8-3 最後の任命書
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…以上が、ナタリアがカイルとレータに説明した内容だった。
この話を聞いてさすがのカイルとレータも言葉を失った。
「人獣の術がどんなに恐ろしいものだったか、お父様がどんなに恐ろしいことをやろうとしていたのか、それを知って、本当に気が遠くなりそうになったの」
ただナタリアの話の中には、おぞましい事実だけでなく、カイルとレータにとって深い感動を呼ぶ話もあったのは事実だった。あのハンスの遺書の話である。
「ハンス様が、私たちと同じように人獣の秘術を受けて亡くなっていたなんて…」
とレータ。
「そう。これはお兄様の性格から言って、別におかしなことではないと思うの。兄様は曲がったことが大嫌いだったから、村の子どもたちだけを犠牲にするのがどうしても許せなかったんでしょうね。
私だったら到底そこまでの勇気はないと思うな。兄様は、みんなと同じ危険を自分も引き受ける覚悟を決めたわけ」
「ハンス様って立派な方だったんですね…私も一度お話してみたかったです」
「お兄様のことだけが我が家の救いかも知れない。こんなの償いでも何でもないとは思うけれど…」
「フリーダの父さんも、ハンス様のことを知っていたら、あんな事件を起こさなかったんじゃないかな」
とカイルは独り言のように言った。
「フリーダの父さん?」
とナタリアが聞き返す。
「あ、オークに変身したあの反逆者、パウルのことです」
とハンスは不本意ながら言いなおした。
「そうか、フリーダだったね。確かにそう言っていたような。犠牲になったあの子どもたちにも1人1人名前があったのね。当たり前だけど…」
ナタリアは眼からこぼれた涙を拭いた。
ここでナタリアは、カイルとレータに1つのことを打ち明けた。
「実は私、1つ考えていることがあるの」
「と言いますと?」
「人獣戦士の製造研究をやめるように、帝国政府に進言しようと思って」
「え!そうなんですか」
とカイルとレータがほぼ同時に叫ぶ。
「あなたたちが反対するなら、考え直すけど。どうかな」
「いえ、全然それでいいと思います」
とまずレータが言った。
「僕も同じです。1人を人獣にするのに、2人ずつ死なせるなんて、犠牲が多すぎます」
とカイルも言う。
「ただ、あなたたちはすごい力でたくさんの人間を救ってきたよね。それを考えると、どっちがいいのか、まだ少しは迷いもあるんだけど…」
「でも私たち、たまたま死ななかっただけでしょう。私たちが死んで、代わりにフリーダとかトマスとかが人獣になっていても不思議じゃなかった」
「変身しなくたって、ただの人間のままでも世の中の役に立てることはいっぱいあると思います。僕らが言うのも変ですが」
「2人の気持ちはわかった。じゃあ研究中止するように政府に意見を言っておくね。どうなるかはわからないけど」
ここまで言って、ナタリアはパウルのことを話題にした。
「あのパウルという人は、大切な娘を人獣の術で失った復讐をしようとしたよね。私の命を奪い、お父様に同じ悲しみを味わわせようとして」
「そうでしたね」
「でも、その復讐は別な形で成功したのかも知れないわね。あの事件が、人獣の技術の研究にブレーキをかけることになるとしたら…」
確かにそうも言えた。パウルは、フリーダの命を奪った人獣の術の開発が見直されるきっかけを作ったとは言える。自分の身を犠牲にすることで。
「最後にもう1つ。実は2人に聞いておきたいことがまだあるんだけど」
とナタリアが改まった調子で言った。
「はい、何でしょうか」
「カイルとレータには戦士として働いてもらっている都合の関係で、名目的に役職がついているよね」
「はい。伯爵付きの武官…ですよね」
「2人とも、これから軍とか役所の職をやっていきたいと思うかな?実際のところ、どう?」
どういう意図でそういうことを聞いてくるのか、2人にはすぐにはわからず、お互いに顔を見合わせた。
「どういうことでしょう?」
