7-3 2人の父親
そのままパウルは館の2階の屋根の上に飛び乗った。
カイルとレータがすぐに追いかけようとした。
「おっと。カイルとレータは来ちゃダメだぞ。来たらご令嬢を殺すからな。もちろん兵隊どもも来ちゃダメだ」
一体どうすればいいのか。
伯爵も飛び出してきた。屋根から伯爵を見下ろして、パウルは言う。
「おい、伯爵は来ていいぞ。相手をしてやる。ここまで登れるんならな。待っていてやるよ。話をしようじゃないか」
そう言われて何と伯爵は、いったん室内に引っ込み、ハシゴを持ち出してまた出てきた。
ハシゴ、さらに2階の窓枠に足をかけて、必死で2階の屋根によじ登りはじめる。背中には何か棒のようなものが縄で結びつけられている。それをカイルはどこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。
「伯爵、危険です」
「おやめください」
周囲の者たちが引き留めたが、もはや聞き入れる耳は伯爵にはなかった。今は領主でも貴族でも政治家でもない、娘を守ろうとするただの1人の父親になっていた。
「私が行くぞ。殺したいなら私を殺せ」
叫びながら登り続けた。
ところがパウルは、2階の屋根から3階建て部分の屋根に乗り、さらに円筒形の塔部分に登りだした。ナタリアを片腕で抱えて壁に手足をひっかけ、軽々と登って行く。
塔の一番上には屋根がなくテラスのようになっている。直径はおよそ7mほどだった。そこに着くとパウルは
「どうだ、早く来いよ」
と笑った。
だがしばらくすると、何とそこにも伯爵は上がって来た。いったん館の中に引っ込んで、塔の中の階段を駆け上ったのだった。予想よりもはるかに早かった。
伯爵は
「娘を返せ!」
と叫びながらパウルに迫った。
パウルは言った。
「なかなかの根性だな。こんなにすぐ登ってくるとはな。大したもんだ、見直したよ、伯爵。あんたのその執念に敬意を込めて、特別大サービスだ。娘より先にあの世に送ってあげよう」
そう言うが早いか、伯爵に襲いかかった。ところがここでパウルの動きが止まり、押し戻された。
「うぐっ?!」
伯爵の手には、槍のようなものが握られていた。さっき登った時に背中にくくりつけていた棒のようなものは、これだった。
「何だそれは?俺に傷をつけられるのか」
パウルの腹に少し切り傷ができて、血が流れていた。特に致命傷というほどではなさそうだったが、パウルは驚いていた。
「俺のオークの肉体に傷をつけられるとは、その武器はただの槍じゃないな」
「我が家に伝わる抗魔の槍だ。先祖が北の魔族と戦った時に使ったそうだ」
伯爵が言う。前の週、舞踏会の準備をしていた時に館においてあった、あの古い槍だった。
「ほう、そんなもんがあったんだ」
「私の父から聞いた時は、そんな大したものだとは思わなかったがな。本当に魔族の肉体に効き目があるとは」
「それがあんたの切り札ってことか」
伯爵は塔の上の狭い空間でパウルにその槍で迫り、切り傷を負わせていく。おそらく何らかの特殊な魔力成分のある金属で作られているのだろう。
いくらオークの強い肉体を持っているにしても、パウルは武術では伯爵に比べれば当然、素人だった。
「なかなかやるな、伯爵」
パウルはうなった。
「あんたは、子どもたちを犠牲にして平気な鬼畜の伯爵だ。これくらいじゃないと面白くないよな」
「何とでも言え。人獣戦士を作ることで、守られ、救われた人間もたくさんいる。お前だってその1人だっただろうが」
言い返しながら伯爵はパウルに斬りつけ、刺しまくった。パウルは爪を武器代わりに振り回して防御し対抗する。
だが武術はともかく体力で比べるなら、やはり常人ではなくなっているパウルがずっと優位だった。身体の強度も凄いので、いくら特殊な槍で突いたり切ったりしても致命傷まで与えるのは難しそうだった。
その時、気絶して横たわっていたナタリアが「うーん…」とうなり声をあげて動いた。
ここで伯爵は一瞬気を取られた。
「隙あり!」
パウルは前に飛び出し、その爪が伯爵の胸を貫いた。伯爵の身体を激しく突き飛ばす。
伯爵は、槍を握ったまま塔の上から落ちていって地面にたたきつけられ、絶命した。
「あばよ、伯爵。すぐに娘もそっちで会わせてやるから待ってろ」
パウルは下を見て伯爵の死体を確認すると、振り返って塔の屋上の円形の空間の隅で倒れているナタリアに近づいていく。
と、そこにレータが飛び出してきた。ひそかに下から塔にしがみついて登ってきていたのだった。
