第二話
俺の名はドンラーガ・ノーワン。
言うまでもないと思うが、男だ。
今年で48歳になるゴリラの獣人だ。
15歳で成人すると、すぐに先祖代々の家業でもあった服飾製作の道に入り、長い下積みを経て先代の親父から跡を継いだ。
世間の一部じゃ俺の事を“伝説の仕立て屋”って呼んでるよ。
……あれは34歳の時だった。
俺は“ある方法”を使ってそれまでの衣服には無い、新しい分野の開拓を試みた。
そうして出来上がったのが、“イカ用ウェットスーツ”だ。
耐水性と伸縮性に優れ、サメの歯からイカの柔らかいボディを守り切る防御力まで兼ね備えたそれは、イカの養殖に一役買うはずだったんだが……結局売れなかった。
それでもそんな俺の発明を評価してくれる人達もいてな。
一応、世間に俺の名が少し知られるようになったんだ。
そして43歳の時、3年にわたる試行錯誤の末生み出されたのが、“ミミズ用靴下”だ。
無いはずの部位に対応する衣服という、それまでの常識を覆す発明だった。
ソルオリジン諸国のみならず、諸外国でも注目を浴びた。
そうして俺はいつしか“伝説の仕立て屋”と呼ばれるようになったというわけだ。
工房の奥には小さな炊事場と居間が設けられている。
主に従業員の休憩や昼食に利用される場所だ。
俺はそこで、カッフィー……世間一般じゃコーヒーって呼ばれてる飲み物を淹れた。
ネイティブの発音は、どう聞いてもカッフィーにしか聞こえねぇからそう呼んでる。
使いに出かけた弟子が戻るまでの短い時間。
静寂と窓から差し込む午後の日差しに満たされた俺の工房内。
湯気が立ち上るカッフィーカップを手に、深く椅子に腰掛けて寛ぐ。
その香りで安らぎ、苦味とほのかな酸味を楽しみ、そして熱で体を温めつつ物思いにふける。
——それは昨日の夜の事。
仕事を終えた俺は、工房の隣に立つ我が家に帰って夕食をとった。
リビングでは俺の妻と娘が、とあるテレビ番組を見て楽しんでいた。
世界の不思議や怪奇現象などを扱うバラエティ番組だった。
内容は、空から突然あり得ないものが降ってきた事件についてだった。
だが、その時俺の意識はすでにテレビには向いていなかった。
(……くだらねぇ……)
俺は番組で落下物の内容について語られた時点で番組への興味を失っていた。
ビール缶を片手にだらりと伸ばし、パジャマ姿でソファへ体を預けながら、俺はぼんやりと天井を見上げつつ大きくため息をついた。
(空から降って来るっつったら、“美・少・女”……だろ? わかってねぇなぁ……)
この時、まだいたいけな少年だった頃の思い出が俺の脳裏に浮かんでいた。
それはとあるテレビアニメの記憶。
各話のクライマックスで、主人公のかわいい女の子が変身しながら空から降りてくる場面が、あまりにきわどかった。
それを見た俺は、「空とは美少女が降ってくるべき所」という強固な信念を手に入れることになった。
だからこそ、今日のこのテレビ番組の内容には心底ガッカリした。
美少女そのものじゃないにせよ、ちょっとでもそれっぽいモノが降ってきてても良いじゃねぇかよ。
毛だのカエルだの魚だの、ちょっと変わったもんが降ってきたぐらいでいちいち騒ぐんじゃねーよ。
俺は家族に先に寝ると言って、リビングを後にした。
一人で寝室へ向かいながら、思わず感情が口をついて出てきてしまう。
「なんーもわかっとらん! 全くけしからん……空を何だと思っとるんだ。美少女が降ってこない空など何の価値もないわ! 全くどいつもこいつも——」
そのままベッドに転がり込んで布団をかぶった。
興奮した状態では当然すぐに眠れるはずもねぇ。
全くもう、明日は番組に抗議の電……話……を……
……気がついたら朝だった。
体調も良い。
寝つきはいいんだよな、俺——
(やっぱそうだな……美少女が空から降ってくる時は、こう……普段は露出が殆ど無い真面目そうな服なのに、裾とかが風に煽られて……でも見えない……見えそうで、見えない……ここが一番重要なんだよ)
俺は静かな作業場内で椅子に深く座し、目を閉じて思い出に耽っていた。
鼻の穴が膨らんでいたのは、きっとカップから立ち上る香りのせいだろう……おそらく……多分……。
さて、ここからは俺のこだわり抜いたコーヒー……もとい、カッフィーを味わい尽くす時間だ。
カッフィーを最も美味く味わうコツ。
それはとにかく“勝ち誇る”ことだ。
実際に何かに勝利している必要は無い。
“気持ち”と“表情”——それだけで良い。
胸を張って左腕は肘掛けに、両足を大きく開いた尊大な姿勢で自信を全身に漲らせる。
ただ静かに、俺は右手に持ったカップを口につけ、カッフィーを流し込む。
カッフィーが喉へとさしかかる。
この瞬間、世界はまさに俺のもの——
「親方ァ!! 空から全裸の大男がぁ!!!」
——それはあまりにも唐突で、突然で、いきなりだった。
俺のアホ弟子こと、ヒヨシマル。
こいつがけたたましい大きな音を立てて扉を開け、勢いよく叫びながら工房に飛び込んできやがったのだ。




