7-2 復讐の鬼
「フリーダのお父さん、一体どういうこと?何でそんな姿になっているの」
とレータが呼びかける。
「ははははは。人獣のお前さんたちにそんなこと言われるのも、変な気分だ。教えてあげるよ」
オーク、いやパウルは事情を語り始めた。
* * *
4ヶ月前にベルダ村から姿を消したパウルが向かったのは、一体どこだったのだろうか。何とそれは、これまで自分を抑留していた西の敵国領だった。
パウルは敵国領に入り込むと、敵国軍に力説して回った。
「俺は帝国、特に辺境伯に怨みがあるんだ。だからあんたたちの国からの攻撃の手助けをしたい。力を貸すぜ。とにかく話を聞いてくれ」
最初は敵国軍も半信半疑、というよりホラ吹きの類かと思って適当にあしらっていたが、あまりにもしつこく真剣に働きかけてくるので、とうとうしっかり話を聞くことにした。
パウルは村長、カイル、レータ、その他あらゆる人から聞いた話を敵国軍に説明した。特に人獣戦士に関係あることは、すべて細かく話した。
ある程度は敵国軍も把握していたことだが、目新しい情報もあった。
さらにパウルは敵国軍に申し出た。
「こっちの国でも、帝国に対抗して人獣戦士みたいなのは作れないのかい?あんたら、人獣戦士にはさんざん痛い眼にあわされてるだろ。何とかしたいと思わないか?俺は帝国に復讐したいんだ。もうなりふりかまっていられない」
既に知られていたことだが、敵国でも似たような研究は行ってはいた。
まずグレザリオスのような魔獣を作り出すことには一応成功した。それから猿、ついで人間を使って、オークのような生物を生み出す実験をしていたのだが、こちらはさすがに難しく、なかなかうまくいかなかった。
数人の死刑囚を使って実験してみた時には多少成功したように見えたが、知能も戦闘能力もあまり高くならず、命令に従わないままどこかに逃亡してしまったという。
以前、カイルとレータが山の中でベアタを探していた時にオークたちと出会ったことがあったが、その正体は、これだったのである。帝国の実験から逃げ出したオークたちだったのだ。グレザリオスも、その時に出来損ないの人工のオークたちが連れ出したのだろう。
そういう話をしている中で、さらにパウルは敵国軍にこう持ちかけた。
「あんたら、『これ』は少しは役に立たないかね?」
この「これ」こそがパウルの切り札だった。
実はパウルは敵国領に入る少し前、モスヴァンの伯爵の館に立ち寄っていた。館そのものに押し入るためではない。警備があるのでそれは難しい。
そこではなく、あの6人の子どもに禁断の秘術が行われた離れの建物に忍び込んだのだ。本館とは違って、そこは普段は誰も立ち入らない。このため、ただ単にカギがかかっているだけで見張りもついていなかった。
パウルは何年も敵国で抑留され、奴隷としていろいろな作業をさせられていたおかげで、手先はかなり器用になっていて、カギを開けて忍び込むのもそれほど難しくはなかった。
パウルの狙いは、人獣の術に関する資料がまだ残っていないかを探って、それを盗み取ることだった。カイルとレータからその場所の話は聞いていたし、部屋もわかった。何よりもそこは、娘のフリーダが死んだ部屋であり、パウルにとっては深い意味のある場所だった。
あれから2年以上経っていたが、その部屋には、よくわからない薬瓶や小道具やメモのようなものがまだいくつか残されていた。魔法医師の使っていたものの残りが回収されず放置されていたのである。
もちろんパウルは素人だから、それらの物品や資料の意味など詳しいことはなにもわからない。しかしそこにあるものはとりあえず何でもかんでも持ち出すことにしたのだ。とにかく何でも持ち出しておけば何かの役に立つと思った。これらを抱えて敵国に走った。
パウルはそれを敵国の軍幹部たちに見せたのだ。
「フリッツ・ミディア伯爵たちは、子どもを使って人獣戦士を作った。その場所に残っていた資料がこれさ。あんたらの専門家が見れば、値打ちがわかるんじゃないか?」
この資料が敵国軍の研究に決定的な突破口を開かせたのである。人獣の技術を参考にして一部独自のアレンジを加え、これまでの敵国の研究成果と合わせて、兵士として使えそうな人工的なオークを産み出す技術が一応完成した。
