6-1 作戦会議
パウルがベルダ村から姿を消して、4ヶ月ほど経った頃のこと。
「ナタリアお嬢様がモスヴァンに帰省するんだって」
帝都から送られてきたナタリアの手紙を読んでいたレータがカイルに言った。
今や帝国学園の生徒になって帝都で勉強に励んでいたナタリアだったが、学校の長期休暇で久しぶりにモスヴァンに帰省する予定だという。
「ナタリアお嬢様、また会いたいなあ」
「ベルダ村にまた視察にでも来てくれればいいんだけど、忙しそうだね」
「私たちから会いに行けないかな」
「モスヴァンに?勝手におしかけるわけにもいかないよ」
「また何か用事を作って呼んでくれればいいんだけどな」
カイルとレータはもちろん平民で、貴族のナタリアとは全然身分が違う。
ただしまったく何の地位もないというわけでもなく、名目的には伯爵付の武官という職名を与えられていた。伯爵の指示に従って各地の戦争に参加し、帝国の軍隊をサポートする。
とはいっても軍隊に兵士として所属しているわけではなく、上司はあくまで伯爵である。伯爵が指示したときだけ、軍隊に助っ人として手伝いに行く。そういう立場だった。
なぜ2人は軍隊に正式に入った形にはなっていないのだろうか。もちろんそれは、伯爵の思惑だった。
伯爵は、あくまで2人を自分の手持ちの駒のような立場にしておきたかったのである。
伯爵にとっては、自分が人獣戦士2名を直接動かせるということが一番重要だった。それこそが、伯爵の政界での権勢や声望にもつながっていたからだ。
2人をを軍隊にみすみす譲るつもりはなかった。
そういう伯爵の思惑は、レータはともかくとして、カイルの方は薄々気がついていた。しかし気がついたからといってもちろんどうということもない。
カイルやレータとしても、軍隊に所属させられるよりは、伯爵の手駒扱いの方が、まだ都合がよかった。特に指示がない限りは、村にいて普通に生活していれば良かったからである。
軍隊に正式に所属してしまっていたら、常に戦場か兵営にいなければならないことになる。
そういうわけで2人は、伯爵付の武官という肩書で、伯爵家、ひいてはナタリアにも関係がある立場にはなっていたが、それでももちろん私的に気軽に会えるというわけではなかった。
* * *
ところが、ここで新たな問題が持ち上がった。
ナタリアの帰省の予定の日が近づいてくると、反伯爵派の貴族による陰謀の情報が流れてきたのである。
ナタリアに危害を加えるか、あるいは何らかの恥辱を与えるかで、伯爵家の声望を貶めようという動きがあるというのだ。
伯爵は広く尊敬されていたものの、剛直な性格で思ったことは堂々と言うタイプの人物だった。とりわけ人獣戦士を産み出すことに寄与し、帝国のために多大な貢献しているということで、伯爵の発言力は高まっていた。
そういうこともあって、最近はあちこちで対立を起こしていたため、政官界では伯爵をよく思わない者も増えてきていた。
伯爵に不正を指摘されて失脚したり面目をつぶされたりして逆恨みする者もいた。そういう連中なら何か策謀をしたとしても不思議はなかった。
特に心配なのは、ナタリアが帝都からモスヴァンに帰省してくる途中の道筋だった。
学園の寮にいる間はかなり警備が厳重だから良いが、学園から外に出て移動している時が問題だった。
ナタリアの身辺に護衛をつけるという手はあるが、あまり大人数を割くことはできなかった。伯爵ともなれば、あちこちに警備の人員をおかねばならなかったからである。
特に肝心の伯爵家周辺が手薄になれば、そちらを襲撃される可能性も考えられた。そうなっては元も子もない。
しかも帝都からモスヴァンまでかなり距離がある。どこで何が起こるかわからない。
伯爵はいつぞや夫人が言ったことをふと思い出した。カイルとレータにナタリアのボディガードをやってもらったらどうか、と。
あの時は一笑に付したが、今は真剣に考える価値がある話だと思った。
人獣戦士の活躍もあって、今は敵国との紛争は小康状態で、大きな衝突は起こっていない。当面は人獣戦士を前線に回してくれという声が上がることもなさそうだ。今なら大丈夫ではないか。
* * *
ある日、伯爵夫妻は執事ほかわずかな数の使用人を連れて、お忍びでベルダ村を訪れた。
「伯爵様。わざわざ村においでになるとは。ご指示いただければこちらから参りますのに」
