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8-2 令嬢の告白

挿絵(By みてみん)


 伯爵夫妻の葬儀も終わり、いろいろな実務の処理も進んで辺境伯領が全体にまた落ち着いてきた頃、カイルとレータは、ナタリアから館に招かれた。


 ナタリアはこの短い期間の間にかなり年を取ったように見えた。カイルとレータより1歳年下とは思えないくらいだった。あまりにも多くのことを経験しすぎたからだろう。


 カイルとレータがまず伯爵夫妻についてのお悔やみの挨拶を述べると、ナタリアの方は自分を救出してくれたお礼を改めて言った。さらに父に代わってあなたたちに謝りたい、とも言いだした。


「人獣戦士を産み出すためにお父様がどんなことをしてきたか、子どもたちにどんな犠牲を強いてきたか、あの時にやっとわかったの。私は今まで何も知ろうとしなかった。何もわかっていなかった。ただ人獣戦士が強いとか国家の英雄だとか、そういうレベルのことしか考えていなかった。今更だけど、お父様に代わってあなたたち2人に謝りたい」


 涙を浮かべて謝罪するナタリアに対して、カイルとレータはもちろん何も悪い感情は感じなかった。


 しかしその後でナタリアが話したことは、2人を大いに驚愕させることになった。

 ナタリアは、伯爵の死後、今までわかっていなかった驚くべき情報を手に入れたのである。


 ナタリアの説明によれば、こういうことだった。

……


* * *


 父親と母親の両方を一気に失ってしまったナタリアは、悲しみに沈んでいる暇もなかった。公私で処理しなければならないことがあまりにも多かった。うかうかしていたら領民、取引先、さらには他の貴族や帝国政府にも迷惑がかかる。執事等の助けを借りながら、辺境伯の暫定代行者となっているナタリアは、毎日夜遅くまで必死に実務の整理を進めていった。


 そんな中で、「秘密」と書かれた鍵つきの書類箱が壁の隠し棚のようなところから見つかったのである。


ナタリアが

「お父様が秘密にしていた書類を私が見ていいのかしら」

と言うと、執事は

「お父様の立場を相続したのは、お嬢様しかいらっしゃいません。つまりお父様の秘密は、お嬢様が管理するということです。秘密を管理するためには、どんな秘密なのかわかっていませんと」

と説明した。


 そう言われてナタリアは、書斎の引き出しにあった鍵をつかって箱を開けた。


 中には書類を入れた封筒が3つ入っていた。


 1つは、亡き兄ハンスの遺書。


 ハンスの遺書を読んで、ナタリアは初めて兄の死の真相を知った。兄が父のやったことに責任感を持ち、いわば人獣の秘術の実験材料にされた6人の子どもたちと同じ苦しみや危険を背負うことを選び、結果として死んだ4人と同じように犠牲になったということ。


 遺書を読むナタリアの眼からは限りなく涙がこぼれ落ちていったが、同時にどこか救われたような気もした。


 しかし残りの2つの書類を読んだとき、そういう気分は一気に消え失せ、代わりに冷たく暗い恐怖のようなものがナタリアを襲ってきた。


 まず2つ目の書類は、あの魔法医師から伯爵にあてた報告書だった。


 魔法医師は、あの時に6人の子どもに人獣の秘術を施して、カイルとレータ以外の4人が犠牲になったことについてさすがに苦悩していた。

 さらに研究を重ね、人獣の秘術の成功率、生存率を少しでも高めて、少しでも犠牲を減らそうと考えた。


 これは当然のことだった。単に子どもたちの生命を守りたかったというだけでなく、成功率をもっと十分高くしなければ、人獣の秘術は全面的に実用化することができないとも考えたのである。


 魔法医師は必死で古い文献を集め、さらに帝国以外の他国の魔法使いたちとすら情報交換して、その方法の解明を進めていたが、その多大な費用は伯爵が援助した。

 研究は難航したが、膨大な努力の末、ついに一応の結論を見出すに至ったのだ。それがこの報告書だった。


 だがその報告書に書かれていた結論は、今まで誰も思いつかなかった驚くべきものだった。


「帝国辺境伯 フリッツ・ミディア伯爵閣下

 

