3-2 子どもたちの過去
エリックは、兵隊に取られていた父親が7年前、つまり7歳の頃に戦死し、その1年後に母親も病気で亡くなっていて、孤児院では一番の先輩だった。
戦争で死んだということはどういうことなのか幼心に理解していたから、誰を恨むという気分もなかった。
兵隊ということは、父さんも逆に誰かを殺したのかも知れない。でもどうせいつか男は戦争に行かされるなら、村を守るために強い兵隊になり、手柄を立てたい。
素朴にそんなふうに考えていただけだった。
孤児院の子とはいえ、遊ぶ時は他の家庭の子どもたちと一緒に遊ぶことが多かった。
戦死した兵隊の子ということで、回りの村人たちも気を使い、エリックが寂しい思いをしないように注意していたのかも知れない。
特に仲が良かったのは、あのアンナおばさんの子のベアタだった。特に最近、ベアタの父親が兵役についたので、ベアタの寂しい気持ちがエリックにはよくわかった。
* * *
エリックに一番近い立場だったのが、ミリアだった。
彼女は先に母親が亡くなり、その後、父親がやはり軍隊に行って5年前に戦死して孤児院に引き取られていた。
エリックと同じ理由で、ミリアもベアタと仲が良くなり、頼りになるお姉さんという感じで接していた。
自分も軍隊に行って活躍したい、というのがミリアの口癖になっていた。ミリアの父は軍隊の将校を務めていた。よくその話を聞かされて育った影響かも知れない。
村人達はエリック、ミリア、ベアタが3人で遊ぶところを見るのが日課のようになっていた。
夫を兵隊に取られているアンナおばさんもそのおかげでベアタの面倒を見てもらえて助かっていた。
* * *
一方、トマスの両親は戦争ではなく、盗賊に殺されていた。
3年前に野盗の集団が侵入してきて略奪を働いた際のことである。
その頃は南の国境のぎりぎりまで民家が結構あったため、そこに住んでいたトマスの一家は侵入者の前にはひとたまりもなかった。
野盗は割とすぐに引き上げ、トマスだけはベッドの下にたまたま隠れたおかげで助かった。
その後、ベルダ村では伯爵の指導を受けて、侵入者の対策を取った。
国境の近くの区域には人を住ませないようにして、更に交代の見張り番を櫓の上に配置した。
侵入者がいればすぐに警告して住民がさらに奥に移動できるようにしたのである。
もちろん避難訓練を重ねることも怠らなかった。
(この時点からさらに2年後、第1話の死神戦闘団の事件のときにこの対策は効果を上げたわけだが、それはまた別な話である。)
親が戦争で戦って死んだのではなく、単に盗賊に不条理に殺されただけだったから、トマスは犯罪者や侵略者を激しく憎み、悪い奴らをやっつけたいとか、村を外敵から守りたいという気持ちが他の孤児達よりはるかに強かった。
村の近くに不審者の集団が現れたというような話を聞くたびに、トマスは「僕も行って戦う!」と騒ぎ、周囲に止められていた。
「村のために戦うのは、もう少し大きくなってからの話だよ。まず毎日少しずつ身体を鍛えたらどうだ」
と司祭に言われたので、いつか来るだろう戦いの日を夢見て、トマスはトレーニングを続けたり、木刀で鍛冶屋に剣術の練習を教えてもらったりしていた。
村の戦場帰りの大人達の中でも、鍛冶屋が一番剣の扱いが上手だと言われていたからである。
こういう背景があったので、伯爵の館に行って何か村のためになることをやらされるということを聞かされた時、一番乗り気になって喜んだのはトマスだった。
「俺たちもいよいよ戦える時が来たんじゃないか?」
と言って、周囲を少し驚かせた。
「盗賊とか敵の兵隊とかをぶっ殺してやる。たぶん伯爵様が俺たちを守備隊に採用して、武器を配ってくれるんだろ」
馬車に乗っていた時、伯爵の館に着くのを今か今かと一番心待ちにしていたのももちろんトマスだった。
* * *
そんなトマスと正反対なほどに感覚が違っていたのがフリーダだった。
フリーダの両親は4年前、彼女を祖母、つまり母親の母親に預けて商用の旅に出ていた。少しでも大金を稼ごうとして、船に乗って友好関係にある都市同盟に渡って商売をしようと思っていたのである。
ところがその船は西の敵国に拿捕され、行方知れずになった。奴隷にされて売り飛ばされたという噂もあったが、どうしようもなかった。
祖母も3年前に亡くなってしまったため、トマスと近い時期に孤児院に来たのだった。
兵隊になって手柄を立てたがるエリック、盗賊たちへの復讐の話ばかりするトマスに対して、フリーダは「戦いなんかない方がいいわ。平和が一番」というのが口癖だった。
考え方が違うので、お互いに軽い口喧嘩のようになることはままあったが、それでも仲良し同士だった。
みんな苦しく悲しい思いをしていることは共通だったからだろう。
伯爵の館に行く話を聞いた時、フリーダは
