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8-4 慰霊碑の前で

挿絵(By みてみん)


 モスヴァンからベルダ村に帰る馬車に乗って出発する時に、レータは

「少し遠回りになるけど、寄ってもらいたいところがあるんですが…いいですか?」

と御者に言った。


 カイルはすぐレータの考えを察して

「ガリエル村だね?」

と言う。

「そう」


 馬車がガリエル村、いや正確には、かつてガリエル村と呼ばれていた荒れ地に着くと、レータはカイルに言った。

「ちょっとつきあってもらいたいことがあるんだけど」

「何?」

「まずは一緒に変身して」

「え?こんなところで?」

「とにかく、頼むから」


 2人は服を脱いで人獣に変身した。

「それで何をするの」

「まあ、ついてきて」


 レータが先に歩き、カイルがついていく。数年前に来た時は敵国との武力衝突の最前線だった。ここで初めて2人は戦争に参加して戦ったのだ。


 今は帝国の支配下になっていて、周辺の状況も安定している。もはやここに軍隊が駐留する必要もなくなっていた。敵国と対峙する最前線はもっと外側に移っていたからだ。


 この地域からもう軍隊は移動してしまっているが、かといって新たに住民がやってきたわけでもないので、まるまる無人の放置された荒れ地状態になっていた。雑草があたり一面に広がっている。


 さすがに戦死者の遺骨などはとっくに片付けられて埋められていた。ただ、戦争で破壊された家々の痕跡は今もまだ残っていた。無造作に崩された石や焼けた材木の残骸が雑草に囲まれたようになっている。


 その中の1カ所でレータは立ち止まる。家の跡地だが、入り口のような四角い穴が地面に開けられているのがわかった。


「ここが私の家のあった場所。前に2人で来たときは戦場だったから、そういう話をしてる余裕もなかったけどね」

「レータはここで…」

「この穴が地下室の入り口。敵国の兵隊が襲ってきた時に、親が私をここに隠れさせて、私だけ助かったの」


 しばらく2人は無言だったが、またレータが言った。

「石をちょっと運んでもらいたいの」


 かつてレータの家を形作っていた大きめの四角い石が、あちこちに転がっている。レータとカイルはそれをいくつも運んで行った。


 変身してくれとレータが言ったのは、このためだった。確かに、人獣に変身して強力なパワーを出さないと運ぶのが無理な重量の石ばかりだった。

 それを村の真ん中の広場だったようなところに集め、積み始める。

 何となく記念碑のような感じで石が積みあがった。


「これは…」

「粗末だけど、慰霊碑のつもり」

 

 そう言うと、レータは人獣の鋭く硬い爪で、石に何か刻み込んだ。

 そこにはへたくそな文字で「ガリエル村慰霊碑」と書かれていた。


「ここはレータの家族や昔の仲間が眠っている場所だものね」

 ベルダ村の教会の墓地にはレータの家族たちはいない。ベルダ村にレーテが来る前にここで死んだのだから、当然のことだった。


「そう。そして、私たちが初めて人を殺した場所」


 カイルは、ここで生まれて初めて戦争で戦ったあの日のことを思い出した。敵兵を次々に殺したこと。少年兵の最期。さらにその日の夜、レータが声を殺して泣いていたことも。


「ここに、私たちの名前も刻もうよ」

「そうだね」

 2人は慰霊碑の下の方に、建立者として自分たちの名前を刻み、さらに年月日も添えた。


 2体の毛むくじゃらの人獣は、野に咲いている花を集めると、にわか作りの慰霊碑の前に備え、頭を垂れた。


「さ、帰ろ」

 気分を転換したようにレータはカイルの肩を叩いた。

 2人は人間の姿に戻って服をまた着ると、待たせておいた馬車に乗り込み、ベルダ村に向かった。



 戻ってくると、2人は村長に警護役の任命書を見せた。


 村長は素直にお祝いの言葉を言ったが、同時にこんなことも言った。

「警護役と村長と、どっちが偉いんだ?この書類だけじゃわからんな」

「警護役は警護をするだけ。村長は村のこと全部やるんだから、そりゃ村長が上だと思うよ」

とカイル。

 レータも

「村長の方が忙しくて責任が重いんだから、偉いでしょ」

と適当に付け加える。


 こんなふうに言われて、村長は勝手に納得して上機嫌になり、カイルとレータの就任祝いをしようと言ってみんなに声をかけた。

 マルカおばさんたちは腕によりをかけてご馳走を作ることになった。


 しばらくするとナタリアが予想したとおり、辺境伯領はほぼ召し上げられて帝国の直轄州となり、代官が派遣されることになった。


 ただナタリアも、何もなくなって放り出されたというわけでもなかった。辺境伯領のうちごく狭い範囲の領地だけはナタリアのために残されたのである。その中にベルダ村も含まれていた。


 そこでナタリアは、ベルダ村の隣に邸宅を建ててそこに住み、さらに修道院を作り、神への祈りを日々重ねつつ、戦争の孤児たちを引き取って育てることにした。


 ベルダ村の村長たちも、自分たちの地域を管理する領主がモスヴァンではなくご近所になったので、密接にやりとりするようになった。

 小さな範囲の領主に格下げではあるが、ナタリアは前よりもベルダ村の人々と身近な立場になったのである。


 辺境伯領が直轄州になったのと同じ頃に、帝国政府はナタリアの意見を参考にして、正式に人獣戦士の新たな製造の研究を中止した。


 それは犠牲になる子どもの生命を惜しんだからというよりも、子どもの労働力を惜しんだからという方が正確だろう。1人の人獣戦士を作るための秘術で2人ずつ死なせるよりも、兵士や農民として働かせる方がはるかに国家にとってプラスだと考えたのだろう。


 ただ、将来何か情勢が変わるかも知れないということで、文献資料の保存管理だけは当面続けることにしたという。


第8章 終わり

いよいよ次回がエピローグ、最終回です!

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