3-5 人獣戦士
そこに伯爵と魔法医師がまた入ってきた。叫び声やのたうち回る物音を聞きつけたのだろう。
「ああ、ついに変身したか!」
魔法医師が叫ぶ。
自分たちがこんな姿になったのは、魔法医師、ひいては伯爵が訳のわからない術を行ったせいだ。
おまけに仲間が4人も死んでいる。
カイルとレータにしてみれば、2人を怨み憎んでもおかしくないはずだし、襲いかかっても良さそうなものだが、不思議とそういう気がまったく起こらなかった。
「先生、伯爵様」
カイルが今度は落ち着いて口を開いた。
こんな時にこんな姿になって落ち着いていられるのが自分でも信じられないのだが、なぜか感情的になろうとしてもなれなくなっている。
「これが、僕たちに与えられた力なんですか。」
「もしかして、最初からこうするつもりだったの?」
とレータも言う。
「他の4人も成功したらこうなってたのね?」
「そのとおりだ」
と伯爵が言う。
「黙っていて済まなかった。君たちには人獣戦士として働いてもらいたいと思ったんだ。」
「人獣戦士?何ですかそれは」
聞いたこともない言葉だったのでカイルが問い返す。
「獣人族…なら聞いたことがあるけど…」
とレータ。
「それが古代の禁断の秘術だったんだよ」
魔法医師が説明する。
「獣人というのとも違う。獣と人間の混ざった存在ではない。君たちはあくまで人間だ。一時的に獣のような力を使えるだけだ。人から獣に一時的に変身するだけ。だから人獣と呼んでいる」
さっき魔法医師が言った言葉を2人は思い出した。
「これはあくまで必要な時だけ使えばいい力だ。普段は普通に変わらず生活することができる」と。
「じゃあ、人間に戻ろうと思えば戻れるのね?」
「もちろんだ。心を落ち着けて人間になることをイメージするだけでいい。」
レータとカイルは獣のような顔を見合わせた。
2人とも同時に人間に戻ることを考えて、精神を集中させてみた。
次第に毛が薄くなり、牙も引っ込んで、人間の姿に戻っていく。
すっかり元の身体に戻った2人は、さっき着ていた服がとっくにちぎれ落ちてしまって何も身にまとっていないことを思い出した。あわててベッドのシーツを引っ張り出して身体に巻く。
「こういうことですか」
聞くカイルに伯爵が答える。
「そうだ。これが人獣戦士。人間だが、いざ必要な時に獣のような身体に変身し、人間を超えた能力を発揮して、人々を守るために戦い、働く。
肉体も精神も極めて頑強なものになる。
君たちにちゃんと全部を説明しなかったこと、危険な術を飲ませて4人の命を奪ったことは、もちろんみんな私の責任だ。私をいくら恨んでくれても構わない。謝って赦してもらえることだとも思わない。」
カイルとレータは察した。
自分たちのような平民の貧しい孤児を館のいい部屋に招き入れて、わざわざ伯爵本人がじきじきに一緒に食事して歓待してくれたのも、生命を奪う危険を冒させる後ろめたさがあったからこそだろう。あるいは伯爵なりの礼儀ということでもあっただろうか。
「しかし、この辺境伯領には強力な戦士が必要なんだ。
軍隊の規模は限られている。いろいろな工事をする人員も多くはない。
領土内すべての安全を守り切れるわけではない。
戦争、略奪、災害、いろいろなことで領民の命が奪われてきた。それは君たちが一番よくわかっているだろう。そういうつもりで話をしてきた」
「そうね」
とレータ。
「私のいた村は戦争でほとんど全滅して、ベルダ村にやっとこさ受け入れてもらって生きてこれたもの」
レータの頭の中に、家族が殺されたあの日の光景がよみがえる。あの時に強い力があれば、家族を守れたはずだった。
「そういう被害を少しでも減らしたい。そのためには今までにない力をもった人材が必要なんだ。危険があってもそういう人材を作り出したかった」
「それで僕らを選んだんですか」
「そのとおり」
魔法医師が付け加えた。
「もう1つ、古い記録によると、この術は14歳の少年少女だけに効くとされていた。
なぜなのかはわからないけど、14歳以外で成功したという話は残っていないんだ。
そこで孤児院から14歳の子だけを選んだ」
その日はもう休むように言われて2人はそのまま休息し、ずっとまた眠っていた。
翌朝目覚めてみると、あれだけのことがあったのに心はさらに平静さを取り戻している。
本当に自分でも不思議だった。術のせいで身体だけでなく精神も強くなったとしか思えなかった。
友達4人を失い、自分がよくわからない身体になっても、こんなに落ち着いていられるとは、強さって一体なんなんだろうか。
やがて伯爵が部屋にまた入ってきて2人に告げた。
「君たちはひとまずベルダ村に帰ってもらっていい。村長たちには使者を先に送って説明させてある。もちろんみんな驚いているだろうが、君たち2人と今までと変わらず暮らしていくように、と指示させている。
ただ、いずれは仕事をやってもらいたい」
「兵隊とか剣士とかのお仕事?女の子の私は、武器とか戦いとか習ったことないんだけど…」
「必要なことはおいおい教えていく。それから、いくらか勉強もしてもらいたい」
勉強という言葉は2人も予想していなかったので少しびっくりした。
「何の勉強ですか。」
「世界の情勢とか、国ごとの地理とか、そういうことだ」
「できれば建物とか道路の工事についても勉強したいんですが」
「それは考えておこう。確かにそういう方面でも役に立てるかも知れないな」
「そんなことより、友達4人はあれからどうしたの」
レータが当然のことを聞いた。
「その使者の馬車で一緒に村に送った。丁重な葬儀を挙げるように指示している」
次の日、2人はベルダ村に戻る馬車に乗っていた。他には御者だけで、車内は2人きりである。
ほんの数日村から離れていただけだが、帰るのは数年ぶりくらいのように思えた。それほど行きと帰りではあまりにも多くのことが違っていた。
レータはベルダ村の出身ではないし、またカイルは一番親しかったのはフリーダだったから、これまでは、カイルとレータの2人きりの組み合わせで遊んだりすることはほとんどなかった。
しかし今や、カイルとレータはこの世界でただ2人きり、同じ運命を背負った存在になっていた。
「ねえ、カイル」
とレータが先に口を開いた。
「うん」
「私はね、人獣とかいうのになったのは別に構わないの」
「そう?」
「戦争で犠牲になる人を少しでも減らすのに役立てるなら、変身でも何でもやっていいと思ってる」
「僕も同じだよ。戦争より洪水とか土砂崩れとかを何とかしたいけど」
「でもね、どうせなら6人で一緒に人獣になって帰りたかった」
「もちろんだよ」
「カイルが一番仲良かったのはフリーダでしょ。私、知ってたよ」
「え」
レータは作り笑顔のような表情で微笑んだ。
「ごめんね。余計なこと言って」
「いいよ。レータはみんなと仲良しだったよね」
「そう。…でも、何でだろう。もう涙も出ない。涙は涸れちゃったのかな」
不思議なほど冷静に語り合う2人を乗せて、馬車は進んで行った。並んで座っているレータの左手はカイルの右手をいつしか握っていた。
* * *
カイルとレータを乗せた馬車がベルダ村に向かって出発したその日の夜、伯爵の館では深刻な大騒ぎが持ち上がっていた。
伯爵の一人息子のハンスが見当たらなくなったのである。




