5-1 海戦
今回の任務は、今までとはまったく違っていた。
戦いの場所は辺境伯領どころか帝国領ですらない、北西部の沖合に浮かぶ敵国の前線の小さな島だった。
この島に敵国は最近になって港湾や軍事施設を完成させ、かなりの規模の艦船を備えて帝国領への攻撃を繰り返している。さらに友好国である都市同盟と帝国との航路も脅かしていた。
帝国側もこの島を攻撃して、敵の施設や艦船に大きな打撃を与えたいと考えていた。
できれば島の占領まで行けるのが望ましかった。ただどこまでやれるかは、あまりにも不確定要素が大きい。
さらに帝国の艦船は、あちこちの広い地域に展開させて敵に対応しなければならない状態であり、この島の攻撃だけにそれほど注力できるわけではない。
このようにいろいろな制約があって、現状はなかなか難しい状態だった。
人獣戦士のカイルとレータも参加させることで、少しでも帝国軍を強化して作戦を前向きに進められないかと伯爵や帝国軍は考えたのだろう。
辺境伯領は海には直接面してはいない。その北東にある帝国の直轄州の沿岸が、敵の島と対決する拠点になっていた。
カイルとレータは、今回はモスヴァンを経由せず、直接にその直轄州の拠点に連れてこられた。
帝国軍の陣地がものものしく展開している。もちろん帝国軍といっても、それぞれの直轄の州や貴族の領地から集められた軍の寄せ集めだが、辺境伯領の守備隊よりもどこか豪華で強そうな感じがした。
陣地に入ってきたカイルとレータの姿を見て、帝国軍の兵士たちは注目して
「何だ、この子どもたちは?」
「ガキが何の役に立つんだ」
などとざわめきだした。
しかし司令官が
「ミディア辺境伯領から、人獣戦士の少年と少女にも来てもらった。みんな人獣戦士のことは聞いているだろう」
と説明すると、一同はかなり静かになった。
それでも例によってレータをじろじろ見て
「この女の子、かわいいなあ」
「よせ!喰い殺されるぞ。あいつはケモノ娘だ」
とか心ないことを言っている者たちはいた。
どこでも似たようなものだとレータとカイルは思った。
さすがにこの頃になると2人ともこういうのにはすっかり慣れっこになっていたので、もう腹を立てる気にもならなくなっていた。
もちろんこの陣営でも、2人は人獣の姿に変身してずっと過ごすことにした。普通の少年や少女の姿のままで、血の気の多いぎらぎらした大人達の中にいるのは怖すぎる。
そうこうするうちに、他の各地からも続々と兵員が集結してきた。
そしてカイルとレータが着いてから1週間後の朝、いよいよ総攻撃が開始されることになった。
10隻の堂々たる大型帆船によって兵力を運び、島に上陸するという作戦が立てられた。
本当ならもっと多数の船を集めて大艦隊を編成したかったのだが、他の地域を手薄にするわけにもいかない。
当面は10隻がすぐ使える現実的な数字というわけだった。
出航の準備を終えて、帆船が次々に船出して行く。カイルとレータは前から2番目の船に乗り込んでいた。
甲板で荷物を運ぶ仕事を手伝いながら、レータは
「海って本当に大きいね。きらきら光ってまぶしいな」
と言った。
カイルは
「なんか船がかなり揺れて変な気分だ」
と答える。
「何つまらないこと言ってるの」
とレータが苦笑いすると
「だって本当に揺れてるじゃないか。レータは平気なの?」
とカイルが言い返した。
実際、レータの方は船の揺れが平気なようだった。
「戦争なんかじゃなくて、旅行か何かで船に乗りたいな。ねえカイル、そう思わない?」
「僕らの知らない世界がいっぱいあるんだよね。一緒に船に乗ってあちこち旅してみたいな」
「うん」
2人とも海の上で船に乗るのは初めてだった。というより海を見ること自体が初めてだった。海のない辺境伯領で生まれ、山や森や野原を走り回って育ってきたのだから当然のことだった。
湖や川でなら泳いだことはあるし、そこで舟に乗ったこともあるが、海の上で大型の帆船に乗るのは初めての経験だったのである。
カイルの言った「一緒に船に乗って」という言葉の"一緒に"というところがレータの心に妙に響いた。