ナタリアを片手に抱えて、塔の屋上部分から下の階の屋根に飛び移るように降り立っていく。人獣らしくすばらしい瞬発力だった。
「待て、レータ。人のものを勝手に取るなよ。子どもの頃、お前にさんざんそういうお説教をしただろ?」
パウルは塔から飛び降りてレータを追いかけようとするが、なぜか身体が前に進まない。
いつの間にか登ってきたカイルが、背後からパウルを羽交い締めにしたのだ。
「なんだ、カイルもか。子どもが大人の邪魔をするんじゃない」
そう言いながらパウルはほどこうとする。しかし若い上に色々と鍛えられているぶん、人獣のカイルの腕力の方がオークのパウルよりずっと強かった。
「ナタリア様を殺させるわけにはいかないんだよ。わかってよ。わからないだろうけど」
泣きそうな声でカイルは叫ぶ。
ナタリアを抱えたレータは、とっくに遠くに離れてしまった。パウルが追いつくのはさすがにもう無理だろう。
「やれやれ、俺にできるのはここまでか」
とパウルはカイルに締め付けられながらため息をついた。
「残念だがもう終わりだな。お前さんたち、大したもんだ。子どもって成長するもんだな。何年か前まではガキだと思っていたのに」
今パウルを自由にさせたら何をするかわからないので、カイルは腕をほどくことができない。しかしパウルは一方的にしゃべり続けた。
「お前さんたちのように、立派に成長して活躍するフリーダの姿が見たかったよ。いや、今からでも見られるな。俺の方からフリーダのいるところに行けばいいんだ」
パウルは全身に凄い力を出した。カイルの締め付ける腕をほどかないまま、カイルを逆に引っ張って歩き始める。レータが脱出したのと反対方向、つまり伯爵が落ちた方向だった。
パウルは伯爵の死体を見下ろして叫ぶ。
「おい伯爵。お嬢さんをすぐあんたのところに送ってやろうと思ったが、やめた。あの世でお嬢さんに再会させたら、あんたを喜ばせちまうだろ?そうはいかない。
お嬢さんは生きててもらって、あんたは寂しく死んでいてもらう。これであんたたち親子は引き裂かれたことになる。俺は逆にフリーダにまた会える。もう、それで復讐完了ってことでいいよ」
そして今度はカイルに向かって言った。
「お前たち2人は、せいぜい出世しな。でも、そろそろ俺から離れないと巻き添えになるぞ。じゃあな」
カイルがハッとした時には、もうパウルは塔の屋上の胸壁を乗り越えて身を躍らしていた。
「フリーダ!今行くぞ!」
と叫びながら。
カイルが腕を放すのが一瞬遅れ、パウルと一緒に転落する。
あわててカイルは、落下しながらとっさに塔の壁に足の爪をひっかけた。ガリガリ引っかかる音がして、建物の壁のあちこちの出っ張りにぶつかりながらカイルは転落していく。しかし落下のスピードは多少遅くなった。
パウルの方は先にそのまま地上に落ちていった。
カイルは地面にたたきつけられたが、痛いだけでほぼケガはなかった。
これなら、パウルも平気なのでは?まさか、この程度で死んだりはしないはずだ。
すぐ立ち上がってまた向かってくるだろう。
そう思って見回すと、パウルは動かないまま横たわっていた。
何と伯爵の死体の上に重なった状態で、しかも血を吹き出して死んでいた。
だが、これくらいの高さの塔から地面に落ちたくらいでオークが死ぬのだろうか?
伯爵の右手には、あの抗魔の槍が握られていた。
槍は柄の両方の端っこに穂先があった。伯爵が転落した時に、その片方がたまたま地面に刺さった。つまりもう片方の穂先は上の方をまっすぐ向いた状態でそそり立っていたわけである。
その上を向いた槍の穂先の上に、パウルの身体がもろに落下したのだった。
いくらオークの頑丈な身体でも、この落下の勢いで胸に抗魔の槍が突き刺されば、さすがに致命傷だった。
しばらくすると、レータもナタリアを抱えたまま戻ってきた。幸い、ナタリアにはケガはなかった。
* * *
楽しくめでたい晴れの祝宴の場が凄惨な事件の現場になってしまった。しかもその凄惨な事件は、あっという間に終わった。
騒ぎが収まって、客たちは真っ青なうつろな表情で退出していく。
カイルとレータは人間の姿に戻り服を着ると、虚脱したように並んで壁にもたれかかっていた。
レータの眼からは涙が流れていた。
第7章 終わり
このあとの第7章は、いわば事態の後始末をしたり、けじめをつける物語です。果たしてどのような形で収まるのでしょうか。また、新たな事実が発覚するかも知れません。是非お読み下さい!