「もしもそういう方面でバリバリ働きたいんだったら、出世につながるような推薦状を書いたり、いろいろ私にしてあげられることはまだあると思うの。お詫びとお礼の意味でも、私にできる最大限のことをしてあげたいと思って。帝都でのそれなりのいい仕事に推挙することもできるし」
「そうでしたか…」
「ご存じのとおり、今の私は、辺境伯だった父の暫定的な代行ということになっています。ただ、これからはどうなるかはわからない。この権限を使えるうちに、やってあげられることをやりたいと思っていたの」
しばらく沈黙の時間があった。
先に沈黙を破ったのはレータだった。
「私は…できればこれからも村で暮らすのが…いいです…」
続いてカイルも口を開く。
「恐れ入りますが…僕もできるだけ離れたくはなくて…村を…」
ナタリアは微笑んだ。
「そう言うかなとは思っていた。あなたたちには、帰る村があるのよね」
カイルとレータの表情が少し和らぐ。
「それでは、あなたたちをベルダ村の警護役に任命するということでどうかな。もちろん伯爵付の武官とかいう今の肩書は外して」
「警護役、ですか」
「これくらいだったら、私の一存で任命できるから。普通に村にいて、普通に村を守り、役に立ってもらう。何かあったら村長などと協力して事を進める。ただそれだけの立場」
「それはありがたいです。でも今までと何か違うんでしょうか」
とレータが不思議そうに質問する。
「今までと違うのは、村にいるのが公の仕事の立場ということになって、役所や軍隊にもそれで通用するというくらいかな。『よその地域にいって働け、戦え』みたいなことは、前よりも言われにくくなるでしょう」
「ありがとうございます!謹んでお受けします」
と2人は声を揃える。
「良かった。あなたたちに喜んでもらえることを何かしたかったの」
ナタリアはほっとしたような笑顔になる。
最後に、カイルが一つだけ気になったことを質問した。
「…ところで失礼でなければですが…ナタリア様の立場は、今は辺境伯の暫定代行者という話でしたよね。これからの立場というか、お仕事はどうなるのでしょうか」
「多分、私はいずれ辺境伯領から離れることになると思ってるの」
「え、そうなっちゃうんですか?どういうこと?」
とレータが驚く。
「帝国では女性領主の例はなくはないんだけど、私は若すぎるし、後ろ盾になってくれる有力な縁者もいない状態なの。だったら帝国政府は、私には任せられないと判断するでしょう。
我が家、つまりミディア家は、先祖は魔族と戦って手柄を立てたとかいう言い伝えがあって古い家柄だけど、今は他にもっと有力な貴族がいっぱいあるの。そんな中で、お父様は自分ひとりの才覚ですべてをやってきたんだけど、周りの支えになるものがほとんどいなかった。
しかもこんな忌まわしい事件や因縁をさんざん抱えてしまった家だから、結婚相手になる有力貴族もいないでしょう。あのすさまじい騒ぎですっかり世間に知れ渡っちゃった。当然の報いだよね」
「ナタリア様なら結婚したがる男はいっぱいいそうだけどなぁ…」
と素朴にレータが言う。
「平民だったらそれでもいいんだけどね。領地を管理する貴族はそうはいかないの」
「自分1人の問題ではないですからね」
とカイル。
「そういうこと。領民の生活や産業や防衛、すべての責任がかかってくるからね。そうなってくると、たぶんこの辺境伯領は召し上げられて他の領主がおかれるか、または帝国の直轄州になるだろうと思うな」
「貴族も窮屈なのね」
とレータ。
ここにいる3人には、いずれも家族を失ったという共通点があった。ただ、カイルとレータには守ってくれる村がある。ところがナタリアには、そういうものはないのだ。先日話し合ったことを2人は思い出した。
「もしそうなったら、ナタリア様は何をするんですか?」
と、相変わらずストレートにレータは質問する。
ナタリアは
「これは帝国政府次第でしょうね。どこか遠くに行くしかなくなるかも知れない」
と、遠くを見るような眼で語った。
こういうふうに積もる話をたっぷりした後、最後にナタリアは書類を2つ作って署名し、それぞれカイルとレータに渡した。それは、辺境伯代行者の立場において2人をベルダ村の警護役に任命する、という正式な任命書だった。
カイルとレータは改めてお礼を言って館から退出し、帰途についた。