カイルと2人で船に乗って知らない世界に旅する情景を何となく思い浮かべる。
そんなふうにしてしばらく進むうちに、次第に島影が見えてきた。
「上陸したら思い切り暴れ回ろうぜ。敵の奴ら、びっくりするだろう」
「金目のものがあったらたっぷりいただきたいね」
「小さな島だろ。大したもんはないよ。敵の兵隊がいるだけだろ」
「じゃあ手柄を立ててご褒美狙いだな」
などと兵士たちは次々に強気の発言をしている。
しかしさらに島が近づくにつれてそこに見えてきたのは、敵の大型船の艦隊だった。
その数はおよそ20隻で、こちら側の倍もある。
「敵だ!敵の船がいっぱい来ているぞ!」
「ばかな!あんなに多いなんて」
と船内から次々に声が上がる。当初見込んでいた数よりはるかに多かった。
明らかに作戦上の判断ミスだったが、もう取り返しはつかない。
敵艦船が近づいてくると、まず投石機が大きな石を次々に飛ばしてきた。さらに焼夷弾のようなものや火矢までが降り注ぎ始める。
敵の艦船は迎撃のための飛び道具の装置を多数備えたものばかりだった。いつでも帝国側が襲ってきてもいいように十分な準備をしていたのだろう。
帝国側の船も反撃したが、敵側の想定外の多さに圧倒され、損害がどんどん拡大していく。
敵の火矢や石が雨のように降り注ぎ、とうとう炎上して沈没する船が出始める。
カイルとレータの乗っていた船も敵の攻撃で既に大きなダメージを受けた状態になっていた。
艦長は狙い撃ちされて既に死亡し、船員たちが何とか態勢を立て直そうとするが、容赦なく敵の石や矢が飛んでくる。
さらに船内で火の手が上がり始めた。
「船が燃えてるぞ!」
誰かが叫ぶと、船内はパニック状態に陥った。
「逃げろ!」
「飛び込め」
我先にみんな海に飛び込んで行く。
「落ち着いて!あわてないで。火をまず消そう」
とカイルが叫んだが、もう誰も聞いていない。
敵の艦船は離れたところから一方的に飛び道具を撃ち込み続けるばかりである。敵の兵士が乗り込んできて白兵戦や格闘をするわけではない。
こんな状態では、人獣戦士の力も発揮しようがない。船の上で呆然とするばかりだった。
船にどんどん火が回ってくると、いよいよカイルとレータも海に飛び込むしかなくなった。
海に飛び込んで浮かんだ兵士たちは、敵船から飛んでくる弓矢の餌食になるか、力尽きて溺れていく。
カイルとレータが波間に漂っているのを見て、少し離れたところでもがいていた兵士が
「人獣戦士!助けてくれぇ!」
と叫んだ。
2人はハッとしたが、何もできないうちにその兵士は沈んで行った。
レータは泣きそうになって顔をそむける。
カイルは逆に、兵士が溺れたあたりをぼんやりと眺めるばかりだった。
戦いで敵兵を殺すのにはもう慣れていたが、目の前で味方が死んでいくのを助けられないのはやはり精神的に辛かった。
カイルとレータは、お互いが離れないように手をつなぎ合って浮かんでいた。
そこに、敵船の投石機が打ち出したこぶし大の石が飛んできてレータの頭に当たった。
人獣戦士の強化された肉体はそれくらいでは大した怪我にはならないが、さすがに打撃で一瞬頭がふらついた。その勢いでレータは海水を飲み込んでしまった。
「ぐは!」
ふらついて溺れそうになったレータをカイルは慌てて支え、泳いで行く。
人間離れした体力のおかげで、何とかその場を切り抜けることができた。
帝国の艦隊10隻のうち撤退できたのは2隻だけだった。カイルとレータもそのうちの1隻に途中で拾ってもらい、乗り込んで元の沿岸に戻ってきた。
「レータ、具合はどう?」
甲板で横たわって休むレータに、横で座ったカイルは声をかける。
「もう大丈夫」
「それは良かった」
「カイルが支えてくれてたから、ずっと不安はなかったよ」
そう言われてカイルは少し顔が赤くなった。
あおむけに寝ているレータと座っているカイルは手を握り合っていた。
2隻の船はようやくのことで帰り着いた。
結局この攻撃作戦は、1000人近くの兵士を失って、惨憺たる失敗に終わった。




