6-3 替え玉作戦
次の日。長期休暇前の終業式が行われ、カイルとレータも教室の後ろの方に立って待機していた。
担任の教師の訓示が済むと、生徒たちは一斉に立ち上がって教室を出て行く。もちろんナタリア以外にも、使用人を引き連れて歩いて行くのが大勢いた。
3人が倉庫の前に来ると、執事が来ていた。
「お嬢様はここで着替えてください。寮のお荷物はもうメイドたちがまとめて回収しました」
ナタリアは物売りか小間使いの女性のような服装に着替える。
「ではそれぞれの馬車も用意してありますので、出発しましょう。お嬢様と我々はこちら。カイルさんとレータさんはあちらの貴族用の馬車にお乗りください」
ここで一同は2グループに分かれた。
「それでは、お2人は打ち合わせ通りの道でモスヴァンに向かってください。あちらでまたお会いしましょう。どうかお気をつけて」
「了解しました」
「カイル、レータ、またモスヴァンで会おうね」
こうしてカイルとレータは、いったんナタリアや執事たちのグループと別れた。
計画通り、カイルが御者を務め、レータは馬車の中に乗る。外から顔がわからないように、馬車の窓には内側からカーテンを閉めた。
カイルは左右に注意しつつ御者の役割をこなして馬車を進めて行った。さすがに人通りも多い帝都の市街地の中ではいきなり襲ってくるとは考えにくい。
帝都の都市圏を出ると、しばらくは田園風景である。農家がそれなりに並んでいるから、こういうところも襲撃には向かないだろう。
その先がしばらく森林地帯なので、来るとしたらそこを狙うのが一番自然だった。
森林地帯といっても主要街道が通るなどいろいろと開発の手が及んでいるので、クマやオオカミなど野獣は出なくなっている。しかし人間が潜むにはもってこいである。
回りが樹木だらけになってくると、カイルは極力耳を澄ませ、また匂いにも注意した。変身前でも聴覚や嗅覚は普通の人間よりははるかに利くようになっている。
カイルはふと思った。
(それにしても、権力のある貴族って大変だな。味方だけでなく敵も大勢いる。恨んでる人間だっていっぱいいるだろう。家族だってこんなふうにいつ狙われてもおかしくない。僕たちのような平民が一番気楽じゃないかな)
ここでカイルに、1つ疑問が浮かんだ。
伯爵やナタリアを狙いそうなのは、他の貴族だけだろうか。平民でも伯爵を憎んだり恨む者はいろいろいるのではないか。例えば、行方不明になったパウルは…。
いや、まさかパウルが伯爵やナタリアを襲撃したりするだろうか。近くに来ることすらできず、すぐ捕まるのが関の山だろう。
そんなことを考えていると、突然ヒュウッ…と何か風を切るような音が聞こえた。カイルにはそれが何かすぐわかった。
矢が一本飛んできて、馬車の扉に刺さる。いよいよおでましだ。
人間の足音が急速に近づいてくるのも聞こえた。10人ほどの覆面をした男たちが駆け寄ってくる。
カイルはわざとらしくあわてふためいて見せることにした。
手をばたばた振り回し、馬車から飛び降りて頭を抱えてうずくまり、「ひゃあ、助けて」とか「命だけはお助けを」などと叫んでみた。
馬車の中でレータはそれを聞いて、吹き出しそうになるのを必死で我慢する。
男たちはそのまま馬車を取り囲み、怒鳴りつける。
「死にたくなければ大人しくしろ」
「騒ぐんじゃない」
などと迫ってきた。
さらにそのうち1人が馬車に向かって
「ナタリア様。大人しくしていれば危害は加えません。我々と一緒に来ていただきましょう」
と声をかけた。
その声に応じて、レータが馬車の扉を開けて出てきた。
ナタリアの顔を知っている者が見たら、もちろんすぐ別人だとわかる。
それどころか、ナタリアの顔を知らない者が見たとしても、やはりすぐ別人だとわかるだろう。
レータにはどこにも貴族の令嬢らしさなんかなかったのだから。
「なんだ、こいつは?」
「ナタリアじゃないぞ?俺がいつか見た顔と全然違う」
「こんな下品な伯爵令嬢がいるか?」
その最後の一言でレータは激怒した。
