5-4 落胆と慟哭
* * *
「フリーダが死んだ?」
パウルは叫んで椅子から立ち上がった。
村長の屋敷の中に連れてこられて、話を聞いていたのだった。
「ああ、2年ちょっと前のことだった。」
「…村が襲われたのか?戦争で敵兵にやられた?」
「いや、そうじゃない。」
「じゃあ、何だ。病気か?災害?」
「それとも違う」
「強盗に襲われたのか?」
「いや」
「なら一体何なんだ?なんでフリーダが死んだんだ?」
パウルはいらだってきた。村長は真実を言うしかないとは思っていた。
「…その、何というか…事故に近いというか」
「事故って、何の事故だ」
「パウル、お前さんは人獣戦士のことはもう知ってるな」
「もちろんだ。敵の国ではずっと噂になっていたし、俺たちを助けてくれた帝国軍の部隊に2人もいた」
「人獣戦士になったのが誰か、知ってるか?」
「そんなの俺が知るわけないだろう。一体何の話をしてるんだ?フリーダのことを教えろよ。」
「ちょっとまず聞いてくれ。人獣戦士は、うちの村のカイルとレータだ」
「ちょっと待ってくれ。話が見えない。カイルもレータも普通の子だろ?なんで人獣戦士なんだ」
「2人が人獣戦士に変身して、戦争で戦ってきたんだよ」
「何言ってるんだ、俺が村にいた時はそんな話はなかったぞ。特にカイルはおとなしい奴だろ。そんな子が人獣になって暴れるのか?」
「ここからが肝心なところだ。フリーダにも関係することだから、よく聞いてくれ。カイルも、レータも、もちろん最初は普通の子どもだった。後から人獣戦士になったんだ」
「後から?そんなことができるのか?」
「伯爵様のところの魔法医師が、その術を発見した。何でも古代の禁断の秘術ってのがあるらしい。外国から伝わったとかいう噂も聞いた」
「…言われれば確かにそんな話は聞いたことがある。敵国でも似たような術を研究しているという話だ。それは軍に報告したよ。…それで?フリーダとどう関係がある?」
「2年前、孤児院の14歳の子ども6人が連れて行かれた。その術をかけて、人獣戦士にするためだ。14歳の子どもに限るらしい」
「2年前に14歳?それじゃあ…フリーダは」
「そうだ。フリーダもその時は孤児院にいた。お前さんが死んだとみんな思っていたからな。だからフリーダも、伯爵様のところに行く中に入っていたんだ」
「…まさか…それで…」
パウルの顔から血の気が引いていく。
「その6人の子は、みんな人獣になるための禁断の秘術を受けさせられた。6人のうち、術がうまくいって生きて村に帰ってこれたのは、カイルとレータだけだった。
原因はよくわからないが、残りの4人は亡くなってしまった。術が体質に合わなかったとかの問題があったのかも知れない。亡くなったのはエリック、トマス、ミリア、フリーダだ。お墓は教会にある」
パウルは一気に虚脱して全身から力が抜けたようになった。地面が崩れ落ちるような気分だった。
しばらくしてからパウルは言った。
「1つ聞きたいんだが」
「何だ?」
「もしもフリーダが、孤児院ではなく俺たちと一緒に暮らしているままだったら、伯爵様に連れて行かれたか?」
「それはなかっただろう。孤児院にいる子どもだけだって伯爵様は言っていたから」
と村長は言った。
「そうか」
さらに少しの間考えてから、またパウルは口を開く。
「なあ。要するに孤児院の子なら死んでも構わないって思ってたんだろ?伯爵様も、お前さんたちも。家族がいないから誰も悲しまないだろうって」
「そうじゃない。孤児院の子は、人一倍戦争や災害で苦労してきた。だから世の中に役立つ力をつけたがるだろうっていう話だった。俺たちも詳しい話は聞かされなかったが、強い力を身につけられるとか、そんなことを言って子どもたちを連れていった」
パウルは空笑いをした。
「あはははは。村長、お前さんそんな話を本気で信じてたのか。いや、信じたふりをしたのか」
「パウル…」
「そりゃ、そういう考えも伯爵様には多少はあったんだろうさ。嘘ではなかったんだろう。でも普通に考えてみろよ。こういう時は悲しむ家族がいない奴を先に使うだろ。たとえば、神様や魔物に生け贄を捧げるような場合を考えてみろ。どんな奴を先に差し出す?」
村長は、言っていいかどうか迷っていた台詞を口にした。
「パウル、1ついいか。もしも人獣の術がなかったら、誰も人獣戦士にはならなかったんだぞ」
「それで?」
「人獣戦士がいなければ、お前さんたちは生きては帰ってこれなかったんだ。それだけじゃない。人獣戦士になったカイルとレータが戦ったり働いたおかげで、多くの人間の命が救われてきたんだ」
パウルは少し考えてから言い返す。
「それがどうした。俺があのまま救われず敵国で死んで、その代わりにフリーダが生きられたんなら、俺はその方が良かったよ。人獣戦士なんかに助けてもらえなくて良かった。フリーダが生きていればそれで良かった」