「何をやるのかわからないけど、自分が世の中の役に立つことにつながるのなら、何でもやりたい」
くらいに思っていた。
* * *
カイルはこれら4人とはかなり事情が違っていた。
カイルの家族は自然災害で亡くなったのである。
3年前に豪雨があり、その時に崖下にあったカイルの家が土砂崩れで押しつぶされ、両親、兄、妹を失ったのだ。カイルは戦争がどうというより、世の中の災害を何とかしたいと思うようになっていた。
孤児院に来てからも男の子の中では割と大人しく、読み書きの勉強は孤児院の中で一番熱心だった。とはいえ他の子どもたちとはカイルも仲良しだった。
女の子の中でカイルと一番親しかったのはフリーダだった。
* * *
一番立場が特殊だったのはレータだった。ベルダ村の生まれではなかったのだ。
レータはもともと、紛争地域に近い北西部のガリエル村に住んでいた。
5年前の敵国軍の大規模な武力侵攻の中で村が焼かれ、家族を失った。
両親、兄と姉、すべて敵兵に殺されたのだ。そう、レータだけが地下室に隠れたおかげで生き延びたのだった。
(最初から読んだ皆さんにはもう十分おわかりのとおりである。)
この時の戦いでは多くの戦災孤児が生まれたが村全体の破壊と犠牲があまりにも大きかったので、伯爵や役人達はガリエル村の維持自体を諦めて、生き残った村民達をあちこちの余裕のある地域に移住させることにした。
孤児たちを引き取る施設や里親たちも、元の村ではなく辺境伯領全体の中で広く探すしかなかった。彼女はたまたまベルダ村に引き取ってもらったのである。
レータは家族を殺された悔しさに涙を浮かべたかと思うと、またある時は茫然自失としたりしていた。
レータは帰るべき元の故郷がないという点で、他の子ども達と根本的な違いがあったけれど、すぐにみんなとなじんで仲良しになっていった。
心の傷や怨みを忘れるわけもないが、家族を失ったのが自分だけではないということがわかって、少しは苦しみがやわらいだのかも知れない。
ベルダ村に来たレータは誰とでも仲が良くなったので、当時はカイルとだけ特別に親しかったというわけではない。
このように6人の孤児にはいろいろな背景があったが、みんな孤児院の中で家族のようになり、村人達からも暖かく扱われて育っていた。
* * *
伯爵の館に泊まったその夜、男子部屋ではベッドのうえでエリックとトマスが戦場で手柄を立てたいとか、犯罪者どもを退治するとか勇ましい話をしあって、カイルが笑いながら静かに聞く状態だった。
これは今回に限らず、孤児院でもこれまでずっと同じパターンだった。
おとなしめのカイルをエリックとトマスが軽くからかうことはあったが、お互いの発想の違いはどちらもよくわかっていて尊重しあっていた。
これまで
「カイル、お前は将来どんな仕事をしたいんだい?」
とエリックやトマスが聞く時は、決まってカイルは
「安全な橋とか堤防とか、道路や建物を作る職人になりたい」
と答えるのだった。
もちろん兵隊に限らずそういうのも大切な仕事であることは、エリックやトマスもわかっていた。
その館での夜もこれまでと似たような感じの話をしていた。
女子部屋は女子部屋で、また別な盛り上がりを見せていた。
ミリアはこれまたいつもどおりのことだったが、自分も女軍人として頑張りたいなどと言って、
「女の軍人ってのはあまりいないんじゃないの?」
とフリーダに突っ込まれていた。
レータはレータで「私だって敵討ちはやりたい」などと言うのだった。
しかし女の子たちは、いつの間にか「将来、誰と結婚したい?」という話題になって、みんな孤児院仲間もそれ以外の村の青少年も含めて、好き勝手な男子の名前をあげて騒いだりしていた。
そのうちに夜もふけてくると旅の疲れがまた出てきて、男子部屋も女子部屋も次第に寝静まっていった。
* * *
その頃、伯爵夫人は部屋で夫にこう言っていた。
「あなた、あの子どもたちを使うの。どうしても他に方法はないの。」
「あの子どもたちでなければ、他の子どもたちになるだけだよ」
「でもあの子たちは、ハンスと同じ歳で、ナタリアの1歳年上なんでしょう」
「それがどうした」
「ハンスとナタリアがそんな危ないことをやらされるんだったら、私は耐えられないわ」
「あの子たちには親はいないんだよ」
「孤児だったらいいっていうの」
「そうじゃない。親を失う原因になるような戦争や災害や犯罪の被害を、少しでも減らしたい。そのために役に立つことをやろうとしてるんじゃないか。
今のままじゃ、いつまでも同じことが繰り返されて、同じような境遇の子どもが増えていくだけなんだよ。それを何とかしたいんだ」
「でも…」
「お前は口出しするんじゃない。だいたい成功する可能性は十分あるんだ。成功すれば万事問題ないよ。あの子たち自身のためにもなるはずだ」
伯爵は、夫人というより自分に向かってそう言い聞かせようとしているようだった。