そしてパウルは、自ら被験体になることを申し出たのだった。
それは賭けだった。術に失敗すれば死ぬ可能性があったが、パウルにとってはもちろん全然構わなかった。死ぬなら死ぬで構わない。フリーダと同じ死に方だし、死ねばフリーダのところにきっと行けるんだろうと思っていた。成功すればこっちのものだ。
そして賭けは見事に成功し、パウルはオークになる能力を身につけた。人獣の術は14歳の子どもにしか効果がなかったが、敵国の開発したオークの技術は大人のパウルでもうまくいった。人獣戦士と同じように、普段は人間の姿で、必要な時に変身できるようになったのである。
これが単なる偶然だったのか、それともパウル以外に試してもうまくいくのか、そこはもちろんまだわからなかった。だがとにかくパウルについては完全な成功だった。
こうしてパウルは、再び国境を越えてこの場にやってきた。復讐のために。
……
ナタリアは気絶していた。極度の恐怖もあるだろうが、それだけではなかった。
今、パウルがしゃべっていた人獣の術の真相を聞いて、あまりにもショックだったのである。
自分の父親が本当にやっていたこと、何人もの子どもたちの生命を犠牲にしていたことを今初めて知ったのだ。到底平気で聞いていられるような話ではかった。
今までは曖昧なことしか聞かされず、経緯もろくにわからないまま、ただ単に人獣戦士のカイルとレータの活躍に心を躍らせていただけだったのだ。
この2人が人獣戦士になるために、どのような恐ろしいことが行われたのか、ナタリアは今初めて知って、そのまま気が遠くなったのだ。
伯爵はパウルに向かって叫んだ。
「自分で秘術の被験体になって肉体を改造し、人工オークに変身したのか?なんてバカなことを。狂ってる」
パウルは大笑いして即座に言い返す。
「はっはっは。伯爵さん、あんたがそんなこと言える立場じゃないだろう?あんたは他人の子ども6人を生け贄にした。俺は自分1人だけを生け贄にした。どう見ても俺の方がまともだろ。狂っているのはあんたの方だ。あんたに殺された俺の娘も、絶対俺を支持してくれるさ」
(違う、そうじゃない。私の息子、ハンスも自分を犠牲にしたんだ。)
…伯爵はそう言いかけて、ぐっと飲み込んだ。ハンスの話は夫人以外の誰にもまだ話していなかった。 ナタリアにもまだ言っていないし、遺書も見せていない。だいたいハンスは、私のやり方を見かねて、自分の意思で自分を犠牲にしただけだ。私にそれを持ち出して威張る資格などあるわけがない。
ここでカイルとレータが割ってはいった。
「フリーダのお父さん、余計なことは何も言わないよ。でもナタリア様は放してあげて」
人獣戦士がオークを説得しようとする光景は何とも奇妙だった。人々は震えつつ遠巻きに見守るばかりだった。
「ナタリア様には何の罪もないでしょ」
とレータも言う。
口々にパウルに呼びかけて説得しようとしたが、パウルはすぐ言い返した。
「フリーダだって何の罪もなかっただろ」
当然予想された反応だった。
「お前らのことは嫌いじゃない。フリーダの友達だったしな。人獣戦士としてこれからも頑張ればいい。立派なもんだ。世のためにどんどん働けばいいさ。でもフリーダにはもうそれはできないんだ。俺はけじめをつけたいだけだ」
パウルの言葉はどんどん熱を帯びていく。もともと他国に交易に行くほどの商人だったから、口八丁手八丁のタイプの男だった。すごい勢いで叫び続ける。
「伯爵とお嬢さんには死んでもらう。いや、お嬢さんだけでいいや。もう夫人の命はもらったからな。あとはお嬢さんの命。それでチャラにしてやる」
「……」
「伯爵は子ども4人を殺したんだ。妻と娘の2人の命だけで償いが済めば、お得だろう。後はもうどうでもいい。みんなで俺を好きにしても構わない。カイル、レータ、お前たちはこれからも大活躍してくれ。健闘を祈ってるよ」
「フリーダのお父さん!」
ここで警備兵が矢を放った。ナタリアに当たらないように弓矢の名手が射たのだろう。矢はみごとにパウルの胸に当たったが、何も傷つけることなく落ちた。
「こんな程度の武器じゃ効かない。人獣戦士と同じだよ。お前らだってわかってるだろ」
パウルはナタリアを抱えたまま、窓から外に飛び出した。警備兵たちが追いかけて行く。




