第13話 女の子が大好きな馬と先輩
白馬に制服のスカートの裾を咥えられていたから、私はその場から動けなくなっていたらしい。
宙に浮いた姿勢のまま、犯人である馬に向かって「こーら!」と目を三角にした。
「噛んじゃダメでしょ。ぺってして、ぺっ」
「ブルルル」
咥えられているスカートの部分を手繰り寄せて、つい犬に接する時みたいな説教をしてしまう。
額に角が生えた物騒な白馬は、人語が分かるのか、それともタイミングがたまたま良かったのか、直ぐにスカートを離してくれた。
つぶらな目で「これでいいでしょ?」とばかりに見詰めてくる白馬に気を良くして、私はよしよしと鼻を撫でてやる。
気持ちよさそうに目を細める白馬に気を良くした私は、調子に乗って太い首元にも手を伸ばそうとしたところで。
「クレア、お前、しょ──いや、16か。16なら、そうだな。悪ぃ、こんな所に連れてくるんじゃなかった」
バツの悪そうな顔をした先輩が、変な謝罪をしてくる。
もう少しで触れそうな中途半端な距離で手を止めた私は、コテンと首を傾げた。
「あの、何をそんなに謝っているんです?」
「変態の巣窟に連れてきてしまって申し訳ねぇ」
「変態!?」
いつになく殊勝な先輩の口から出てきた爆弾発言に、周囲を見渡す。
しかし、周囲には撫でている白馬のお友達がゆっくり歩み寄ってきているだけで、不審者は何処にも見当たらない。
私は変な顔をしたまま、先輩を見やった。
「お前に群がっているのは、ユニコーンだ。ユニコーンは、しょ・・・・・・お嫁さんになる前の女の子を番とみなす魔物でな。つまり、お前はコイツらの結婚相手として見なされている」
先輩が婉曲な表現で説明してくれようとしたが、これでも私はあっちの世界では22歳だ。
──つまり、この角の生えた白馬は、手垢のついていない初婚の女性しか許さないタイプだった。
どうしてか、この円な瞳を持った生き物達が、ヤニ下がった顔をしたオジサン達に見えてくる。
──『初婚同士が良い』なんて、元の世界では若い子達こそ持っていそうな価値観なのに。
ユニコーン達に囲まれそうになっていた私は、いつの間にか粟立っていた肌を抱いて先輩の背後へと回った。
「私、先輩についてきただけなんで!先輩も初婚だと思うんで、ご検討ください!」
某テーマパーク好きといえども、動物と結婚しようと思える程、メルヘンな頭はしていない。
ぐぐいと先輩の背中を押すと、「お前、勝手に俺を売るんじゃねぇよ!っつーか、押すな!」と必死な声が降ってくる。
「脂の乗ったイケメンです。こう見えて、気遣いも出来ます」
「そもそも、ユニコーンは全員雄だ!俺はお呼びじゃねぇんだよ!!」
私と先輩の押し問答が続く中、段々とユニコーン達からシラケたような空気が醸し出されてきた。
なんなら、ヒヒヒィン、ブルブルと抗議のような鳴き声さえ聞こえてくる。
それがどうにも、学祭で良い雰囲気になっている男女二人が共通の友達に揶揄われて、過剰に謙遜している様子を眺めているクラスメイト達みたいな図に見える。
──先輩と私は良い雰囲気どころか、本気で互いをユニコーンに売ろうとしている薄情な職場の同僚なんだけど。
しかし、やっぱり私達の仲を疑っていることは、先輩とユニコーンとのやり取りから発覚した。
「どこをどう見たら、イチャついてるように見えんだよ!この節穴童貞が!そもそも、おめぇらはそうやって選り好みしてるから、何百年経っても番えねぇんだよ。やっぱり、結婚前提で選ぶとなったらな、それなりに酸いも甘いも嗜んだレディをだな」
「先輩も不潔だったんですね」
「ハン。乳臭ぇ小娘は後ろに引っ込んでろ。ここでコイツらにはガツンと言っておかねぇと。いつまでも処女に拘っているから、人様に迷惑かけんだ」
どうやら、ユニコーンの結婚相手の選定条件は、『未婚女性』ではなく、『処女の女性』であるらしい。
