4-3 ケモノ娘
後に残された敵兵は死者と重傷者たちだった。負傷して苦しんでいる者たちにはみんなとどめを指すように指示があった。敵の負傷者をわざわざ治療したり、捕虜にして飯を食わせたりなどしている余裕はない。
味方の兵士たちが動けない相手を次々に殺して行くのを、レータとカイルはぼんやり見ていた。
1人だけ10代半ばに見える少年兵がいた。肩から血を流して苦しんでいたが、それほど重傷でもないように見える。
「た、助けて…降参するから。何でも言うこと聞くから」
少年兵は命乞いを始めた。カイルとレータは黙って聞いている。
2人ともさすがにもう敵兵への殺意はきれいさっぱり消えて我に返っていた。
少年兵が
「俺、生まれて初めて…」
と言いかけたところで、味方の兵士が駆け寄って、首に切りつけて命を奪った。
「おいおい、ぼやぼやしてないでさっさと殺せよな」
「え」
「まあ、お前らもう十分たくさん殺しまくったからいいか。凄かったもんな」
と、その兵士は苦笑いしながら去って行った。
カイルとレータは何も言えず愕然として立ちすくんでいた。
レータの頭の中で少年兵の最後の言葉が繰り返される。何が「生まれて初めて」だったのだろうか。もちろん、戦争に参加することだろう。自分たちと同じだった。
2人はエリックやトマスの顔を思い浮かべていた。それと同じ歳くらいの少年兵が眼の前で殺された。
その夜、カイルは眠れなかった。自分が殺した敵兵たちの血まみれの顔がいくつも頭の中に浮かんできたのだ。
だが、それと同時にレータが眠れているか気になった。耳を澄ませてみると、隣で横になっていたレータは、寝息ではなく別な音をかすかに立てている。
すすり泣きの声だった。周囲に聞こえないように必死でレータは声を殺していたが、すすり泣きだった。その場を見る人間がいたら、人獣の姿ですすり泣きというのは奇妙に感じただろう。
レータに一体何といって声をかけたらいいのだろう。
「気にするなよ」と言えばいいのだろうか。
あるいは「ちゃんと寝ないと身体がもたないぞ」と言うべきなのか。
もちろんそんなことを言うのはバカげていた。
しかし、明日もあさっても同じことをやり続けるのだろうか。何とかならないか。
しばらく考えてカイルはあることを思いつき、レータに声をかけた。
「レータ。ちょっと起きて出かけないか。向こうに河原がある」
「何をするの?」
「石を拾いに行くんだ」
「石?何のために」
「それはこれから説明する。ちゃんと目的があるんだ」
そして2人は起きて、月明かりの中を歩き出した。
* * *
翌朝、カイルとレータはデシデリウスにある意見を言った。
「できるだけ効率的な方法を考えたんですが、実は…」
話を聞いてデシデリウスは答えた。
「わかった。まずは試してみろ」
やがて予想どおり、再び敵が攻め込んできた。こちらの戦力が手強いと知ったからか、人数が昨日の2倍の100人以上くらいはいるという報告が回ってくる。もうすぐ見えるところにやってくるだろう。
カイルとレータの横には、ちょっとした小石が沢山集められていた。昨晩2人で集めたのだ。
いよいよ敵が近づいてくると、一斉にそれを投げつけ始める。人間では届かない距離でも2人なら相当なスピードで投げつけることができた。狙いもかなり正確だった。
石が遠方の馬や騎兵に次々に当たり倒れていく。必ずしも致命傷ではないが、かなりのダメージである。指揮官らしき人間も馬から振り落とされて、敵は足並みがたちまち乱れた。
そこに乗じて味方の兵士たちが矢を射始めた。既に敵は混乱している状態だったので当てるのは割と簡単だった。
投石と矢の攻撃で敵は大混乱が広がって、結局は直接ぶつかり合う前に攻撃を中止して撤退していった。敵も思ったほどには余計な血は流さずに済んだ、と言えなくもない。
これが昨夜、カイルがレータに話したことだった。
できるだけ敵と味方が直接ぶつかりあって凄惨な殺し合いになるのを避ける方法を見つけよう。
