第14話 ギルド長がギルド長してる
すっかり橙に染まりきった空の中、魔法の絨毯に乗った私の間抜けな声が辺りに響き渡った。
「ユニコーンの加護〜?」
「ああ。ユニコーンはたったの1回だけ、加護を与えることが出来る。その加護は番のために与えられるもので、ユニコーン達にとっては結婚の証のようなもんだ」
「え!?結婚!?」
思わず、頬をぺたぺたと触ってしまう。
しかし、そんな有難いような、ちょっと押し付けがましいような加護の気配は全く感じられない。
「それって、どういうものですか?ユニコーンは長いこと生きるみたいですし、不老不死とか、そういう感じの?」
「いや、自分以外の生物から番を見えないようにする加護だ。加護をかけられた方が発動を願えば、加護を授けたユニコーン以外からは認知されなくなる」
思ったよりも、みみっちい加護だった。
処女厨の上に、独占欲まで天井知らずとは何処までも拗らせている。
半開きになった私の目から、何が言いたいのかが先輩も分かったのだろう。
その後、私達は必要最低限の会話しか交わさず、サノヴィア冒険者ギルドへと戻った。
◆◇◇
サノヴィア冒険者ギルドへ戻ると、カウンターには多くの人だかりが出来ていた。
「ネリーおばば、俺、こんだけ稼げるようになったんだぜ。見てみろ、1000Gだ」
「ジョブクエストを汎用クエストに回してくれたクレアちゃんのお陰だろう?なーにを偉そうにしてんだか」
「まあまあ、婆さん。そんなに本当のことを言ってやらずとも良いだろう。ああ、ダゴンさんや。アンタ、もうええ歳なんだから、そろそろ隠居も考えんと」
「わしゃあ、死ぬまで生涯現役じゃわい!ダダンのおじいはすっこんでろ!」
ただでさえ、この二日間のカウンターはジョブクエストからの横流しで賑わっていたのだけど、どうやらネリー婆ちゃんとダダン爺ちゃんが受付担当なこともあって、常連達が楽しそうに絡んでいるらしい。
彼らは私に対しても気安く話しかけてくれるが、やっぱり気心の知れた熟練スタッフとはまた違うらしい。
私の前では澄まし顔をしている冒険者達が、ネリーおばあちゃんや、ダダンおじいちゃんにはダル絡みしている様子に笑ってしまう。
しかし、常連達にかまちょ攻撃を受けていようとも、二人の完了報告の処理速度がめちゃくちゃに速い。
貰ったそばから次々に処理していっているから、まるで腕が阿修羅像のように沢山あるように見えてくる。
それなのに二人に絡みたくてしょうがない冒険者だけがどんどん溜まっていくのだから、一向に人集りが減る気配がないのだ。
「クレア。目指す姿はあれだぜ。あそこまでの域に達したら歓迎会をしてやろう」
「あれはもう、新人ではなくて、大ベテランじゃないですか?というか、私が身につけたらお局?」
「フッ。お前がお局など片腹痛いな」
鼻先で笑う先輩にどうやって反逆しようかと考えたところで、慌てて首を振る。
違う、違う。
今は先輩に構っている暇はない。
窓口の二人が大変そうだったら助太刀に行こうかと思っていたが、生憎と新米が入る余地は無さそうだ。
私は先輩のワイシャツの裾を掴んで、予定通りにギルド長の部屋と向かうことにした。
「だから、引っ張る前に声を掛けろ」
「あ、すみません。そこに先輩が居たんで、つい」
「つい!?」
◇◆◇
現在のシュロスダンジョンは、五年前の崩落事故を切っ掛けに、魔物や宝物も排出されないただの鉱山になっているらしい。
ただ、崩落事故が起きた元ダンジョンの鉱山ということもあり、安全かどうかが判明していない上、解放することは危ないと判断されて閉鎖されているのだとか。
ダンジョンの管理は、近隣にある冒険者ギルドが行うことになっている。
従って、シュロスダンジョンも、サノヴィア冒険者ギルドが責任をもって封鎖しており、鍵はギルド長が責任を持って保管している。
そのため、ギルド職員といえども、閉鎖されているダンジョンに入るためには、ギルド長の許しが必要だった。
「まぁ、駄目ですわ」
