4-2 初めての戦場
1ヶ月ほどたつと伯爵から、2人に戦闘の訓練をさせるようにという連絡が来た。モスヴァンから剣の師匠が派遣されて、村で2人を訓練することになったのだ。
いくら肉体が強い人獣になれるといっても、戦闘術をまったく身につけていない素人というのでは困る。変身しなくてもそれなりの戦闘の動きはできるように、一応平均的なレベルの訓練はしておこうということになった。
2人を訓練したのは派遣された師匠だけではなかった。村人たちも訓練の面倒を見てくれた。
村長をはじめとして兵役についた経験のある村人は数多く、剣術などを鍛錬した者もそれなりにいたからだ。さらに軍隊での常識や礼儀作法などまで教え込まれた。
師匠は2ヶ月でモスヴァンに戻ったが、その後も村人達と一緒にカイルとレータは戦闘術の稽古をそこそこ続けた。
ついでに村の木こりと猟師が2人に山の登り方や野の歩き方、動植物の見分け方等も指導した。これも広い意味では軍事訓練の一環と言えなくもなかった。
* * *
カイルとレータが村に戻ってから半年ほどした頃のこと。
「伯爵様の館からお達しが来ているよ」
孤児院で年下の子ども達の遊び相手をしていたカイルとレータのところに、村長がやってきて手紙を見せた。
「読むのめんどくさいな。何て書いてあるの?」
とレータ。
「いよいよ実際に戦ってもらう、ということだ。西の敵国との衝突があちこちで起こっている。その現場でお前さんたちの力が借りたいということらしい」
「そんな急ぎなんですか?」
とカイル。
「敵国との緊張が高まっていて事態は急を要するらしい。現地に守備隊の陣地がある。詳しい話はそこで改めて説明するそうだ。身の回りの品だけ持って、この手紙を持ってきた馬車にそのまま急いで乗り込めって」
村長は手紙をカイルとレータに渡しながらこうも言った。
「伯爵様も大変だよな。若君様が亡くなった後も悲しんでる暇もなく、あれからずっとこんな風に休まず仕事をやっている」
どこの現場に行けというのだろうか。手紙に目を通していたレータの顔色が変わった。
書いてあった行き先は、ガリエル村だった。
* * *
現地に向かう馬車の中でカイルはレータに言った。
「ガリエル村って、レータの…」
「そう、私の故郷だったところ。家族が敵に殺されたところでもある。今は村人は誰も住んでないけど」
レータはそう言って少し目をつぶった。9歳のときの忘れもしないあの光景がよみがえってくる。
敵国兵に両親、兄、姉が殺された日。仲の良かった村人達も大勢命を奪われた日。
突然だけれど、敵討ちのチャンスが回ってきたのだろうか?
2人を乗せた馬車は現地の陣地に着いた。テントや簡単な小屋が並んで兵営のようになっている。かつてとは違う意味で、今もまた村の一種のようでもあった。
ただそこにいるのは軍隊の関係者だけで、一般の住民はもういなかった。5年前の敵の襲撃の後、生き残りの住民はみんな移転させられたのだ。もちろんそれはレータが一番よく知っている。
今やここは国境周辺の最前線の紛争地域でしかない。お互いの軍隊が時々出撃して衝突を繰り返している。レータが生まれ育ってなじんできた村の家も、人々の姿も、牛や羊も、今はどこにも見あたらない。ただただ荒れた大地に建物の廃材みたいなものがあちこち転がっているだけだった。
1人の士官が2人を迎えた。
「君たちが人獣戦士、カイルとレータだね?」
「ええ」
「デシデリウスだ。よろしく」
とその士官は言った。
「数百人規模の守備隊がここにいる。君たちはその中の私の小隊に来てもらう。もちろんあくまで臨時の助っ人ということで、伯爵にお願いして今回参加してもらうことにしたんだ」
デシデリウスは2人を自分の小隊の部下一同の前に連れて行き、紹介する。
「伯爵からの指示で、2人のメンバーが臨時の支援に来てくれた。既に聞いていると思うが、人獣戦士と呼ばれる2人だ。うちの小隊に属してもらう。獣に変身する能力を備えたすばらしい戦士だ」
いつのまにか世間では2人は有名になっていたようだ。
兵士達は口々にいろんなことを言いだした。
「噂の人獣戦士、この眼で見られるなんて思わなかった」
「人間と人獣の合同チームか。わくわくするね」
悪気はなかったのだろうが、この言い方は2人の心に鋭く突き刺さった。
(…私たちだって人間だよ)
レータはそう言い返したかったが、ぐっとこらえた。
