2-2 救出のとき
さらに登って行くと、樹木の切れ目のあたりで空から不吉な叫び声が聞こえてきた。
見上げると、鳥ともコウモリともつかない不気味な生き物が5匹ほど飛び回っている。大きさは人間よりは小さめで、ちょっとした犬くらいである。
「何これ?こんなの見たことない」レータが驚く。
「本で読んだことがある。グレザリオスとかいう奴だ!」カイルが叫ぶ。
グレザリオスとは、飛行型の魔獣の一種だった。
一匹一匹なら人間にそれほど危害を加える力はないが、大勢集まると厄介である。多数で集団行動をする性質を持っているのだ。
哺乳類の生き血を好み、大勢に襲われると下手をすれば人間でも命にかかわる。
また知能のある魔族が飼い慣らして手先のように使うこともあるという。
カイルとレータは以前、戦士として必要な知識を得るため、伯爵や役人の指示でいろいろな本や資料を読まされたことがあった。
世界の色々な国々やその他の勢力、魔族や魔獣の実態などについての文献である。そこで読んだ知識を思い出したのだ。
しかしベルダ村の周辺でこんなのが生息しているというのはこれまで聞いたことがなかった。いるならとっくに昔から村に出没していてもおかしくはないはずである。
グレザリオスたちは人獣2人が出現したのをみて、少しは戸惑っているようにも見えた。しかし5匹もいて、しかも空を舞っているのでさすがのカイルとレータも手を出せない。
向こうから襲ってこない限りはどうにもならない。
まさか、こいつらはベアタを襲ったのだろうか。ただベアタの匂いとは関係がないような感じでもあった。
とにかくベアタを探し出すのが目的だから先に進むしかない。ここにいても何もわからない。
「こんなのとつきあってる暇はないよね。行こう」
カイルが言って2人とも歩き始めた。今のカイルとレータがグレザリオスを恐れる必要もない。
ふと、ある考えがレータの頭に浮かんだ。
「まさか、ベアタは自分の意思で上に行ったんじゃないのでは…?」
「って言うと?」
「何者かにさらわれた…とか」
確かに途中まで自分で登ってきて、あとは何者かにさらわれたと考えると辻褄はあう。ただ、グレザリオスが子どもを攫って飛んでいけるかというと、大きさからいってやや難しい気もする。
いずれにしても匂いがする限り行ってみるしかない。
2人はもはや道とも言えない斜面を登っていった。
少し見晴らしの良いところに出た。かなり寒く、残雪があちこちに見られる。そこにベアタはいた。しかしいたのはベアタだけではなかった。
一行を待っていたのは、人間大の生き物たちだった。オークか、それに準じる亜種のようなものに見える。
「こんな村に近いところにオークがいるなんて」とレータが驚く。グレザリオスはオークが持ち込んだのかも知れない。
「北の方から山伝いに来れば、オークも来れないことはないけどね」と答えたものの、カイルも今までベルダ村の近くでは目撃例は聞いたことがない。
さらに近づいてみると、ベアタを綱で縛り上げてその回りを5体ほどが取り囲んでいるののがわかった。もっと低いところで捕まえて、ここまで連れてきたのだろう。しかし単にベアタを縛って捕えているだけで、何も危害を加えた様子はない。
これはどういうことなのか。
「一体ベアタをどうするつもりなのかしら」
「もしかして人質とか。あるいは人間をおびき寄せるおとり?」
オーク達が気づいて一斉にこちらを見た。予想もしていなかった人獣という存在が2人もいるので驚いているのだろうか。自分たちの言語で何かお互いにぶつぶつ言っている。
いうまでもなく目的はベアタの救出で、オーク退治ではない。
放っておけば村にオークが侵入してくるかも知れないが、できるなら無用な争いはしたくない。どうしたものか。
カイルとレータは目配せして何かささやき合うと、眼にもとまらぬ勢いで飛び出していた。左右のオークを一瞬で押しのけて、ベアタを抱えてすぐまた元の場所に戻ってきた。
あっけに取られたオーク達の前で2人はいったん変身を解いて人間の姿に戻った。持ってきた毛布を肌の上に羽織り、レータはオークたちに向かって叫んだ。
「私たちは、この子を連れて帰りたいだけ。戦うつもりはないの」