途端、自分の目が一気に死んでいったのが分かった。
「サイテー。酒カス、ヤニカス、女好きって不動産営業の見本みたいなスペックしやがって。これからは、オジ先輩って呼びます」
「誰がオッサンだ。俺はまだ23だ!」
「・・・・・・はぁ!?23!? 嘘ぉぉおおお!?」
急に判明した事実に、私はまじまじと先輩の顔を凝視する。
言われてみれば、朝まで酒を飲んでいる割には肌艶がいいし、目の下に隈が無い。
ただ、垂れ下がっている二重と、完璧なEラインを形成している鼻筋が、とんでもない色気を放っているので二十代後半に見えるっていうだけだ。
先輩との実年齢が、まさかの一つ違い。
私も22歳には見えないと言われ続けたが、この人も全く23歳に見えない。
全力で驚く私に、ユニコーンたちが嗤うように嘶いた。
完全に馬鹿にした嘶きっぷりである。
「うっせーーーー!お前らなんか、200とか300越えだろ!?それで処女しか嫁に迎えないつってんだから、どうかしてんぜ。こうなったら、全面対決だ。お前らと交渉する余地はない」
刹那、ユニコーンと先輩の間にピリッとした空気が漂う。
両手を向けてくる先輩に対して、ユニコーン達もさっきまでの舐め腐った態度はどこへやら、静かな眼差しを向けてきていた。
──これ、ヤバくない?
私達はユニコーン達に湖を譲ってもらうために、ここへ来た。
完全に譲ってもらうのが無理でも、3〜4年くらいの定期借家なら勝算はあるんじゃないかと思って。
何百年と生きるユニコーン達にとって、数年は一瞬のはずだ。
だけど、ユニコーン達と交渉するどころか、殲滅してしまったら、元も子もない。
ユニコーン達を倒してしまったら、妖精達が黙ってないと言ったのは先輩の筈なのに、その当人が両手を前に突き出して、複雑な紋様をした魔法陣を浮かべていた。
このままだと、間違いなく血を見ることになると察した私は慌てて先輩の背後から、ユニコーン達に向かって声を上げる。
「あの!この湖を譲って欲しいんです! ずっとは難しいから3〜4年ぐらいだけ。ホワイト・ドラゴンの赤ちゃんが自力で飛べるようになるまでの間だけ、ドラゴン達にこの場所を貸してあげることは出来ませんか!?」
割り込んだ私のお願いに、臨戦態勢だったユニコーン達の空気が変わった。
互いの顔を見やりながら、ブルルと会話している。
暫くユニコーン達の間でラリーが続いた後、代表して一匹のユニコーンが前へと進み出てきた。
そのユニコーンは、偶然にも私のスカートを噛んだユニコーンだった。
「ヒヒヒーン」
「駄目だ。それは飲めない」
嘶いたユニコーンに対して、先輩は直ぐに首を横に振る。
「ブルルルル」
「聞く必要はない。ってことで、話は終いだな」
あんまりにも一方的に交渉を決裂させた先輩に呆気にとられるが、このままでは無駄足になると先輩の背中のシャツを引っ張る。
「クレア。さっきから言おうと思っていたんだが、ガキじゃねぇんだから、呼ぶ前に服を引っ張るな」
「先輩、ユニコーンさんは何て言ってるんですか?多分、私にも関係する話ですよね?」
確かに先輩の言うように、どうして私は声を掛ける前に反射で先輩のシャツを引っ張ってしまうんだろうか。
しかし、その疑問はあとで検討するとして、先ずはユニコーン問題を片付けなければならない。
まだ私が交渉のテーブルから降りないと分かってか、ユニコーンが私へと視線を向け直す。
しかし、肝心の先輩が、私の方へと一向に振り返る気配がない。
答える様子のない先輩の背中を催促するように三度叩くと、私のしつこさを理解したらしく、ハァと遣る瀬無さそうに溜息を吐いた。
「教えてください。私だけ除け者にしないでくださいよ」
「・・・・・・お前を嫁にとよ」
「え?」
「お前が嫁に来るなら、棲家を変えるのも吝かではないらしい」
思わず、先輩の背中から顔を出す。
