3-4 これが、私たち?
目が覚めると、カイルとレータは屋敷の中のとある部屋に運び込まれて、並んだベッドに寝かされていた。
もう2日くらい経っていた。先に声をかけたのはレータだった。
「…カイル?」
「レータか」
「この部屋…。私たち2人だけ?」
「そう…みたいだね」
「他の4人はどうしたのかな」
しばらくして伯爵と魔法医師が入ってきた。定期的にメイドが様子を報告していたのだろう。
「あ、伯爵様、先生」
「もうしばらく休んでいたまえ」
と伯爵がいう。
「他の4人はどうしました?」
とカイル。
伯爵と魔法医師は黙って硬い表情で顔を見合わせる。魔法医師が何か言おうとすると伯爵は静止し、少し間をおいてから口を開いた。
「残念ながら、薬が体質に合わなかったようだ」
「それで、どうなったんです?」
「…亡くなった」
「え?!」
先に叫んだのはレータだった。
「死んだの?どういうこと?何で?」
「危険があるって言っていましたね。でも、死ぬ危険まであったんですか?」
とカイル。
「あの薬は古代の禁断の魔法で産み出されたと言われている。薬と秘術をあわせることで効果が出る。
外国で研究されていたんだが、ひょんなことで帝国にも伝わってきた。
魔法の研究者たちが分析を重ねて、安全に使えるように改良を重ねてきた。
それで今回使ったんだけど、この作用に耐えられたのは君たち2人だけだった」
「何なんですか、その薬ってのは。薬に何の効き目があるんです」
「健康とか身体を強くするとかの薬じゃなかったの?何で死ぬの?」
激しく動揺して問いただす2人に対して、魔法医師はさらに説明を進める。
「そう、もちろん身体を強くするための薬だ。これは間違いない。説明したとおりだよ。
強い敵や悪党たちと戦えて、災害が起こっても耐えられるような身体。
人の何倍もの力を発揮して働けるような身体。
そういうのを産み出す薬だよ。
あれを飲んで一定の呪具を使い詠唱すると、身体に変化が起こり、ものすごい能力を引き出すことができる」
「でも4人は死んだのよね?」
とレータが叫ぶ。
「副作用というか、体質の問題があった。耐えられる人間とそうでないのがいたんだ。
なぜ耐えられたのが君たち2人だけなのかはわからない」
「そんないい加減な!…」
レータはもう涙声になっていた。
カイルは悲しみや怒りという以前に、恐怖を感じ始めていた。しばらく黙って考えてから尋ねる。
「僕らはどうなるんですか?何が起こったんです?」
「詳しいことは今から説明する。落ち着いて聞いてほしい」
「これが落ち着いてなんかいられると思いますか?」
「気持ちはわかるが、聞いてくれ。大切な話なんだ」
と魔法医師は強調した。
「力が君たちには与えられた。すごい力だ。今まで見たこともないものだ。他の人間とは違った存在になる」
だがこの言い方は、むしろカイルとレータに恐怖感しか与えなかった。何かぞっとするものを感じてカイルは言い返す。
「一体何を言ってるんです。普通じゃなくなったんですか?」
「これはあくまで必要な時だけ使えばいい力だ。普段は普通に変わらず生活することができるから…」
「4人も死んだのに、何が普通なんですか?」
泣き続けているレータを見ながら、カイルは魔法医師をなじるように叫ぶ。
「できれば早いうちに説明しておいた方がいいんだが…」
魔法医師に伯爵が何か合図をした。
「とりあえず今はいったんやめて休ませよう」と言っているように見えた。
「また明日に来るよ。今日はゆっくり寝ていてほしい」と告げて2人は退出した。
部屋に残ったのはカイルの重い沈黙とレータのすすり泣くかぼそい声だけだった。
カイルは一気に心と身体の疲労が襲ってきた感じがして、また眠り込んでしまった。
* * *
「カイル、カイル」
レータの呼ぶ声でカイルはまた目覚めた。掛け時計を見ると2時間ほどだけ眠ったようだ。
「レータ?」
「何か私の身体、変なの。なんだか熱くて…」
レータはやけにうろたえた声だった。
「どうした?」
振り返ったカイルの眼にレータの姿が飛び込んでくる。カイルは思わず「え?」と口にした。
レータの顔全体にうっすらと毛が生えている。
顔だけでなく袖から出ている両腕も毛で覆われていた。
さらに顔を見ると口が大きくなり歯が伸びて、耳がとがってきている。
両手の指の先には爪がどんどん伸びてきている。
身体が少しずつ変化しているのだ。
「…これ、一体何なの…私がおかしくなってる!!」
「レータ、先生を呼んでこようか?」
「誰も呼ばないで…行かないで…1人になるの怖い」
レータが、何か獣のようなものに変化していく。しかしその姿を見ても、なぜかカイルは恐怖は感じなかった。冷静に見ている自分がいる。レータもそれほど取り乱してないようにも見える。
理由はわからない。既に死ぬような恐ろしい目に合ったわけだから、今さらこれくらいで驚かなくなったのかも知れない。あるいはもっと別なレベルで精神に何か変化が起きたのか。
とにかく今はレータに寄り添おうとだけ思った。余計なことは考えず、レータの身体を抱きしめる。
身体が毛深くなっていくが、どういうわけかそれは気にならなかった。
「わかった。僕が一緒にいるから」
そう言いながら眼をつぶった。なぜか心は冷静だった。
頭の中で別なことが眼に浮かぶ。
家族を土砂崩れで失った日。一人だけ助かっても何もできなかった。
あの時、もっと力があれば家族を助けられたのに。
もっと力がほしい。いろいろな人を助けたい。そう思ってここに来た。
今、レータに何かしてあげられないのか。何かできる力がほしい。
腹に思わず力を入れて深く呼吸した。すると何か身体の中で変わったような感覚がした。
全身が熱くなってくる。
背中や指先に鈍い違和感、痛みが広がってくる。
皮膚全体にむずがゆさのようなものまで沸いてくる。
気がつくとカイルも全身にうっすらと毛が生えてきた。指先から爪が伸び、口が大きくなって歯が伸びてくる感触がある。
「ぼ…僕の身体も…」
「カイル?」
今度はレータの方が驚く番だった。
2人とも身体の内側と外側から、痛みとも快感ともつかない不思議な感覚に襲われていた。
全身の骨が変形していくのが感じられる。痛いといえば痛いのだが、何かから解放されて爆発するような快感のようにも感じられるのだ。
床をのたうちまわり、よだれを流しながら荒々しく呼吸を繰り返す。
「カイル…」
「レータ!」
お互いの名を呼びながら激しく抱き合って床をごろごろ転がった。
少しして落ち着きを取り戻す。
もう違和感はないどころか、なぜかすがすがしい気分になってきた。
壁にかけてある鏡をふと見ると、そこにはオオカミやヒョウのような獣と人間を混ぜたような、不思議な生き物が2体並んでいた。
全体に背も高くなり、2メートル近くになっている。恐ろしい猛獣とも言えるし、神々しく美しい存在とも言えた。
「…これが…私たち?」
レータの声は戸惑いながらもだいぶ冷静さを取り戻していた。鏡を見ても落ち着いている。
精神の感覚が今の身体の状態に追いついたのだろうか。なぜだかわからないが心はもうあまり興奮していない。
こんな姿になれば、気が狂うほど驚いてうろたえても不思議はないはずだが、なぜか平然と鏡を見ていられる。この姿に変わった自分を受け入れている別な自分がいるようだ。