敵にダメージを与えるにしても、早いうちに敵が撤退したくなるような手段で攻撃した方が、敵の犠牲も少なくて済むのではないか。
戦争で人が死ぬのは避けられないかも知れないが、できるだけ少なく終わらせたい。
そういう相談をしたら、レータも少し元気を取り戻して前向きになった。
そこで夜の間に大量の石を集めておいて、遠方から投げまくる作戦を試してみたのだ。当然のことだが人獣戦士の能力がないと無理な方法である。
結果的にはこちらの思惑どおり、敵はこちらと直接ぶつかりあう前に撤退していった。
もちろん敵は今回も死傷者を出したが、相当少なかった。レータもカイルもかなり気分が楽になった。
3日目以降になると、敵はもう現れなかった。
7日目にデシデリウスは2人に向かってこう言った。
「敵はこの村周辺から撤退し、部隊の配置を見直しているらしい。人獣戦士の存在でここでの攻撃は得策でないと判断したようだ。そこで、君たちをいったんベルダ村に帰すように、とのお達しがあった。
本当はもうちょっといてくれるとありがたいのだが、伯爵の指示書がきているから仕方がない。このまま直接ベルダ村に戻れということだ。移動の準備をしてくれ」
それを聞いて兵士達もいろいろなことを言い出した。
「なんだ、人獣戦士様はもう引き上げるのか」
「ずっとここにいてくれたら俺たちも安心なんだけどな」
「安心して故郷に帰れるまで一緒に戦ってくれないかなあ」
カイルとレータはほぼ1週間ぶりに人間の姿に戻ることになった。大きな布を羽織ってから身体を元に戻す。
その場にいた数人の兵士がじろじろ見てこんなことを言った。
「何だ、人獣戦士のお嬢ちゃん、隠すことないだろ」
「何も着ないまま人間に戻ってくれるのかと思ったぜ、俺らの目の前で」
何人かがいやらしい笑い声を上げるのも聞こえた。
レータは聞こえないふりをして無表情に黙殺したが、カイルの方がむっとして怒りが表情に表れた。レータを侮辱するのが許せなかった。
しかしすぐにこんな声も聞こえてきた。ある意味、もっとひどい発言だった。
「おい、やばい発言だぞ、それは。ケモノ娘に殺されるぞ」
「お前らなんか一口でパックリだろう」
「そうだったな、ははは、勘弁してな。ケモノのお嬢ちゃん、俺を喰わないでくれよ」
それまで意識して無表情だったレータは、ここで泣きそうな顔になった。
大きめの馬車に乗せられて2人はベルダ村に出発した。レータの中では戦場の光景が次々によみがえる。
自分が殺した敵兵、命乞いする少年兵。
味方の兵士が「ずっとここにいてくれたら俺たちも安心なんだけどな。」「安心して故郷に帰れるまで一緒に戦ってくれないかなあ」と言った言葉も思い出した。
そうだ、私は人を殺しただけじゃない。味方の命を助けた。
私がいなかったら味方がいっぱい敵に殺されていただろう。
私のおかげで家族にまた会える人もたくさんいるはずだ。
私と同じ思いをしないで済んだ人だっている。
私は世の中の役に立っている。
レータは必死で自分に言い聞かせ続けた。
あの人獣戦士になる秘術はムダではなかった。私は世の中のために役に立てているんだから。
4人の仲間が死んだのもムダではなかった。みんなで術を受けたからこそ、人獣戦士の私たちが誕生したんだ。
エリック、トマス、フリーダ、ミリア、私を見守っていて。みんなの分までがんばるから。
死んだ4人の友達の懐かしい顔が心の中に浮かんだ。
と、その顔があの少年兵の顔に変わっていった。うっと吐き気がして顔を伏せてしまう。
「レータ?」
「大丈夫。ちょっと馬車に酔っただけかも」
「御者さんに止めてもらって休んだ方がいい?」
「いいの。このまま行こう。早く村に帰りたいから」
しばらく進んでいるうちに、レータは言った。
「初めて人を殺したね」
「…ああ。殺した。何人殺したかな」
「私たち、人間に戻れるかな」
もちろんこれは、姿形の話ではなかった。
馬車はベルダ村への道を急いでいた。