レータが言った方が相手を沈静化させやすいかも知れない、と考えたからである。
2人は身振り手振りで敵意がないことを示そうとする。
オークはある程度は人間の言葉が理解できる者がそれなりにいる。互いにひそひそ何かささやきあっていた。意図が通じているかどうかわからない。ただ、2人が人獣から人間の姿になったことについては驚いているはずだ。
だが少しすると、オーク達は剣や斧などの武器を構えて襲ってきた。やはり力づくでベアタを奪い取るつもりなのだろう。
「戦うつもりなら仕方がないね」
レータがベアタを抱えて守り、カイルが再び変身して爪と牙でオーク達を次々に倒していく。
オークにしてはたぶんかなり小柄の部類だろう。こういうのが5体くらいならカイル1人で十分だった。
もはや考えている余裕はなかったので、躊躇なく倒す。あっという間にオークたちはみな切り裂かれて転がっていた。
あまりにもあっさり倒せたので少し拍子抜けでもあった。オークというものはもっと強いかと思っていたのだが。
ベアタは気を失っているだけでケガはなかった。だが山は寒いので低体温が心配だった。
ここで生まれ育った子どもだけあって、さすがにそれなりの厚着はしていたが、油断は禁物である。
レータが「しっかりして。」などと声をかけているうちに眼をうっすら開ける。
カイルは少し後ろに下がった。2人に変身能力があることをベアタはまだ知らないので、驚かせたくなかったのだ。
ベアタは「あ…レータ姉ちゃん…」と言って顔を見て、そのまままた眼を閉じて気を失ってしまった。
レータも再び変身し、それまで自分の羽織っていた毛布でベアタをくるみ、さらに獣の毛むくじゃらの胸でしっかり抱きかかえた。
せっかくケガのない状態で助けたのだ。凍えさせるにはいかない。少しでも暖かくしなければいけない。
レータは必死でベアタを抱きしめる。
ベアタはキボウソウの束をエプロンの前ポケットに詰め込んでいる状態だった。
後は山を下って帰るだけだ。
ようやく村に戻ると、村人達が駆け寄ってくる。
アンナおばさんはレータが抱えたベアタの姿を見ると狂ったように飛び出してきた。
レータはにっこりしてベアタをアンナおばさんに渡す。
みんなが騒いでいる間に、レータとカイルは人間の姿に戻って服を着た。
アンナおばさんはベアタを抱きかかえて泣きながら「ありがとう、ありがとう」と2人に言い続けた。
「レータ、カイル、本当にお疲れさん」
と言う村長に向かって、カイルは気になっていたことを告げた。
「山の上にグレザリオスがいました」
「何、魔獣の?」
「それだけではありません。オークがいたんです。ベアタを縛って捕まえていたんです。ベアタにケガをさせてなかったのが幸いでしたが」
「え、オークまでいたのか?何でこんなところにオークがいるんだ。わけがわからんな」
「わかりません。伯爵に報告しておいてください。なぜかあまり強くないオークでしたけど。何かの事情がありそうな気もします」
その夜、ベッドで休ませているベアタにアンナおばさん、マルカおばさん、レータ、カイルが寄添っていた。
「もう、本当に心配させて…」とアンナおばさんが涙声でいう。
「ごめんなさい」
とベアタはいいつつ
「レータお姉ちゃんの身体、暖かかったよ。何か犬みたいにもふもふする感じがしたけど、あれは夢かなあ」とも付け加える。
レータは思わず笑う。
カイルはふと気になったことをベアタにたずねた。
「ベアタ、キボウソウでかなえたい願いって何?」
ベアタは答える。
「エリック兄ちゃんとミリア姉ちゃんにまた会いたいの。キボウソウを集めたらまた会えるかなって…」
エリックとミリア。その名を聞いて、みんなの顔色がさっと変わった。
誰もがまだ生々しく覚えている。エリックとミリアは、2年前に辺境伯の館に連れて行かれて、そのまま生きては帰ってこなかった4人の少年少女の中の一員だった。
当時5歳だったベアタと特に仲が良かったのがこの2人だったのだ。
第2章 終わり
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
次章は、いよいよカイルとレータが人獣となった過去が明かされます!




