第15話 不憫メイド ミケーネさん
翌日、朝からドラゴンの所へと赴いている先輩の代理で入ったネリーおばあちゃんと一緒に受付業務を終えた私は、むむむと難しい顔で頬杖をついていた。
「やっぱり、先輩って色々と変だよねぇ。魔法の絨毯を浮かべるくらいは兎も角、ドラゴンやユニコーンと話せるし、貴族様なのに受付業務やってるし、私の教育係なんかも押し付けられてるし、服装がだらしないのに注意されてないし」
昨日のギルド長と先輩のやり取りを思い返しては、気がそぞろになってしまう。
こちらの世界に目覚めたばかりの時は、教育係をチェンジして欲しいなと思うくらいには、先輩のちゃらんぽらんさが目についた。
──けれども、あの人は今、私が持ち込んでしまった厄介な案件をどうにかする為に、きっと危ない橋を渡っている。
それがどうにも、気がかりというか。
とんでもない事を押し付けてしまったなという、罪悪感に押し潰されそうというか。
『大丈夫かなぁ』と心配する言葉が音になる前に、溜息となって口の中で溶けていく。
「なんだ、クレアちゃんもだらしないって思ってたのかい」
私の独り言を拾ったネリーさんは、ガラスペンのような物を使って、金属の板に文字を書いている。
彼女が窓口業務の傍らで内職しているのは、冒険者証のベース作りだった。
この鉄板にも見える金属の板に血液を垂らすと、血液の持ち主の個人情報が文字や顔つき写真みたいな形で反映される。
その反映のされ方は、運転免許証や資格証に似ているなと思うのだけど、残念ながらこっちの世界には私の感想に共感してくれる人はいない。
魔法がある世界は、本当に色んなことが簡単に出来る。
日本で冒険者証を作ろうと思ったら、個人情報を提出してもらって、写真を撮って、厚紙に印刷して、ラミネートする必要があるだろう。
まぁ、この冒険者証のベースを作る作業は【錬金術師】のジョブを持っている人じゃないと難しいらしいから、一部の人が簡単にできるってことみたいだけども。
──こっちの世界は、何をやるにしてもジョブの適正というものが求められるんだよね。
それはそれで、しがらみが多いなと目を細める私に構わず、ネリーさんは口を動かし続ける。
「一回、見かねて一緒に洗濯してあげようかってカイゼルに言ったんだけどね。だけど、アイツは『余計なお世話だ』つって、しっぽ巻いて逃げたもんさ」
「あ、そっか。お貴族様だから、そもそも洗濯の仕方が分からない可能性があるのか」
この世界の洗濯は、現代日本人から考えられないことに洗濯板を使って行う。
上下水道は通っているので、風呂場で洗濯ができるからマシではあるのだけど、生まれて初めて水を張った桶に洗濯物と粉石鹸を入れて踏むということをした。
こんなの、たまに金曜日に放送されるジブリ映画でしか見たことがなかったので完全に見様見真似だ。
しかしながら、意外とセンスはあったようで、今のところは問題なく洗濯物をやっつけられている。
──いやいや、それよりも、今、気になっているのは普通じゃない先輩だ。
ネリーおばあちゃんとの雑談で、すっかり洗濯へと意識が飛んでしまっていたけど、それよりも先輩のことだと意識を戻す。
恐らく、ホワイト・ドラゴンと契約魔法の話をしにいってるだろう先輩。
昨日のギルド長と先輩の話が半分もわからなかった私は、あの後、こっそりと書庫に行って【契約魔法】と【使役魔法】について調べた。
その結果、【契約魔法】というのは、契約魔法を唱えた者と契約内容に同意した者とで結ばれる強制力のある魔法であることが分かった。
もし、契約魔法で同意した内容から違反した場合、両者間で取り決めた罰が違反者に降り掛かるらしい。
そして、【使役魔法】というのは、【契約魔法】よりももっと一方的な魔法のことだった。
使役魔法を唱えた者に、唱えられた者が従属させられるというのが、【使役魔法】。
一応、従属するかどうかは唱えられた人が決めることも出来るらしいが、中には洗脳の詠唱を混ぜて使役魔法を使う人もいるらしく、その場合は問答無用で従属させられるらしい。
契約魔法の方は対等だが、使役魔法の方は詠唱者の方が立場が強いようだった。
そして、契約魔法の方は、一般的には両者間で意思疎通が出来ないと結べない魔法とのこと。
──ドラゴンと契約魔法を結べるほどに意思疎通が取れるのは、魔物と親和性が高い【魔物使い】でもできないことらしい。
ましてや、ジョブが魔法使いの先輩なら、尚更出来なくて当たり前。
ここまで謎めいてくると、もはや詮索しない方が良いのではと危機感を抱くレベルだ。
とうとう頬杖をつくだけに飽き足らず、両手で頭を抱えたところで、ギルドの観音扉が開いたのが見えた。
逆光を背負って現れた二人組にだらけていた姿勢を正すものの、ゆっくりと露わになっていく輪郭に、「あ」と口を開く。
視線の先には、いつもギルド内を忙しなさそうに動いているメイド服を着た妙齢の女性と、フード付きのローブを纏っているが、フードの下から紺色の癖毛を見せている先輩がいた。
