7-1 舞踏会の夜
ナタリアが帰省して1週間ほどすると、伯爵の館では一大イベントが行われることとなった。
貴族や富豪市民達の出席する舞踏会やパーティーを館で開催し、それに加えて平民たちのための夜店や出し物を出す祭りもその周囲の敷地で繰り広げることになったのである。
先日、館で忙しそうに使用人たちがいろいろ準備していたのは、このためだった。
館周辺だけでなく、モスヴァンの街中が祝賀ムードになり盛り上がっていた。
辺境伯領全体に告知が回り、ベルダ村でも周知されて、カイルとレータも含めて結構な人数の村人達が祭りに行くことになった。
カイルとレータが来たのも、今回はあくまで仕事ではなく遊びだった。
ナタリアからも
「舞踏会やお祭りを見て楽しんでいってね」
と誘われたのである。
2人は、華やかに飾られたモスヴァンの通りを歩いて回り、夜店でお菓子や飲み物を買ったり、大道芸人に見入ったりして楽しく過ごし、それから館に向かった。ここで2人はパーティー会場向けの別な服に着替える。もちろんナタリアからもらったものだった。
平民のカイルとレータは招待客ではないので、舞踏会のダンスそのものに参加できるわけではない。
しかしナタリアの口添えのおかげで、館の中に入ってパーティーの人々に混ざってダンスを見て行くだけなら問題なかった。
2人が入ってきた時はもう夜になっていて、既に大勢の人々がホールの中で立ってひしめいていた。
華麗な音楽を楽団が演奏し、人々が見守る中で貴族達が踊っている。伯爵夫妻とナタリアももちろんいた。ナタリアのドレスは段違いの華麗さだった。
周りで立って見ている人々の中にカイルとレータも混ざり込む。
「ねえカイル、私にあのナタリア様のドレス似合うと思う?すごいよね」
とレータが言った。
レータがそんなことを言うとはカイルは思ってもいなかったので、カイルは戸惑った。少し間をおいて、思ったことを話した。
「ああいうのを着たレータ、見てみたいよ」
レータはうれしそうな顔をした。
「カイルと一緒に舞踏会で踊ってみたいな」
「僕、踊れないけど…」
「練習すればいいでしょ」
「うん、まあ…。って、どこで練習すればいいんだ」
「ナタリア様に教えてもらえないかな」
そんなどうでもいいことを話しながら2人が見ているうちに、ナタリアがホールの中央の方に進んできた。カイルもレータも注目する。
ナタリアはどこかの貴族の若君と一緒に組んでダンスを始める。
「こうしてみるとナタリア様、やっぱり素敵ねえ」
「レータだって負けないと思うよ」
思わずそう言ってから、カイルははっとして赤くなった。
「何言ってんの。自分で言って自分で赤くなってるよ」
今度はレータも赤くなりながら笑っている。
2人はいつしか自分たちが一緒に舞踏会で踊っている姿を思い浮かべていた。
「きゃあああ!!」
そこに急に凄まじい叫び声が会場に響き、あたりは騒然となった。
何事かと見れば、そこにいるはずのないものたちがいた。
ホールの高い天井に、不気味な生き物が数匹飛び回っている。
「何だあれは!」
と口々に人々が叫ぶ。
それは魔獣のグレザリオスだった。いつかベルダ村の山の中で見たことがあったが、モスヴァンにいるなどとはこれまで聞いたこともない。一体なぜそんなのがここにいるのか。
よく見ると大きな窓の1つがたたき割られていた。そこから入り込んできたのだろう。
さらにまた別なものが姿を見せて、割れた窓から上がり込んできた。
グレザリオスよりも遙かに恐ろしく、また意外な存在だった。
それは、2メートル以上のオークのような生き物だった。
「オーク?何でこんなところに」
「魔族がモスヴァンにくるなんて」
うろたえた人々が騒ぎ、我先にホールから逃げ出そうとする。
オークは周囲にいる人々をはらいのけて、一気にナタリアに駆け寄って襲いかかった。おびえたナタリアを軽々と担ぎ上げる。
明らかにナタリア1人を狙った動きだった。
「お嬢様が!」
「大変だ!兵隊、兵隊は?」
みんなが叫ぶ中で、伯爵が前に走り出した。
「やめろ!娘に手を出すな!」
伯爵夫人も狂乱して叫ぶ。
「ナタリアを放して!」
もちろんオークにそんなことを言ってもどうなるとも思えなかった。
夫人は何とオークに1人で駆け寄っていく。
「ナタリアを放しなさい!」
武器のつもりなのか、長い燭台を持って振り回して立ち向かっていく。
伯爵が「よせ、無茶だ。落ち着け」と言いかけた時には、オークの鋭い爪が夫人の胸を貫いていた。
その場に崩れ落ちた夫人に伯爵は「ユリアナ!ユリアナ!」と叫んで駆け寄るが、既に息絶えていた。
伯爵はオークに叫んだ。
「言葉が通じるか?わかるなら聞いてくれ」
オークは何か反応した感じだった。明らかに伯爵の言っている意味を理解している様子だ。
「何のつもりだ?何でこんなことをするんだ?ナタリアを、その娘を放してくれ。殺すなら私を殺せ。言ってることがわかるか?」
そう言って少しずつオークに近寄っていく。
「お前は後でいい。先にこの娘を殺してやる」
オークは何と、はっきりとしゃべった。世の中には人語を学んでしゃべれるオークもいるが、これは完全に自然なしゃべり方だった。人間の話し方とまったく区別がつかなかった。
「お前の眼の前で、ゆっくり娘を殺してやるよ。あわてることはない。急がないから、しっかり見ておけ。フリッツ・ミディア伯爵」
その場で見ていたカイルとレータは、この声に聞き覚えがあった。まさかと思いながら顔を見合わせる。
「僕らが行かなきゃ」
「うん、今すぐ!」
うなずきあって2人は変身する。
大勢の人がいるホールの中で、2人の人獣が立ち上がった。
「うわあ、また別な怪物が出た!」
逃げ腰で遠巻きに見ていた人々が、今度はカイルとレータを見て叫んだ。まだカイルとレータのことを知らない人もいたのだ。
しかしすぐに別な声が上がる。
「あれは人獣戦士だ!」
「帝国の兵士だ。我々の味方だ!」
みんなの反応なんかどうでもいい。ナタリアを助けたい。
それだけ考えて、カイルとレータはオークの方に少し歩み寄った。オークはナタリアを抱えたままこっちの方を見る。
「やっぱり来たか。カイルとレータだな」
と、2人の名前をはっきり口にした。
「まさか、その声は…やっぱり」
「フリーダのお父さん?」
オークは答える。
「そうだよ。俺は、パウルだ」
これは一体どういうことか。なぜパウルがオークの姿になっているのだろうか。




