4-5 伯爵の食事会
そんなある日のこと、カイルとレータは再びモスヴァンの伯爵の館に招待された。伯爵の指示に従って戦場で軍隊の助っ人をやってお手柄を挙げたのだから、遅ればせながら慰労会をやりたいということだった。
迎えの馬車に乗せられて、久しぶりに館に来た。あの人獣の秘術を受けさせられた時以来である。
中に入ると、まず多少はきれいな服を貸し与えられて着替えることになった。さすがに普段の村の生活で使っている腕や腿がむき出しの衣服のままというわけにはいかない。
使用人に案内されて2人が廊下を歩いて行くと、自分たちとあまり変わらない年頃の上品な女の子がメイドと一緒に歩いているのに出会った。
初対面だったが、この女の子が伯爵令嬢のナタリアだということはすぐわかった。気品というか育ちの違いが伝わってくる。
2人は何ということもなくお辞儀をしてやり過ごそうとするが、何とナタリアの方から声をかけてきた。
「こんにちは」
声をかけられるとは思ってもいなかったので2人はびっくりしながら挨拶を返した。
「こ、こんにちは…」
ナタリアは屈託のない笑顔で話しかけてくる。
「初めまして。私はナタリア・ミディア。伯爵の娘です」
「カイルと申します」
「レ、レータです」
「あなたたち、お兄様と同い年なのね。話は聞いたわ」
「ハンス様のことですね」
「そう。お兄様は急病で亡くなってしまったけど、何かあなたたちが他人のように思えなくて」
どう答えていいかわからず、「それは恐れ入ります…」などと曖昧なことをいいながら、何となくニコニコ顔で2人はうなずくしかなかった。
「お忙しいところ邪魔してごめんなさいね。それではまた」
とナタリアは言って、メイドとともに去って行った。
2人はそのまま伯爵の部屋に通された。
「ご苦労様だったね」
と伯爵が声をかける。
「大活躍で手柄を立てたそうじゃないか」
初めての戦争で敵を殺したことについてそう言われるのは複雑な気分だったが、伯爵から見れば当然大活躍、大手柄ということになるのだろう。
とりあえず「もったいないお言葉です」とだけカイルが答えた。
「この後は、君たちは当面はベルダ村にいたまま普通に暮らして構わない。
知ってのとおり、我々はベルダ村まで軍隊を駐在させる余裕がないのだ。全体に南部は守りが手薄になっている。
君たちがベルダ村にいてくれれば、かなり心強い。その周辺も含めて外部からの侵入に対して牽制できると思う。ただ、必要に応じてまたあちこちに遠征してもらうことはあるだろう」
「はい」
「先日のお手柄の戦いから時間が経って、ちょっと遅くなったけれど、食事でもと思ってね。今さらながら、ささやかな慰労会ってところだ」
カイルは少し疑問に思った。何で伯爵はいちいちここまでいろいろとやってくれるのだろうか。別に伯爵が構ってくるのが面倒で嫌だというのではないけれど、自分たちは優遇されすぎなのではないかと思う。
人獣戦士として戦争で活躍したとは言え、ただの平民である。身分違いなのに、なぜ伯爵がじきじきに関わって世話を焼きたがるのだろう。前回来たときは、ここで人獣の秘術を受けたのだから、呼ばれたのはある意味当然である。しかし今回はやけに扱いが良すぎるように感じられた。
「1つだけ質問してよろしいでしょうか。」
「うん?」
極力失礼にならないように気を配りながら、カイルは尋ねる。
「伯爵様、なぜ僕らにここまでよくして下さるんでしょうか。ただの平民の僕らに」
伯爵は笑って答えた。
「そうだね。君たちを見ていて何となく息子のことを思い出したからかも知れない。身勝手なことかも知れないが」
「ハンス様ですね。お若いのに残念な…」
とレータが言う。
ハンスがどういう事情で世を去ることになったのか、もちろん2人は真相を知らない。
そこに執事が夕食の準備ができたことを告げに来た。
「それでは、大広間に行こうか。君たちがあまりテーブルマナーに慣れてないことは承知している。そんなに緊張しなくてもいいよ」
大広間に入ると、なんと伯爵夫人とナタリアも席についていた。
「紹介しよう。家内と娘のナタリアだ」
「さきほど廊下でちょっと顔を合わせましたね」
とナタリアが言う。
伯爵夫人も半年以上前にハンスと一緒にいたところで少し会ったことがあったことを2人は思い出した。
当たり障りのない会話をしながら食事は進んだ。
「娘はもう少しして15歳になったら、帝都の帝国学園に入学する予定なんだ」
「そこで魔法なども勉強させるつもりなのよ。親元を離れるのが少し心配だけど」
夫妻が誇らしそうに言う。ハンスがいなくなったから、なおさら大切にしているのだろうということは2人にもわかった。
(同じ女の子でも、私とは住む世界がえらく違うんだな)
とレータは改めて思う。
ナタリアは逆に村の話を興味津々で聞いてきた。農作業とか、村祭りとか、季節の移り変わりなど。
「そういえば、2人が変身したところって私は見たことないわ」
ふとナタリアが言った。
「人獣戦士って、一度見てみたいな」
と、大胆なことまで言い出す。
カイルとレータは「見世物じゃありません」と言い返しそうになったが、もちろんそんなことを言えるわけもなく、曖昧な苦笑いの表情を浮かべるしかなかった。
ところがそれに続いて夫人がもっと意外なことを言い出した。
「本当は、できれば2人にはナタリアのボディガードをやってもらったらすごく安心なんだけれど」
ボディガード?ナタリア様のそばで?
これはレータの表情が真っ先に反応した。
令嬢のボディガードをやれというのなら、悪い話ではない。むしろレータにしてみれば大歓迎と言いたいくらいだった。
(ナタリア様のおつきのボディガードなら、いつも上流階級の行くような、感じのいい場所だけついて回ればいいよね。…戦場であんな殺し合いなんかやらないですむし。
どう見てもボディガードの仕事の方が割がいいなあ)
素直にレータはそう考えて、思わず「いつでもやれます!」と叫びそうになった。
しかしそんなレータの思いは、たちまち出鼻をくじかれて現実に引き戻された。
すぐに伯爵が夫人に釘を刺したのだ。
「それはちょっと無理だよ」
「あら、無理かしら」
「2人はもっと大きな役割があるんだ。村での仕事もあるし、さらに国全体のためにも役に立つのが任務なんだ。うちで独占するわけにはいかないよ。無理言ったらダメだよ」
カイルも似たようなことを考えていたので、ボディガードなどどうせ実現しないだろうと踏んでいた。 がっかりしたレータと最初から冷めていたカイルは対照的だった。
とは言え、レータもいろいろと考えをめぐらせた。
ひょっとしたら2人を食事の場に誘うことは夫人の方が乗り気だったのかも知れない、とも思った。
今すぐは無理でも、いずれはナタリアを守る仕事を担当させられないだろうか。それに備えて今から結びつきを作っておきたい。
母親ならそう考えてもおかしくない。
親は子を何が何でも守ろうとするものだ。かつてガリエル村が襲撃された時、レータの親がレータを地下室にすぐ隠れさせたように。




