第17話 魔物が出ないって聞いてたんですけど
カチッと硬い音がした瞬間、鉄の扉の中心からミントグリーン色の紋様が広がっていく。
先輩が持っている絨毯のアラベスク模様みたいな紋様が扉全体まで行き渡ると、一際、強い光を放った。
余りの眩しさに目を瞑った瞬間、浮遊感が身を襲う。
真っ黒なエレベーターに運ばれているような、なんとも言えない気持ちの悪さが襲ってきたのも束の間。
恐る恐る、瞼を押し上げると、見知らぬ洞窟の景色が見えた。
「え!?」
あまりにも理解が出来ない出来事の連続に、とうとう声が出てしまう。
ここの洞窟は天井が高いだけでなく、奥行もあるようで、自分の声が反響しているのが聞こえる。
「ふふふ、驚きまして?」
すぐ背後から聞こえてきた鈴を転がしたような声音に振り向くと、そこには口元に手を当てて微笑むギルド長がいた。
ふさふさの睫毛に覆われた翡翠の目が茶目っ気を含んでいるのを見つけて、徐々に自分の口が尖っていくのが分かる。
「まぁ!可愛らしい抗議ですこと」
無言の抗議をしてみるも、ギルド長には効いていないらしい。
それどころか、ペットを愛でるような目で見られてしまい、自分の口がますます尖っていく。
むくれていると、ギルド長の背後からヤレヤレと首を振っている先輩が現れた。
「あんまり、クレアを虐めんな。揶揄ってると、なかなかの仕返しを食らうことになるぞ」
「それは、それで楽しみですわねぇ。ふふふ、これ以上はやめておきましょう。ワタクシもまだ、クレアさんに嫌われたくはありませんもの」
何となく分かってきたが、ウチのギルド長。
結構、イイ性格をしている。
先輩も23歳にしては子どもっぽい意地悪をしてくるが、そんなのはギルド長の貴族様仕様のSっ気に比べたら、まだまだ序の口だったみたいだ。
「お嬢様、行きますよー!」
いつの間にか、先遣隊としてミケーネさんが洞窟の奥へと進んでいたようで、一本道になっている奥の方から声が聞こえてくる。
「ミケーネったら、久しぶりのダンジョンにはしゃいでいますわね」
「・・・・・・ラヴェンツァの女性は、どうも血の気が多いみてぇだな」
「我が領地は南に位置しますもの。北生まれのイーリスさんには情熱的に見えても仕方がありませんわね」
背後からオブラートに包んだ毒の吐き合いが聞こえてきたが、フォローに入ると巻き込まれそうなので、気付かぬフリをしてミケーネさんの方へと向かう。
むしろ、火の粉が飛んでこないうちに距離を取っておきたいくらいだ。
幸いにも、洞窟内には等間隔に松明が設置されていて、暗闇の中で迷子になるということはなかった。
松明が照らしている道沿いを進み、そそくさとミケーネさんの声を追っていくと、暗闇でも堂々と突き進んでいくメイドの背中が見えてきた。
身を低くして、忍者のように突き進むミケーネさんの両手にはいつの間にかダガーが握られている。
ふわりわふわりと足元で揺れるメイド服の裾を見事に捌いて、最奥へと向かっていくミケーネさんのその姿は熟練の冒険者のようだ。
彼女のそばに居ると邪魔になる予感しかないので、程良い距離間を保つことにする。
背後にいるギルド長と先輩は、まだ応酬が続いているらしく、声こそ聞こえないものの、激しくやりあっている姿が松明の明かりによって浮かんでいる。
仲がいいのか、悪いのか分からないなと思いつつ、折角だからと周囲を見渡す。
シュロスダンジョンに入る前にミケーネさんも言っていたが、シュロスダンジョン内には魔物や宝箱は出ないと見なされている。
これは冒険者ギルドの大元でもあるギルド連盟が正式に出している見解であり、サノヴィアの誰もが知っていることだ。
だから、シュロスダンジョンで潤っていたサノヴィア冒険者ギルドは、ここが封印されたことで盛大に煽りを受け、五年前から衰退の一途を辿っている。
それこそ──ギルド長が売上を誤魔化さないといけないくらいに。
シュロスダンジョンが復活してくれたら、ウチのギルドも安泰なんだけどなぁともう一度見渡してみるも、灰色の岩肌があるだけで、地面には雑草すら生えていない。
やっぱり、新しい産業なり、事業なりを見つけないと、サノヴィア冒険者ギルドが生き残る道はなさそうだなと思い至った所で、唐突に背後から声が掛かった。
「クレアさんのジョブは、確か魔法使いですわよね?」