 入手可能なあらゆる文献に基づいた調査結果を以下ご報告致します。


 人獣の秘術を施したベルダ村のあの6人の子どものうち4人が死んだ理由は、副作用とか、術が不完全だったための失敗とか、体質の問題とかではありませんでした。


 逆にあの秘術は、完全に成功していたのです。6人のうち4人が死亡しましたが、それこそが本来の術の正しい状態なのです。人獣の秘術とは、もともとそういうものなのです。


 具体的にいうと、14歳の子ども2名分の生命エネルギーを奪い取って吸い取り、それを別な14歳の子ども1名に注入することで、その子どもが人獣に変化するのです。


 これこそが人獣の秘術の本質だったのです。

 1人の子どもを人獣にするためには、必ず別な2人の子どもの生命を奪って吸い取る必要があるのです。


 おわかりでしょうか。あの時6人のうち4人が死んだのは、正確に言えば、カイルとレータを人獣にするために、それぞれ別な2人ずつの生命が奪い取られ吸い取られたということだったのです。


 人獣の秘術は、6人中2人だけしか成功しなかったとか、成功率33%とかいうことではありません。あれこそ100%の成功だったのです。4人が死んだこと自体も、最初から織り込まれた成功率100%の中の出来事の一部なのです。


 カイルとレータがなぜ死なない側だったのかはわかりません。6人のうちどの2人が生きて人獣になれるかは、単なる偶然で決まっただけだったのかも知れません。


 いずれにしても人獣の秘術を受けた6人のうちいずれか4人は、必ず死ぬことに決まっていたのです。 もともとそういう仕組みの術だったので、それだけの話です。研究を進めて改良すれば死亡率が下がるとかいう問題ではありません。いくら研究や改良を進めても、人獣1人を作るたびに別な2人を死なせなければならないことは変わらないのです。


 なおハンス様は、1人だけで術を行ったため、おいたわしいことですがその生命エネルギーが完全に無駄に放出されて逝去なされたものと思われます」


 ここまで読んで、ナタリアはふとパウルのことを思い出した。


 パウルは1人で術を受けてそのまま1人でオークへの変化に成功したようだが、ことの真相はわからない。人獣の秘術と同じ要素もあれば、違う独自の要素もあったのだろう。単純に比べることはできない。敵国自身がまだ十分には原理や再現性を解明できていないようだった。


 ともあれ、報告書に書かれてた秘術の説明を読んで、あまりのおぞましさにナタリアは手が震え、寒気がした。


 だが責任感がナタリアを突き動かし続けた。まだもう1つ封筒が残っているのだ。それも最後まで読まなければならない。途中で投げ出すわけにはいかなかった。


 3つ目の最後の封筒から出てきたのは、伯爵の今後の計画をまとめたらしいメモと、名簿のようなものだった。伯爵は魔法医師の例の報告書を読んだ後、これからどうするか考えて計画を立てたらしかった。


 その内容は、先ほどの報告書とは比べものにならないほどもっと恐ろしいものだった。


 伯爵は、人獣戦士を1人作るために別な2人を必ず犠牲にしなければならないと知ってからも、研究を止めさせるつもりはなかった。それどころか正反対に開き直って、人獣戦士を大量に作り出すため、その犠牲者の要員を大量に用意しようとしていたのである。


 同封されていた名簿には、辺境伯領の他の町や村の孤児院にいる12歳から14歳の子どもたちの名前が書かれていた。

(ちなみにベルダ村は除外されていた。さすがにベルダ村の子どもたちからこれ以上犠牲者を出させるのはまずいと判断したのだろう。)


 なんと伯爵は、辺境伯領全体の各地の孤児院から大勢の子どもたちを提供させて、新たな人獣戦士を大量に作り出すことを検討していたのだ。もちろん、1人作るごとに2人を犠牲にすることも全部わかった上で。


 仮にパウルに殺されていなかったら、いずれ伯爵は同じような人獣の秘術の実験を繰り返していただろう。それも、今年14歳の子どもだけでなく、12歳や13歳の子どもが14歳になるのを待って、来年や再来年も同じように。


 そして数多くの子どもたちを犠牲にして、少数の新たな人獣戦士がまた産み出されたかも知れない。


 それにより伯爵は、いずれ産み出されるだろう人獣戦士を多数配下に従えて、帝国の中央政界でもっと大きな権勢を手に入れることも考えていたようだった。


……


 父親が隠していた秘密すべてを知ったナタリアは、血の気が引いた顔をして書斎から出てきた。


「お嬢様、顔色が悪いようですが」

と執事が言うと、ナタリアは急に床にへたり込んだ。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、ちょっと立ち眩みがしただけだから」

と言ってナタリアはその場をしのいだものの、父親が残したものの重さに押しつぶされるような感覚だった。


 だが、そんなことで打ちひしがれていることすらナタリアには許されなかった。ナタリアにできることは、父の後始末のためにひたすら事務処理をこなし奔走することだけだった。


* * *


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