とりあえずその日はそのままテント村のような状態で寝ることになった。
カイルもレータも、あらかじめ人獣の姿に変身しておいて、その状態を当面続けることにした。
2人が人獣の姿になると、まわりの連中は一斉に「おおお!」「すげえ」「こええ!」などと好き勝手に興奮して盛り上がっていく。
もちろんこれは、いざ敵が襲撃してきた時にあわてないようにするためだったが、もう1つ理由があった。
この陣地は、当然ながら周りはほとんど軍隊の男ばかりである。レータにとっては変身状態のままの方が何かと安心できたのだ。もちろん眠る時も人獣の姿だった。そうでなければ何をされるかわかったものではない。
* * *
夜の間は特に何事も起こらなかったが、翌日朝になるとさっそく敵の騎兵隊と歩兵が突撃してきた。敵の数は50名くらいというところだろうか。
2人が入ったデシデリウスの小隊も、他の部隊も一斉に動き出す。あちこちで衝突が起こり始める。
初めての戦場に直面した2人が思わず立ちすくんだ時、デシデリウスは
「人獣戦士、敵を蹴散らせ!」
と叫んだ。
そうだ、自分たちは人獣戦士。一度は死にかけた人間だ。いや、もっと前にも死にかけて家族を失ったではないか。今さら戦いを恐れる理由はない。
2人が自分にそう言い聞かせつつ前面に出て姿を見せると、敵兵達が一斉に驚きの声を上げて混乱する。
「なんだ、あれは?バケモノがいる」
「亜人?」
「獣人族か魔族の傭兵か?」
敵国の人間が人獣を見るのはこれが初めてだった。矢が次々に飛んでくるが、2人に当たっても通らない。
レータの脳裏にあの生々しい光景がよみがえった。かつて自分たちがここに住んでいて、敵兵が襲ってきた時のこと。家族たちが殺され、自分だけたまたま地下室に隠れて助かった時のこと。
家族や友達を殺された悲しみ、敵に感じた怒り、憎しみがレータの身体の中に燃え上がってきた。いや、燃え上がらせようとレータは努力した。
命知らずの敵兵がレータに斬りかかってきた。レータも自分の剣でなぎ払う。敵兵の両腕が飛んで血しぶきを上げた。
「ひいっ!!」
苦痛に満ちた恐怖の悲鳴を上げたのは、致命傷を負った敵兵ではなく、無傷のレータの方だった。初めて経験する敵兵の血がすごい勢いでレータの獣の顔にかかってきたのだ。
一方のカイルは、最初は戦うことに乗り気ではなかった。いつかはこういうことをやらされることはさんざん言われていたので頭では理解していたし、だからこそ戦いの訓練をずっと重ねてきたが、いざ本番になるとすぐには身体が動かないように思えた。
しかしそんなことを考えている間もなく、矢や槍が次々に自分に飛んでくる。こういう武器が当たった程度では平気な身体になっているのだが、さすがにかなり痛い。
痛みが続くうちに怒りがわいてきた。攻撃してくる眼の前の敵兵連中に向かって、思わず
「いい加減にしてよ!」
と叫んで、手に持っていた何かを何となく思い切り振り払った。
それは丸太ん棒で、気がついたら何人もの敵兵の頭が潰れたスイカかカボチャのようになっていた。
敵兵はレータとカイルを見て恐怖したが、2人の方も恐怖にとらわれていた。
敵に恐怖したのではなく、自分たちのやったことに恐怖したのだ。
恐怖のあまりとうとう2人とも頭の中が真っ白になり、そのまま舞い上がったように敵を蹴散らして殺戮していった。
2人は剣を持って敵兵の塊に突っ込んでいく。馬を切り倒し、兵士を突き刺す。あたりはたちまち死傷者の山になる。これを見て味方の兵士たちも勢いに乗って突入し、既に混乱している敵兵達をなぎ倒していった。
レータの眼に敵の軍旗らしきものが映った。そうだ、あの日も翻っていた旗だ。
敵の旗、みんなを殺して家を焼いた奴らの忌まわしい旗。それを持っていた敵兵の首筋を刀で軽く切り裂き、軍旗をもぎ取って地面に踏みつける。
家族の仇、みんなの仇を討つんだ。これまで何度もそう心に誓ったじゃないか。
自分で自分に必死に言い聞かせ、何とか自分を納得させようとした。
とうとうレータは敵の指揮官のような豪華な鎧を着た男を殴り殺した。
いつの間にか動ける敵兵たちは7、8人くらいしか残っていなかったが、軍旗が奪われて指揮官が死んだのを見ると、あわてて逃げ去っていった。
「深追いする必要はない。あいつらが人獣戦士の恐怖の噂を勝手に広めてくれる。いったん戦闘終了だな。」
デシデリウスが言った。