メイドキャップから零れる薄紫のボブカットを揺らして女性がその場から歩を進めると、取り残されそうになっていた先輩が慌てたように早歩きになって後を追う。
想わぬ組み合わせの二人組にポカンとする私の前まで女性はやってくると、可憐な微笑を浮かべた。
ギルド長の華やかな美貌とは違う、彼女の慎まやかながらも整った顔立ちは向けられたこちら側もふんわりとした心地になる。
人好きのする女性の笑顔に見蕩れていると、彼女は両手をスカートの前で重ねて、腰を深く折った。
惚れ惚れするようなお辞儀は、三つ星ホテルのコンシェルジュのようだった。
「少々戻りが遅くなり、申し訳ございません。エレオノーラお嬢様の下へ向かいましょう」
「え、エレオノーラお嬢様?」
急に素性を知らない人から、見知らぬお嬢様のもとへと行きましょうと言われた私は、頭上にクエスチョンマークを浮かべまくる。
「ギルド長のことだ。ミケーネも、藪から棒に言ってやるな。コイツはまだ入ったばかりの新人で、多分、お前のことも知らねぇぞ」
女性の背後に控えている先輩がフォローに入ってくれたことで、やっと話の内容が飲み込めてきた。
どうやら、いつもギルド内で忙しくしていた彼女は、ギルド長の付き人だったみたい。
「そういえば、ご挨拶がまだでしたね。いつもよくクレア様からの視線を受けていたものですから、既にしたものとばかり勘違いしておりました。私はミケーネと申します。ラヴェンツァ侯爵家に連なるエレオノーラお嬢様の侍女を務めております」
ご丁寧に挨拶をしてくれたミケーネさんとは裏腹に、見かける度に眺めていたのがバレていた私は顔を引きつらせる。
ニッコリと微笑むミケーネさんの視線を感じながら、ドキマギとその場から立ち上がって「クレアです」と頭を下げる。
居心地の悪い思いをしている私とは裏腹に、ミケーネさんは微笑を崩さないまま、言葉を連ねた。
「では、そろそろお嬢様のもとへと行きましょう。あまり一人にしておくと、あの方はろくな事──コホン、自由になさりますので」
ギルド長って、身内からもこんな評価なんだ。
ミケーネさんのどこか遠い目の先を追うなんて命知らずなことはせず、私は俊敏な動きでカウンターから出た。
◆◇◇
ミケーネさんに連れられて、三人でギルド長の執務室へ入室すると、そこには乗馬服に身を包んだギルド長がいた。
ウェーブの掛かった金髪は頭頂部で結ばれていて、背中まであるポニーテールになっている。
スタイル抜群のギルド長がピッチリとした乗馬服を着ると、あの大胆に胸元が開いたドレスの時以上に目のやり場に困ってしまう。
いつもと格好の違うギルド長に、引率してくれたミケーネさんが早速声を掛けた。
「お嬢様、どちらかにお出掛けなさるのですか?」
「えぇ。そろそろ、貴方たちが戻ってくるかと思いまして、支度を済ませていましたの」
ニッコリと微笑むギルド長に、段々とミケーネさんの顔色が悪くなってくる。
「ちなみに、どちらへ向かわれるのですか?」
「シュロスダンジョンですわよ。あそこの鍵を持っているのはワタクシですもの」
なんてことなく答えたギルド長は、右手の人差し指に嵌められている黒い指輪を撫でる。
準備万端というように微笑むギルド長に対して、ミケーネさんは「お嬢様!」と怒髪天を衝く勢いで声を発した。
「シュロスダンジョンは崩壊して以来、ギルドどころか、国の調査隊すらも立ち入っていない危険な場所です!それなのにお嬢様ときたら、いつものA級ダンジョンに挑むようなお気持ちでいらっしゃるだなんて。そもそも、お嬢様はラヴェンツァ侯爵家の次女です。アデレード様が王太子殿下に嫁入りされた今、軽率な行動は控えるべきで──」
こんなにも沢山の言葉を話せるのかと思ってしまうくらいに捲し立てるミケーネさんの勢いに飲まれて、私と先輩はその場で傍観することしか出来ないでいた。
いや、先輩はいつもの事だとばかりに、眠そうに欠伸を噛み殺してるので、呆気にとられているのは私だけだ。
──なんか、聞き捨てならない言葉が沢山聞こえてきたような気がするけど。
これは聞かなかったことにしようと、素知らぬ顔をして先輩と同じように目の前の出来事から視線を逸らす。
社内政治でさえ嫌なのに、お国の政治なんてもっとゴメンだ。
「まぁ、ミケーネを連れていくのに危ないことがありますの?」
「私がお嬢様を危険な目に遭わせるわけがありません!」
「では、解決ですわね」
苛烈な主従コミュニケーションは、ギルド長のこの一言を持ってして、決着が着いたらしい。
ふふふと柳のように細い腰に両手を当てて笑うギルド長を前に、ミケーネさんがガックリと肩を落としたのが視界の半分に映っている。
やっぱり、ウチのギルド長はどんな時でも余裕綽々だ。
ある意味、この図太さを買われてサノヴィア冒険者ギルドのトップに立っているのかもしれないと思えてくる。
勝敗がついた麗しの主従をBGMにしていると、先輩が何とも言えない顔つきで、二人を親指で差した。
「クレア、あれが交渉だ。優位な位置を譲らずにして勝つことが交渉の基本だからな」
「・・・・・・上下関係が出来上がっているあの二人では、なんの見本にもならないかと思いますけど」




