4-6 伯爵家の事情
伯爵夫妻はナタリアをかわいがっていた。
特に息子のハンスが亡くなった後は、夫妻に残されたたった1人の子どもだったから、本当に大切にしていた。
といってももちろんむやみに甘やかしてわがまま放題させたというわけではない。
本人のためだけではなく、伯爵家、ひいては辺境伯領のためにもナタリアの将来を真剣に考えていたのである。
ゆくゆくはできれば有力者の息子と結婚させて、そのうえでこの辺境伯領もしっかり受け継がせる方策をいろいろと考えていた。
そのためには帝都の帝国学園に入学させて交友関係を作るのが一番手っ取り早いと思われたので、学業も運動も、剣術や馬術に至るまで真剣に勉強させた。
それだけではなく、日頃からより統治者にふさわしい教育をするべく、帝国の政治情勢から身近な領地の事情まで学ばせるようにした。
その流れの中で、伯爵はある時、ベルダ村のカイルとレータという少年少女が人獣に変身する能力があること、その力で辺境伯領、ひいては帝国を支えることが期待されていることをナタリアに説明した。
遅かれ早かれいずれは立場上知っておいてもらわないといけないことだったからである。
もちろん、ハンスの死の真相や4人の子どもの犠牲などの事情については伏せていた。
ナタリアはそういう話を聞くと、何の屈託もなく、
「一度お目にかかってみたいわ。すばらしい能力なんでしょう。獣に変身して人々を守るために戦うなんて、すばらしい。私に近い年頃の子なのよね」
と答えた。
実際、本当に心の底からそう考えていた。
カイルとレータが戦場で手柄を立てたという情報が伝わってくると、ますますナタリアはカイルとレータに会ってみたくなった。
「しかしあくまで平民だからね。私は立場上会わねばならないこともあるが、お前が気軽に会うようなもんでもないだろう」
伯爵はそういったが、ナタリアは相変わらず会いたがった。
これは、まだ自分と近い世代の友達があまりいないということもあったのかも知れない。辺境伯領で育ったおかげで、ナタリアは同世代の貴族の少女に知人友人はまだ多くはなかった。
一方、伯爵夫人としても、ナタリアと人獣戦士の直接的なつながりを作っておくことは何かと安心なように感じられた。しかも人獣戦士になったのは、ハンスと同い年の少年少女である。自分自身もよそごとのようには思えなかった。
ハンスを失って、ナタリアしか残っていない。少しでも危険から守る手段を増やせるならそれにすがりたかった。
一方、伯爵自身の思惑は別なところにあった。
カイルとレータはベルダ村、辺境伯領、そして帝国にとって有力な戦力だったが、それと同時に伯爵自身にとっての権力の要素でもあった。魔法医師をバックアップして、人獣戦士のただ2人だけの成功例を実現させたのは他ならぬ伯爵であり、そのこと自体が伯爵の名望を高めた。さらに伯爵と人獣戦士と間に、単に領主と領民とか、上司と部下の関係にとどまらず、親しい絆のようなつながりを作っておくことも、非常に政治的に有利に働くと考えられた。
特に人獣の術の成功率があまりに低いことが判明したため、あの後は新しい人獣は作られていないので、2人は貴重で希少な人材だった。
ともあれ2人と個人的にも親しくつながっておくことで、2人は伯爵自身の武器のようになるはずだった。
伯爵家の側にはこういう3人なりのいろいろな思惑や事情があって、異例ではあるが平民のカイルとレータを招き、家族そろって会食することになったわけである。
* * *
ともあれ早めの夕食会が終わった後、馬車の準備ができたので、カイルとレータは挨拶して退出し、ベルダ村への帰途についた。
「ナタリアお嬢様って素敵よね」
「きれいだよなあ」
「あら、気になる?」
「そんなことないよ」
「滅多にお目にかかれない方よねぇ」
そんなたわいのない話を馬車の中でして、2人は笑い合っていた。
* * *
ところがその数週間後、2人はまたしてもナタリアと顔を合わせることになった。
なんとナタリアがベルダ村に視察に来ることになったのだ。