パウルはますます激高し、涙声になった。
「女房が死んで、俺はフリーダにまた会えることだけを心の支えにして生きていた。いや、また会えなくてもいい。フリーダが無事に生きてさえくれたら、俺はあのまま外国で死んでも全然構わなかったんだ。俺は一体何のために帰ってきたんだ。俺が助からないことでフリーダが助かるんだったら、俺はそっちを選んだのに…」
* * *
それからしばらくの間、教会の裏庭の墓地でフリーダの墓の前にしゃがみ込んでいるパウルの姿を村人達は毎日眼にした。
まったく仕事もせず無気力になっているので、マルカおばさんは心配して時々食べ物を届けたりした。
カイルとレータも墓地にいるパウルの姿を見て相談し合った。
「私たちに何かできることないかな。カイルはフリーダと仲良しだったでしょ」
「お父さんにもいろいろよくしてもらっていたよ」
「声をかけたらどうかな」
「でも、同じ歳の僕らが近づいたら、もっと思い出してつらくなるかも」
「だからって何もしなかったら、もっと良くないような気がするの」
少し悩んだ挙げ句、2人で声をかけることにした。
「フリーダのお父さん」
「…カイル、レータ」
無気力にパウルは答えた。しかし少しして、付け加えた。
「お前たちのおかげで俺は助かったんだよな。ありがとう。礼は言っておく」
「いえ、どういたしまして」
「でも、こんなこと言ったら失礼だけど、フリーダがいなくなっちまったからな。残念だけど、俺は喜べない」
「…はい」
「ごめんな。お前たちの問題じゃないんだけどな。とにかくお前さんたちには感謝してるよ」
しゃべっているうちにパウルは少し気力を取り戻した感じだった。
「フリーダが死ぬまでの間、どんな感じだったか、何を見てどんな目にあったのか、教えてくれないか?お前さんたちだって、もし何かの巡り合わせがちょっと違っていたら、今生きてなかったかも知れないんだろ?」
カイルとレータは、伯爵の館で起こったことを事細かに説明した。
一通り聞いてからパウルは言った。
「よくわかった。ありがとう。お前さん達だって、フリーダみたいに死んでお墓に行っていても不思議じゃなかったんだな。たまたま運が良かっただけなんだろう」
その上で、こうも言った。
「戦争や災害はいくらでも起こっている。家族を亡くしたのは俺だけじゃない。似たような奴はごまんといる。それはわかってる。人獣戦士みたいなのを作れば、少しは助かる奴も増やせる。それもわかる。
でもやっぱり、どうしても納得できないんだ。父親の俺が村にいたら、フリーダは孤児院にはいなかった。つまりフリーダは、伯爵様に連れて行かれなかった。お前さんたちには失礼な言い方で、申し訳ないけどな」
「…」
「どうしても誰かが生け贄みたいに術をかけられなきゃいけないんだったら、いっそくじ引きで平等にやってほしかったな。孤児院の子でも、家族のいる子でも、貴族様の子でも、みんな平等。それでフリーダに当たったんだったら、まだ諦めがつく。そもそも俺がもう死んでいたんだったら、それはそれで仕方ない。俺が生きていたのに孤児扱いで連れていかれたのが、一番悔やまれるんだ」
さらにこうも言った。
「だいたい貴族の子はこういう目に合わなくて済むってのも納得いかないよな。伯爵様には息子さんと娘さんがいたんだっけな」
「ハンス様という僕らと同じ歳の息子がいたんだけど、僕らの術のすぐ後で亡くなったって」
「え?死んだのか?」
「よくわからないけど急病だとか」
「タイミングが良すぎるな。まさかバチが当たったんじゃないだろうな。いや、こんなこと言う方がバチあたりか」
「後はナタリアというお嬢様が1人だけ。僕らより1歳下くらいだよ」
「そうか」
パウルの眼の中で何かが光った。
「まあ、声かけてくれてありがとう。俺が助かったのはお前さんたちのおかげだ。それは本当に感謝してるからな」
多少安心してカイルとレータは墓地を後にした。
ところが数日すると、パウルは村から姿を消してしまった。村人達はあちこち探し回ったがまったく行方がわからない。まさか娘を失って絶望して身投げでもしたのかとも心配されたが、そういう痕跡もなかった。
カイルとレータは村長たちと相談して、以前ベアタを捜索して山に行った時のように、人獣に変身して匂いを頼りにあちこちを走り回って探索してみたが、わからなかった。恐らくパウルは相当遠くに行ってしまったのだろう。
「敵の捕虜から救出されて帰還した村民1名が行方不明になった。もし見つかったら直ちに送り返されるよう手配願いたい」
そういう報告書を村長はモスヴァンの役所に提出した。
第5章 終わり
次の第6章は、重く硬めだった第5章などに比べると、一転して珍しく軽い感じの部分になります。気軽な気分でお読み下さい!




