8-1 奇妙な戦争
伯爵夫妻が殺害され、モスヴァンが混乱状態になったのに乗じて、敵国軍は帝国領に対して一斉侵攻を開始した。今までにないほどの大規模な侵攻作戦だった。
しかし帝国軍ももともと十分防備を固めていたから、それくらいで動揺などすることなく、直ちに迎え撃って反撃した。
カイルとレータも、またしても軍隊に協力させられることになった。
ナタリアが辺境伯の暫定代行者という地位に任命され、伯爵付き武官である2人を軍に派遣する命令書に署名したのである。
手でペンを取って命令書に署名したのはナタリアだが、署名した意思はナタリアのものではなかった。
ナタリアは両親の死を悲しむ暇もなく、辺境伯領、そして帝国の国家システムの中の部品の1つとして働くしかなかった。
こうしてカイルとレータはまた戦場で戦い、多くの敵兵を殺し、幾度も味方の危機を救った。
帝国軍は当初、敵国がパウルのような人工オークの兵士を大量に作り出して投入するかも知れないと警戒していたが、結局そんなものは出てこなかった。
人工オークはパウル1人しか作れなかったらしい。それ以外に実験に失敗して死んだ者が何人もいたのかも知れないが、それを知る手段はなかった。
数週間の攻防が続き死傷者が続出して、最終的に双方が交渉し妥協して停戦が成立したが、結局は両国の勢力範囲はほぼ変わらないままだった。それは政治的に何の意味もない、奇妙な戦争だった。
* * *
ところで、今回のパウルによる伯爵家の舞踏会への襲撃は、実は帝国側だけでなく、実はパウルの仲間のはずの敵国側にとってもまったく想定外だった。
襲撃はあくまでパウルの個人行動でしかなく、敵国としての計画とは何も関係がなかったのだ。
本来、敵国がパウルに期待していたのは、帝国の首都の中枢や軍事施設などを襲撃して破壊や殺戮をやってくれることだった。殺すなら帝国政府の高官や軍の将官を狙ってもらいたかった。その上で、状況次第では一気に侵攻する目算を立てていたのだ。
そのために、いずれパウルを作戦本部に呼び、作戦の打ち合わせをして、計画と準備を完璧にしてからパウルに行ってもらう予定だったのである。
さらに言えば、もし可能であれば人工オークを作る技術をもっと完成させて、パウル以外の人工オークも産み出してから戦争を始めたいとさえ考えていた。
ところがパウルはそんなことはお構いなしで、個人的な恨みに突き動かされ、敵国の軍部に何の相談もなく1人で勝手に辺境伯領に舞い戻り、独断で伯爵家のパーティーを襲っただけだった。
要するに、敵国の軍とパウルとはまったく連携が取れていなかったのである。
もともとパウルにとっては伯爵への復讐が目的だった。別に敵国の作戦を成功させるために自分をオークにさせたわけではない。個人的な怨みを晴らすために敵国を利用しただけだった。
つまり今回のパウルの行動は、敵国の思い描いていた方向性とはまったく違う、自分勝手なものだったわけである。わざわざ大騒ぎをして伯爵夫人やナタリアの生命を取ってもらったところで、敵国としては何もありがたくなかった。
とはいえ、伯爵家や辺境伯領が混乱に陥ったこと自体は敵国にとって悪いことではなかった。もともとの目論見とは違うとはいえ、せっかくの混乱を利用しようとは思った。
そこで当初の構想とはまったく違う形で、あわてて侵攻作戦を開始したが、結局は準備不足で作戦も練り上げていなかったから、成果を上げられないまま終わったわけである。
軍事的な観点でいえばパウルの行動はほぼ無意味だった。
ただ、パウルの今回の勝手な行動は、敵国にもう一つの重大なインパクトを与えた。人間をオークに変身させて行動させることのリスクを明らかにしたのである。
* * *
戦争が一段落してカイルとレータが軍隊から引き上げて帰郷しようとしていた時、旧知のデシデリウス隊長とこんな話をした。2人が人獣になって初めて戦争に参加した時の上官だった、あの人物である。
「カイル、レータ。お前たちが敵国の偉いさんだったら、どうすると思う?」
「どういう意味ですか」
「人間を改造して、オークを人工的にどんどん作っていこうと思うかい?」
「そりゃやるでしょ。戦争で暴れさせればいいじゃないですか」