と村長が恐れ入ったが、伯爵は言った。
「今回は公の仕事のことではないんだ」
「とおっしゃいますと」
「伯爵家としての私的な相談というか、内々にお願いしたいことがあってね。それでこっちから出向いた」
伯爵は事情を説明し始める。
* * *
「え、私がナタリア様の替え玉に?」
村長の屋敷に呼ばれたレータは、驚いて大声を出した。そこにいたのは村長、伯爵夫妻、執事、後はカイルとレータだけだった。非常に珍しい組み合わせである。
「そう。お願いできるかな」
伯爵が言うと、伯爵夫人も
「是非やってもらいたいの」
とつけ加えた。
「ナタリア様と私は全然似てないんですけど…」
「似てなくても問題ない。ナタリアが帝都からモスヴァンの館に帰省するまでだけだ」
しかしカイルも
「でも、似てないのに替え玉ができるんでしょうか」
と疑問を投げかけた。
そこで、執事が詳しく事情を説明し始める。
「お嬢様は帝国学園で馬車に乗って、そこからモスヴァンにいらっしゃいます。最初からレータさんには替え玉として入れ替わっていただくことを考えています。基本的に馬車の中にこもっていればいいので、似ている必要はありません。外からはまずわかりませんからね」
「その間、ナタリア様本人はどうするんですか」
とカイルが聞く。
「そこが一番重要です。わからないように別な馬車に乗って、別ルートで移動します。見かけ上は貴族の令嬢が乗りそうにないような馬車を使います。護衛として、別な馬車も同行します。
逆にレータさんの馬車は、いかにも貴族用という感じの豪華な馬車を使います。できるだけ目立つようにしますよ、敵の眼から見てもはっきり目立ってもらって、おびき寄せるため」
「なるほど。替え玉というか、おとりですね」
するとレータは
「え、できるだけ私が本当に敵に襲われた方がいいってことですか?」
と言って少しふくれた。
「何も起こらないに越したことはありませんが、伯爵様としては、政敵をあぶりだしたいという考えもお持ちです」
「で、僕は何をすれば?」
「カイルさんは御者をやっていただきます。馬は扱えますよね」
「もちろん村で馬に乗った経験はありますから、大丈夫と思いますが…。結局、馬車には僕とレータの2人だけしかいないってことですか」
「人獣戦士のお2人だけになっていただきます。他の者がいると、いざというとき足手まといになる恐れがあるでしょう。敵が襲ってきても、お2人だけなら何も遠慮せずに思い切り暴れられますよね」
こういう言い方を聞くと、何とも複雑な気分になった。
「大体の計画はわかりました」
とカイルは言った。後は具体的な進め方をどうするか、である。
「それで僕たちは、どんなふうにナタリア様と合流すればいいんでしょう?レータはどこでどうやってナタリア様と入れ替わるんでしょうか?」
従者はてきぱきと説明していく。いろいろな手配はかなり進んでいるようだ。
「もうすぐ長期休暇前の終業式の日が来ます。その前日に、お2人は帰省を手伝うために来た従者ということにして、学園でお嬢様に合流してもらいます。もう学園には話はつけてあります。
そして終業式が終わったら、こっそり入れ替わるわけです」
* * *
ともあれ、打ち合わせが終わって館に帰る馬車の中で、ユリアナ夫人は伯爵に言った。
「あの子たち、なんだか自分の身内の子のような気がしてきたの。素直でかわいいわね。ハンスと同い年だし」
「ああ、それはわかる」
「いろんな苦労を経験してきた強い子たちなんでしょう」
「おいおい、そんなこと安直に言うもんじゃないよ」
2人が苦労や辛酸を味わってきた大きな原因の一つは、ほかならぬ伯爵自身だったから、夫人の言葉に乗る気にはならなかった。
伯爵の脳裏に、あの薬を飲ませた光景、さらに動かなくなった4人の少年少女が横たわっている場面が一瞬よみがえった。
夫人はいつか言ったのと似たようなことをまた繰り返した。
「ああいう子たちがナタリアと一緒にいてくれたら、本当に心強いわ。今回だけじゃなくて、ずっとボディガードとか従者とか、一緒にいてくれないかしら。私もかわいがってあげられるし」
ハンスを失った心の空白、村の子どもたちに強いた犠牲への罪の意識、素朴でまっすぐな平民の少年少女への好感、ナタリアを守り支えてくれそうな者への期待、そういうものが夫人の中で全部混ざっているようだった。