ティーカップを優雅に持ち上げたギルド長は、恐らくここに赴任してから、片手の指の数ぐらいしか言っていないだろう台詞を口にした。
「え?駄目ですか?」
「えぇ。駄目ですわ」
よもや、一番楽勝そうなギルド長からの許しが出ず、私は困惑したように隣に立っている先輩を見上げた。
私に見上げられている先輩は、面倒そうに後頭部を掻く。
「ホワイト・ドラゴンの滞在期間は卵が孵って、子供が大きくなるまでの間だ。子供が一人で飛べるようになったら北へと帰る」
「どうして、魔物の言っている言葉が鮮明に分かりますの?魔物使いでも、機嫌の善し悪しや簡単な会話しか出来ないようですのに」
嫋やかに小首を傾げるギルド長に、先輩はしらぁと視線を泳がせる。
先輩を見る私の視線にも、疑惑が含まれていく。
この人が、魔物の鳴き声を勝手に解釈して、ナレーションをつけるような動物番組のテレビマンとは違うことは今日の出来事で分かっていた。
それだけに、ギルド長が先輩の能力に言及している様子がとてつもなく異様に映る。
──この人、本当になんなんだろう。
元々、謎めいた人だったけど、一日一緒にいてよりその疑問が膨らんでくる。
「まぁ、ホワイト・ドラゴンがどのくらい滞在しようとしていても宜しいですわ。問題は滞在期間ではなくて、人に危害を加える可能性があるのか、無いのかの二択ですの」
ギルド長はティーカップをソーサーに置くなり、私達の顔を一人ずつ見渡す。
いつになく真剣な話をされているはずなのに、翡翠のような色素の薄い瞳は弓なりになったままだった。
「ワタクシとしては、ホワイト・ドラゴンがどちらにいようとどうでもよろしいの。ただ、人を襲って、災害に発展するというのなら、対処しないといけませんわ。そして、それは起こってからでは、駄目ですの。事前に対処しなければ、冒険者ギルドが存在する意味がありませんから」
私と先輩が、ホワイト・ドラゴンに個人で肩入れしている所へ、ギルド長は『ギルドの存在意義』という正論で説いてきた。
確かにギルド長の言うように、人間を襲わないという保証が無い限り、ホワイト・ドラゴンを野放しにするのはギルド職員としてはアウトだ。
冒険者に街の外の安全を守ってもらっているような機関がしていいことではない。
ガツンとぶつけられた事実に、私は顔を俯けることしか出来なかった。
ギルド長の正論を覆すような言葉が、何も出てこない。
ホワイト・ドラゴンに攻撃の意志が無いことを立証するようなものを、私は何一つ持ち合わせていなかった。
「契約魔法で、ホワイト・ドラゴンに人間を襲わないと誓わせる。それでどうだ、ラヴェンツァギルド長」
すっかり丸め込まれてしまった私の隣で、先輩が静かな口ぶりでギルド長に提案している。
いつものちゃらんぽらんさは鳴りを潜め、背筋を正してギルド長を見据えている先輩は、全くの別人に見える程に様子が違った。
「契約魔法、ですわね。魔物使いが使っている【使役魔法】ではなく、【契約魔法】でよろしいですのね?」
「・・・・・・ああ」
「魔物と契約魔法が交わせることを、イーリスさんの手で立証することになってしまいますけども?」
先輩は軽く目を瞑ってから、ゆっくりと瞼を押し上げた。
「問題ない」
ギルド長は先輩を具に観察してから、ドレスから露出している豊満な胸の谷間へと手を差し込む。
ギルド長の急な動きに目を真ん丸にしていると、彼女は何故かそこから煌びやかな装飾が付いた扇子を取り出した。
手にした扇子を片手で開くなり、口元を覆い隠す。
「分かりましたわ。それで行きましょう。ホワイト・ドラゴンのことは、今の所、第一発見者のニチカ様しか存じないようですし。それならば、イーリスさんが契約魔法でホワイト・ドラゴンを言いくるめてダンジョンに閉じ込めてしまえば良いのですわ。そうすれば、上に報告する義務も無くなりますもの」
──やっぱり、この人をサノヴィア冒険者ギルドのトップしたのは間違いだったんじゃないかな。
いけしゃあしゃあとグレーな発言を口にするギルド長に、とうとう額を抑えてしまった。




