第三話
「——そんなわけで、俺は親方の工房に弟子入りすることになったんす」
「そうであったか。ヒヨシマル、お主、若いのになかなか苦労しておるな」
「それほどでもねえっす。へへ……」
魔王様を工房まで案内する道すがら、俺は魔王様と並んで歩き、色んな話をした。
魔王様って、世界的な有名人なんだけどさ。
そんな人が、ウチの親方に会いにきたってんだから、もうびっくりだよ。
俺が親方の弟子であると名乗り出た時、
間近で見た魔王様は、想像以上におっきくて、正直怖いと思った。
だって、すげぇ迫力なんだもん。
ところがどっこい、話してみるとすげえ優しくて、話しやすかったんだ。
「あ、魔王様、あそこがウチの工房っす」
「うむ」
ちなみに、あの場に集まっていた野次馬たちがどうなったかというと——
あっさり解散して、今は一部の暇人が遠巻きに見ているだけだ。
魔王様が地上に来た時の暗黙の了解って、実はたくさんある。
その一つが、魔王様のプライベートを邪魔しないってやつだ。
むやみに話しかけない、握手やサインを求めない、勝手に写真を撮らない……等々。
昔、服を脱いで筋肉を競い合おうとした人が警察に捕まった事はあるけどね。
上だけじゃなくて下も脱いだのがいけなかったとかなんとか……
「すいません、ちょっとここで待っててください」
「よかろう」
魔王様には、一旦外で待っててもらうことにした。
さてと、まずは親方に魔王様がやってきたことを伝えねーと。
親方どんな顔するかなー。
どんな風に伝えようか……
普通にいったら——
「親方、魔王様が親方を訪ねてきたんですけど……」
「ああん? 魔王だと? まさか、俺に服を作れっていうんじゃないだろうな、あの魔王が?」
「いや、そのまさかっぽいっすよ」
「ふん……面白れぇ。とりあえず、話を聞いてみようじゃねぇか」
……普通すぎてつまらないな。
やっぱ、ここはもっとインパクトを出して——
「親方ぁ! 空から魔王様がぁ!!」
「何ぃ!? どういうことだ!?」
「親方すげーっすよ、あの魔王様っすよ! 直々にご指名がきたっすよ!」
「いやなんで空……まあいいか。それより俺を選ぶとは分かってんじゃねぇか。魔王なんぞやっとるだけのことはあるな」
「親方、失礼っす。もうちょっと、こう、敬意ってもんを……」
「馬鹿野郎。誰であろうと客は客。お前もいっぱしの職人なら、一々相手見てコロコロ態度変えんじゃねぇ」
「親方……流石っす……」
……これだな。
こんな一生に一度あるかないかの大事件。
俺も親方もテンション爆上げで行くべきっしょ。
待てよ、最初は魔王様って直接言わなかったら……
もっと盛り上がんじゃね?
見たまんま、全裸の大男が——とか。
そこで驚かせて、さらに正体が魔王様ってことで驚かせる。
……完璧じゃん。
そうと決まれば、早速——
扉にしっかりと手をかけて……。
深く息を吸って〜……
ゴー!!
「親方ぁ!! 空から全裸の大男がぁ!!!」
バアン!
勢いのついた扉の音が響く——
「ぶごふぁあ゛っ!」
親方の声で変な音がした。
——と思ったら、親方が茶色い液体まみれになっていた。
コーヒーカップを口につけて、椅子にふんぞりかえったまま……
「お、親方……?」
親方は、そのまましばらく固まっていた。
そして小刻みに震え出し、ゆっくりとカップを机に置いた。
あ、これ、やっちまったかも……
多分、コーヒー飲んでたんだな。
なんてタイミングの悪さだよ……
「ヒ・ヨ・シ・マ・ル〜。この、バカヤロウ!」
怒鳴られて、思わず首がすくむ。
……やべぇ、超怒ってる。
「すいません! まさかコーヒー飲んでるなんて思わなくて……」
そりゃ、いきなり扉開けて大声で叫んだ俺が悪いとは思うけどさ。
こんなの予想できるわけないじゃん。
「空から全裸の大男なんて、おぞましいもん降らせんじゃねぇ!」
「ほんとにすいませ……へっ?」
えっと……どういうこと?
怒られるポイントが、俺の思ってたのと違う。
「いいか、ヒヨシマル」
「う、うっす……」
戸惑う俺をよそに、親方は厳しい顔つきで俺を見つめている。
これは……茶目っ気なしの本気の目だ。
「お前、空から降ってきていいものが何か知っているか?」
「え……いや、知らねっす」
……雨とか雪とか?
いや、あれは自然現象だから、良いとか悪いとかじゃないだろ……
いやいや、そもそも空から降ってきてもいいものがあるなんて、聞いたことないんですけど。
「空から降ってきていいのは……」
親方が、やけに溜める。
そんなに大事なことなのか……?
「それはな……」
「う、うっす……」
親方から例えようのない緊張感が滲み出す。
それに包まれた俺は、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「美少女だ」
「あ、はい、びしょうじ……ぅえ゛っ?」
変な声出た——
——じゃなくて、美少女!?
「び……美少女っすか……?」
「おう、そうだ、お前も俺の弟子なら覚えとけ、空とは美少女が降ってくる聖域だ」
「は、はぁ……」
えーと……うん、何言ってんのか全然わかんねーわ。
まあ、親方が意味不明なこと言うのは、稀によくあることだ。
しかもこれ、下手に理由とか聞くと、話が止まんなくなるやつだ。
いつも通り、スルーしよう。
「分かったっす! 気をつけます!」
ビシッと右手の指先を眉の位置に当てて敬礼……っと。
ところで、いきなり扉を開けて大声で叫んだ事は大丈夫だったのだろうか……
いや、蒸し返して余計に怒られたくないな。
スルー、スルー。
「おう……で? 一体どうしたんだ?」
「あっ、そうだった」
出鼻くじかれたせいで忘れてた。
なんか、すっかり気が抜けちゃったな……
もう……普通でいいや。
「魔王様が親方に会いに来られたんすよ」
「……魔王? あのファーティルグラスの魔王か?」
「そうっす。その魔王様っす」
コーヒーの滴が顔から垂れたままの親方がキョトンとしていた。
「……全裸だよな?」
「全裸っすね」
親方は、今度は腕を組んで首を傾げた。
漫画とかなら、頭の上にクエスチョンマークがついているんだろうな。
「何しに来たんだ?」
まあ、そうだよね、常に全裸の魔王様が服飾工房に来るなんて、普通考えられないよね。
「なんでも、服を作って欲しいとか……」
「マジで!?」
親方は普通に驚いていた。
いや、普通でいいんだけどさ。
そして、親方は顔拭きと着替えで奥へ、俺は親方の机周辺の掃除に追われたのだった。