すっかり気が抜けていたから、急に声を掛けられたそうで両肩が上がる。
しかし、驚きまくっている私のことなど気にしてなさそうなギルド長は、あっという間に私の横に並んだ。
こうやって横並びになると、ギルド長は長身な部類だ。
十センチほど高い目線から見下ろされている私は、ギクシャクと首を傾げた。
「え?私って魔法使いなんですか?」
業務の一環として、毎日冒険者達のジョブを確認しているけど、自分のジョブについては気にしたことがない。
こっちの世界にクレアとして起きてから一週間ほど経つものの、ジョブが無くても生活が出来ているから、知らなくてもいいやという気持ちさえある。
「お前、自分のジョブすら把握してないって、どんだけボンヤリなんだよ」
私を挟んでギルド長とは反対の位置についた先輩が、呆れたような顔をする。
「まぁ、平民の皆様にしてみたら、ジョブはそんなものなのかもしれませんわ。家業を継ぐ時にちょっと有利になれば良いなっていうようなもの、というところかしら。どちらかといえば、貴族がジョブに拘りすぎているのかもしれませんわね」
「・・・・・・おい、エレオノーラ。お前、まさか、クレアの教育係を俺に押し付けた時に言ってた【適任】っていうのは、受付窓口のことじゃなくて──」
「それも【適任】の一つですわ。ワタクシの目に狂いがなかったのは、既に色々と実感されていますでしょう?」
二人の話を漏れ聞くに、どうやら先輩に私の教育係を任命したのは、ギルド長だったらしい。
とうとうギルド長を呼び捨てにし、問いただし始めた先輩に、野次馬根性で耳を傾けるのも程々にしようと距離をちょっとずつ開けたところで、何かが降ってきた。
「いっ!」
顔に直撃したそれに顔を顰めつつ、下を見ると──そこには人の顔をした蝙蝠がいた。
人面の横に取ってつけたような手足がついていて、申し訳程度に生えている羽がパタパタと動いている。
あまりにも悍ましい生物に、私はありったけの悲鳴を上げていた。
「ぎゃあああああ!!」
女子力0の本気の悲鳴を上げて、先輩とギルド長の元へと短距離走選手らしく矢のように飛んで帰った私は、迷うことなくギルド長の背後に隠れる。
「あら、どうしましたの?」
「ば、ば、蝙蝠の化け物が!!」
「蝙蝠の化け物?」
拙い私の訴えにギルド長が、首を傾げる。
そんな私達の背後で、カキンと金属音が鳴った。
「お嬢様!魔物が湧き出ております!お気を付けくださいませ!!」
次いで、どさりと何かが倒れるような音が聞こえてくる。
どうやら、ミケーネさんが先にいる魔物と戦闘中のようだ。
シュロスダンジョンは五年前に崩落事故が起きたっきり、魔物や宝箱が湧き出ないダンジョンになっていたはずだ。
──それなのに、現れた。
私は判断を委ねるように、ギルド長を背後から見上げる。
視線の先には、ピンク色のルージュで美しく弧を描き、翡翠の目を爛々と光らせる美女がいた。
刹那、横から腕を取られる。
思わぬ出来事にたたらを踏んだところで、ぼすっと自分の体が誰かの元へと着地したのが分かった。
嗅ぎなれたバニラフレーバーの匂いに、慌てて視線をあげると、そこには険しい顔をした先輩がいる。
「せ、先輩?」
「静かにしとけ。動いて、うっかり首を持ってかれても知らねぇぞ」
あまりにも物騒な先輩の物言いに吃驚するのも束の間のこと、ギルド長の方から風を切るような音がした。
そちらの方に顔を向けると、そこには身の丈ほどある大きな鎌を片手に携えているギルド長の後ろ姿があった。
ギルド長はその等身大の鎌をゆっくりと水平になるように構えると、勢いをつけてぶん投げる。
ヒュンヒュンと音を立てて、ブーメランのように回転する鎌は「ギャッ!」「びゃッ!」という何かしらの断末魔を生み出した後、ギルド長の手元へと戻ってきた。
そして、ふらりと私達へと振り返る。
ギルド長の麗しい顔には、紅茶を飲んでいる時と同じ嫋やかな笑顔が浮かべられていた。
「お待たせしましたわ。先を進みましょうか」
私と先輩は、揃って首を縦に振る。
今日、私は色んなことを知る羽目になるけども、その中でもギルド長に絶対に逆らってはいけない理由を知れたことが一番の収穫だった。
ストックが尽きたので、これより不定期更新となります。
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