対峙しているユニコーンは、穏やかな眼差しで私を見ていた。
言われてみると、妙に熱っぽい眼差しにも見えないことはない。
「それって、私が、その未経験だからですか?」
「それもあるが、アイツが言うには、茶目っ気たっぷりに叱ってくれたのが堪らんかったらしい」
「き、キッツイなぁ」
蚊の鳴くような声だったにも関わらず、ユニコーンにはバッチリ聞こえていたらしい。
彼は耳を水平にして、とぼとぼと群れの中に戻っていってしまった。
ひひん、ひひんとユニコーン達が慰めている声が聞こえる。
振られたユニコーンを迎え入れて、去っていこうとする集団を微妙な目で見送りかけたところで、ハッとした。
私は先輩の後ろから飛び出して、去りゆくユニコーン達を追いかける。
後ろから先輩の「クレア!」と焦ったように呼ぶ声が聞こえてくるが、もちろん足を止めたりはしない。
「待って!」
森の中へと帰っていくユニコーン達は、まだ用があるのかと面倒そうな眼差しをして、首だけで振り返ってきた。
ただ、その中でも振ってしまったユニコーンだけが、律儀に姿勢を変えて私へと向き直ってくれる。
「湖が譲れないのは分かりました。ここは、貴方達にとっても居心地の良い棲家だもの。無理を言って、ごめんなさい。でも、ホワイト・ドラゴン達にも良い家に住んで欲しいんです。ここと同じまでとはいかなくても、似た場所を知りませんか?」
こっぴどく仲間を振ってしまったが、意外にも馬達は考えるように首を捻り始める。
そこへ、私を呼び戻そうと叫んでいた先輩も、追いついてきた。
「お、お前、意外と、足速いな」
魔法の絨毯があるにも関わらず、走って追いかけてきたらしい。
日頃の運動不足やら、酒癖やらが祟って息も絶え絶えな先輩は両膝に手をつくと深く息を吸った。
「これでも元陸上部なんで」
「リク、ジョウブ?」
『何言ってんだ、コイツ』みたいな顔をして復唱する先輩には悪いが、あっちの世界の言葉を説明している暇はない。
「先輩、ユニコーン達の言葉を通訳してください」
「まだ、交渉してんのかよ。コイツらは湖を手放さないって言ってんだろ」
「違います。似た部屋を探します」
「似た部屋〜?」
先輩はますます変な物を見るような目で私を見てくるが、私は至って真剣だと真っ直ぐに見返した。
日本だろうと、異世界だろうと、募集が出ている物件には一世帯しか住むことが出来ない。
そして、生きていく上には人間だけでなく、生物にも必ず住まいが必要で、理想のお部屋のために家なき子になったとしても、ずっとそうしてはいられない。
そんな時は、少しでも条件に近い類似物件を探すしかないのだ。
それに──代案で選んだ方が最初に見ていた部屋より、ずっと良いってこともある。
お部屋探しだけでなく、家に住めるように手配をするのも、私の本業である賃貸仲介屋の仕事だ。
「ブルルルル」
「ん?ダンジョンの最上階にも魔素が含まれた泉があると、妖精達に聞いたことがあるって? いや、流石にダンジョンの最上階は無理だろ──」
「お部屋探しに無理なんてことはありません!初期費用以外!!」
「うぉっ!?どうした、急に!?」
候補が見つかった。
なら、その部屋を気に入ってもらえるかはお客様に聞かないと。
私は嬉しくなって、教えてくれたユニコーンの首元に縋り着く。
「教えてくれてありがとう!すっごく助かった」
抱き潰さない程度にぎゅうっと抱きしめたところで、頭の中でファンファーレが聞こえてくる。
きっと、このお部屋探しが上手くいくことを確信した祝福のラッパだ。
「ユニコーン!お前、これ、たった一回きりの加護だろ・・・・・・!?」
「先輩、ダンジョンです!次はダンジョンに内見に行きますよ!」
「お前は少し、男の純情ってもんを理解しろ!!」
着々と進んでいる部屋探しにニコニコしていると、何故か先輩にすっごく怒られた。