「下品で悪かったね!私はどうせ田舎の村育ちだよ」
襲撃者のリーダーらしい男が応じる。
「替え玉か。つまらない真似をするもんだ。田舎からかわいい娘を探してきたんだろうが、全然似てないぞ」
ここでなぜかレータの機嫌が少し良くなったようだったが、もちろん男たちはそんなところまで見ていなかった。
「本物のナタリアはどこだ?」
「教えてあげない」
教えるも何も、ナタリアが今どこにいるかはレータも知らない。
「知らない」ではなく「教えない」と答えたのは、もちろん相手を引きつけて少しでも時間を稼ぐためだった。
「答えないなら痛い目に合わせてやるぞ。お前のからだに聞いてやろうか、田舎娘」
「奴隷として売り飛ばしてもいいんだぞ」
「おじさんたちが楽しいこと教えてやろうか?」
なんだかどこかで前に聞いたような台詞だなと思いながら、レータはカイルに目をやる。カイルがうなずいた。
レータはすぐ人獣に変身しようとしたが、ナタリアからせっかくもらった学園の素敵な制服が裂けたらもったいないと思って、いったん止めた。ていねいに制服のボタンをはずし、脱ぎ始める。
襲撃者たちは何か勘違いしてニヤニヤしながら見ていたが、その後の展開はもちろん彼らの期待したものではなかった。制服の下から毛むくじゃらの身体があらわれ、牙と爪が伸びていく。
「何だこいつ?」
「ば、ばけもん?」
「人獣だ!人獣戦士だ!」
カイルもいつの間にか変身して立っていた。
「やべえ、人獣戦士なんかじゃかなわねえ」
男たちは総崩れになってたちまち逃げようとしたが、それはかなわぬことだった。2人の人獣によってたちまちぶちのめされ、みんな全身が打撲傷だらけになって、横たわったりうずくまったりしてうめくばかりだった。
後で尋問するためということで、襲撃者は極力殺さないようにと伯爵や執事から指示されていた。
もちろんカイルもレータも最初から殺すつもりはなかった。捕まえることが最優先だし、敵を殺さないで済むなら殺したくないに決まっていた。
戦争で戦わされる時だっていつもそう思っていたのだから。
結局、襲撃者たちはある有力貴族に雇われていたことが判明した。予想どおりその貴族は伯爵の政敵で、いろいろと私怨も抱いていた。襲撃者も落ちぶれた貴族や軍人などが多く、中にはナタリアと多少面識がある者すらいた。
* * *
いずれにしてもナタリアは無事にモスヴァンの館に到着した。
お手柄のカイルとレータも後から顔を出し、伯爵からいろいろと褒美が与えられた。ついでにベルダ村にも下賜品が送られる。
「カイル、レータ、本当にありがとう」
館でナタリアは自分としてのお礼だといって、褒美とは別に2人にわざわざプレゼントをくれた。それは貴族が着そうな男女の外出着だった。あらかじめ2人の背丈に合うように仕立てて作っておいてくれたのだ。
館はちょうど何かの準備中らしく、使用人たちが忙しそうに調度品や置き物などを動かしているところだった。
「イベントの準備をしてるのよ」
と伯爵夫人が説明すると、レータは興味津々で
「何のイベントですか?」
と質問した。
「もうすぐわかるわよ。まあ、待ってて」
ナタリアに送られて2人が館を退出しようという時に、カイルは物凄く古い甲冑と変わった形の武具が玄関近くに仮置きされているのに気づいた。
やや短めの槍という感じだが、柄の片方だけでなく両端に、尖った穂、つまり剣型の部分がついた状態になっている。どちらの側からでも突き刺せるようになっているわけだった。
「変わった形の槍ですね」
「これはうちに代々伝わる品。ご先祖が魔族軍と戦った時に使ったんだって」
「何か凄そうですね」
「抗魔の槍とかいって凄い力があるって聞いたけど、ホントかどうかわからない。単なる古い槍じゃないかな」
ナタリアもよくわかっていない感じだった。
ともあれ無事に任務を達成し、カイルとレータは馬車に揺られて村に帰った。
第6章 終わり
いよいよ次の章がクライマックスになります。
お楽しみに!




