1-3 戦士たちの勝利
その時だった。
「誰を殺すって?」
思いもかけない言葉を投げたのはレータだった。
「何だと!」
予想外の反応にリーダーは思わずレータの方を見る。
人質にされておびえているはずの小娘の表情が、薄笑いを浮かべている。
その眼は何と金色になり、カイルと同じように耳がとがり、口が裂け、全身に毛が生えてくるではないか。
いつの間にかリーダーの腕を抜けたレータも、カイル同様に人間と野獣の中間のような姿になっていた。
そこには2体の大柄な獣のような姿が立ちはだかっていた。
男たちはたちまちうろたえる。
「てめえも変身するのか」
「こんなばけもんが2匹もいるなんて、聞いてねえ」
「悪党ども。最期のお祈りはもう終わったか?」
カイルとレータは声をそろえて挑発したかと思うと、あっという間に男たちに襲いかかった。
2人は鋭い爪と牙で男たちを次々に血祭りに上げていく。
もちろん男たちは何もできなかったわけではない。腐っても元傭兵たちである。
寄ってたかって槍や刀で斬りつけた。武器は確かに2人の身体に何度も当たったが、刃が通らなかった。
2人は力だけでなく、肉体そのものも人間よりはるかに強靱になっていたのだ。
「ぎゃああ!」
「ぐえっ」
次々に悲鳴が上がり、すぐに途絶えていく。それは一方的な虐殺に近く、あっという間に男たちは血まみれになって横たわっていた。
最後に残ったリーダーがむなしく剣を振り回しながら叫ぶ。
「まさか、お前ら、噂の人獣戦士ってやつか?」
その頸動脈をレータの牙が食いちぎった。
「ば…ばけもん…め…」
口先でかろうじてつぶやくように言ってリーダーも息絶えた。
敵が全滅したのを見届けた2人の肉体には変化が訪れていた。
徐々に毛が薄くなり牙も引っ込み、元の人間の姿に戻っていく。
服は破れてしまったので、2人とも生まれたままの姿だった。
2人は放心したような様子で自分たちの殺戮の現場を眺めている。その顔は無表情、というよりわざと感情を出さないように努めているように見えた。
「また返り血をだいぶ浴びちゃったね」
とレータが言う。
「泉で洗おうか」
と答えるカイル。
そのまま2人はしばらく森の中を歩き、大きな泉の前に来た。
鳥たちの歌うようなさえずりが響いていた。木々の陰で清らかな水が湧き出て透明な池のようになっている。
2人はその水に身体を浸し、血を洗い流した。こういうことがあったら、いつもこの場所に来るようにしていた。
地上で咲き誇る花々と木漏れ日の光がさきほどの殺戮を忘れさせてくれるかのようだった。
水のひんやりした感覚がさっきまで激しく高揚していた身体を鎮めてくれた。
身体を洗い終わって岸に上がると、2人は布で身体を巻いた。さきほどの野盗たちが羽織っていたマントを持ってきていたのだ。
「あいつらのマントが役に立ったね」
とレータ。
「少し寒いけどね…」
池のほとりの岩の上に座って身体を乾かしながら、レータは自分たちの過去を思い出していた。
あれは2年ほど前の夏のことだった。ベルダ村から6人の少年少女たちが、モスヴァンという中心部の町にある辺境伯の館に連れてこられた。
6人の共通点は2つ。
1つは14歳であること。
もう1つは、戦争や災害による孤児で家族がいないこと。
全員が村の教会の孤児院で育ってきた仲良し同士だった。
こんなところに連れてこられた理由の説明は一応あるにはあったが、今ひとつよくわからなかった。
世の中のために役に立つ力をつけるとか、強くなって村を守るために戦えるようになるとか、そんな話を聞かされて納得したようなつもりになっていたのは覚えている。
6人の前に眼鏡をかけた魔法医師らしき人が現れた。何か曖昧な感じの説明を受けて、6人は怪しげな薬を飲まされ、眠らされた。
そこで魔法医は何かの術を施したのだ。禁断の危険な術を。
その6人の中でベルダ村に戻ってこられたのは、カイルとレータだけだった。
残りの4人は、教会の裏庭の墓地に眠っている。
(あの時から、私たちは普通の人間ではなくなった。こんな身体になった。「人獣」と呼ばれるようになって)
レータは思い出す。
(そしてそれからずっと、私たちは辺境伯様の指図で戦い続けている。辺境伯領の国境線を、いや村を守るために。平和と安全のため)
それこそが、この国境地帯の村に軍隊が常駐していない大きな理由だった。カイルとレータが、この村を守る軍隊だったのだ。
ここまで思い起こして、レータはカイルに問いかける。
自分に言い聞かせるように。
「ねえカイル、…私たち、人間だよね?」
カイルは一瞬間をおいて、言い返す。
「…決まってるだろ」
カイルの左手とレータの右手が思わず握り合っていた。森の静けさが2人を覆っていた。
その静けさを、聞き覚えのある声がいきなり破った。
「おや、あんたたちまたここに来ていたの」
マルカおばさんの声だった。
「マルカおばさん!」
その横にはおなじみの村の大人の女性達がいた。狭い村だから大体は顔見知りである。女性の一人はお腹がふくらんでいて、その横にはあのミラもいた。
手を握り合ったままのカイルとレータを見て、ミラは「あたしも手を握りたい」と無邪気にレータに言った。
タオル代わりにマントを肌に巻いているだけの2人を見て、村のおばさんたちはいろいろ言い始める。
「2人ともその格好じゃ寒いでしょ、毛布持ってきたよ」
「村の男たちには見に来るなって言ってあるから」
「お風呂わかすからね。もちろんレータが先に入るんだよ」
思わずレータも明るい笑顔になる。
カイルの方は顔が真っ赤になっていた。この場にいる男はカイルただ一人だったのだ。
「あんたたちのおかげでまた村が守られたよ。ありがとう。本当にあんたたちはヒーローだ」
そう言うとマルカおばさんは、カイルの背中をポンと叩く。
マルカおばさんは2人に言った。
「カイル、レータ、あんたたちは私たちの大切な息子や娘だよ。ヒーローだけど、それ以前に家族なんだ。それを忘れないでね。」
そういうと、さらにつけくわえた。
「晩ご飯にはあったかいスープを作るからね。さあ帰ろうか。草むしりはまた今度でいいや。本当にご苦労様。」
「はい!」
おばさんたちに毛布をかけてもらったカイルとレータは声をそろえて笑顔で返事をして、みんなと家路に向かった。
レータの眼はどこかうるんでいた。
第1章 終わり




