリハルコンに、ミスリルですか?」
「どちらもかなり強力な武具の素材として使われる鉱石のことです。特にオリハルコンは、死神の鎌でも傷付けることは敵わず、ドラゴンの息吹どころか、どんな呪いも跳ね除けるのだとか」
サノヴィア冒険者ギルドは、粉飾も辞さない零細企業なので、凄そうな特産品は大歓迎だ。
しかし、めちゃくちゃ頑丈で、何があってもビクとしない素材か。
「それでマンションを建てたら、地震とかへっちゃらそう。SRC造ならぬ、ORC造とか」
「ま、マンションですか?」
「戯言ですので、お気になさらず」
日本は地震大国なので、大震災の時に半端な崩れ方をして、沢山の人間が生き埋めにならないように建築物は設計されている。
なので、絶対に傷つかず、火にも強そうなオリハルコンでマンションを建てるのは悪くなさそうだ。
──でも、コストを考えたら、駄目そうかな。
希少な素材っぽいから、マンション一棟を建てるだけで、デベロッパーが破産しそうな気もする。
夢のまた夢になりそうな『ORC造マンション計画』を考えていると、ミケーネさんから「もうそろそろ、シュロスダンジョンの入口が開くと思います」と言われる。
シュロスダンジョンを呑気に眺めていた私とは違い、出入口の封印を解くために先に行っているギルド長と先輩に動きがありそうとのことなので、ミケ─ネさんについていく。
ミケ─ネさんと霧の森から伸びている街道を辿っていくと、大きな鉄の門が現れた。
ホワイト・ドラゴン程の大きさがある鉄の門の取手には鎖が幾重にも巻かれていて、私の掌くらいある錠前がぶらさがっている。
私達よりも先に到着していたギルド長と先輩はその錠前の前に立って、話し込んでいた。
「やっぱり、ギルド連盟の魔法はすげぇな。この封印の魔法なんて、何百という魔法が魔法陣に編み込まれている。もはや、魔術だろって言いたくなるが、媒介は魔力のみだ」
「昔から、イーリスさんは魔法の話をしている時が一番楽しそうですわね。もしかして、以前のお勤め先が恋しくなったりして?」
「んな訳あるか。あんな陰険共の巣窟、こっちから願い下げだ」
「ふふふ、最近は特に楽しそうですものね。ワタクシとしても、サノヴィアがイーリスさんの居場所になっているようで安心しましたわ」
ギルド長と先輩は長いこと一緒に仕事をしているっぽくて、二人揃うと特有の空気感がある。
例えるなら、会議が終わった後のマネージャーと部長だけが続きのミーティングを行う時と似たような感じ。
下っ端はお呼びじゃないし、下っ端としてもあまり上層部のアレコレを知りたくはないので、遠巻きにしていたいといったところだ。
二人の会話が終わるのを待っていると、ギルド長が気づいてくれたようで、「二人とも、来ましたわね」と此方へと体を向けてくる。
「はい、遅くなってすみません」
「構いませんわ。ワタクシも久しぶりに来たものですから、色々と見ていましたの」
私がシュロスダンジョンを観光地のように眺めていたことがバレていたようで、誤魔化すようににへらと笑う。
いつもの先輩なら、そんな私を小馬鹿にするように見てきそうだけど、今はダンジョンの鉄扉に気持ちが持っていかれているようで、一瞥されただけだった。
「では、ダンジョンの施錠を解きましょうか」
いよいよ、シュロスダンジョンの中へとお邪魔することになるらしい。
ギルド長は乗馬服になってなお、窮屈そうに締められているブラウスのボタンの隙間から覗く谷間へと手を差し込んだ。
そこから引き抜かれたのは、中指ほどありそうなバカでかい鍵だ。
もはや、ドラえもんのポケットのようなギルド長の谷間には何を言うこともなく、錠前に差し込まれた鍵がカチッと音を立てたのを聞いた。