とレータ。
「でも、考えてみなよ。そうそう簡単な話じゃないよ」
さらにデシデリウスはこんなふうにつけ加えた。
「オークになった連中が、みんな素直にお偉方の言うことを聞くと思うか?あのパウルとかいう反逆者はどうだった?」
「あ…」
「逆に、自分勝手に行動するかも知れませんね。誰も抑えられないから」
とカイルが答えた。
「そうだよ。パウルだって、自分の娘の怨みを晴らすために暴れただけだろ。個人の独断行動をしたわけだよ。そんな奴を軍隊でうまく使えると思うか?」
人間をオークに変身させたところで、そのオークがこちらの意図通りに行動してくれる保証は何もない。むしろ自分の考えで勝手な行動をするリスクがある。強力な力を持っているぶん、手に負えなくなる。そういう問題があらわになった。
これは当然のことだった。パウルのようにオークになっても勝手な行動をする人間が大量に出てきたら、コントロール不能なことになりかねない。ましてや、そんなオークたちが国に対して反乱や暴動でも起こしたりしたら、自滅的なことになる。
国に忠実な軍人であればオークになっても大丈夫かも知れないが、そういう人物はむしろ人間のまま働かせた方がメリットがあるだろう。
ともあれ、敵国はオークを人工的に生み出す技術への関心を次第に失っていった。いろいろな面でリスクが大きすぎたのだ。オーク軍団が作られて大量に攻めて来るような事態は起こらなかったし、今後もどうやら起こらなさそうだった。
一方、これと似たような感じで、帝国でも同様に人獣の秘術への疑問の声が次第に強まっていった。
* * *
ともかく戦争が収まると、カイルとレータはまた村に帰って日常の日々の中に戻っていった。
ただ1つ、村には厄介な問題があった。それはパウルの遺体の扱いだった。
村長は言った。
「カイル、レータ、お前さんたちどう思う?パウルの遺体をどうしようか」
「私は、村で葬ってあげたいと思うな」
「僕も当然そう思うよ。教会のお墓に入れてあげたい。フリーダと一緒がいいな」
「そりゃそう思うよなあ。ただ、あんなことやっちまったからな…」
領主である伯爵夫妻を殺害して、その令嬢まで殺そうとしたのだから、パウルのやったことは大逆罪、反逆罪にあたる。
もしパウルが生きていたとしたら当然死刑になる罪であり、そういう大罪人は死後も死体を公衆の面前で晒され続けるのが掟になっていた。とりあえずは今は死体はモスヴァンのとある公共施設で保管されていた。
しかしベルダ村のみんなは、パウルをせめてちゃんと葬ってやりたいと思ったので、村長と司祭はいろいろなルートを通じて当局に働きかけた。
「反逆者パウルは、オークの姿のまま死にました。このオーク姿のパウルの死体を公の場に晒し者にすると、かえって公衆に恐怖感を広める恐れがあります。公共の安寧秩序をゆるがし、ひいては帝国の士気を害しかねません。よって、わが村にて死体を適切に処分したく存じます」
こういうもっともらしい書き方をした嘆願書を提出したのでそれなりに説得力があり、パウルの死体は晒し者にせず、村に引き渡してその処分に任せるということになった。
パウルの死体を引き取った村長たちは、火葬にして遺骨をフリーダと一緒の墓に入れた。村人達にはオークの姿のパウルの死体は見せないように極力注意したのである。
* * *
戦争が終わって村に帰って1週間くらいたったある日、レータはカイルに言った。
「ナタリアお嬢様、かわいそうね。あんな目にあって、家族がみんな亡くなってとうとうひとりぼっちになっちゃった」
「僕らと似たような立場になったよな」
「少し違うんじゃない?」
「どういうこと?」
「私たちはひとりぼっちじゃないでしょ。村のみんながいるし」
カイルは、マルカおばさんが自分たち2人に向かってこれまで何度も言ってきた言葉をふと思い返した。
- あんたたちは私たちの大切な息子、娘なんだよ。
「そう考えると、ナタリアお嬢様には誰がいるんだろう?」
ともあれ、ひとりぼっちになったナタリアのために何かできないか、という話になったが、身分が違うことを考えると、どうすれば良いのか思いつかなかった。




