第十一話
「ま、初心者用ならそもそも選択肢は少ないですわね」
ホワイトマウンテン市迷宮公社——
それが、ヒヨシマルたちが今いる建物につけられた名前。
見たまんま、市営の探索会社だ。
で、その建物の中に、主に初心者向けの武具を扱う小さなショップがある。
ぶっちゃっけ、普通の武具はあんまり品揃えは良くない。
「武器は棍棒の方が使いやすいって聞いたっすよ?」
「う〜ん、どうかしら……」
姫様が腕組みして考えている。
経験者とはいえ、自分以外の装備となると分からないみたいだ。
姫様って魔術師タイプだしな。
「単に殴るだけならばそれで良いかも知れぬ。だが、モンスターによっては打撃が通用せぬ輩もおるぞ」
「……へっ?」
思わず変な声が出てしまった。
「最初に持つ武器は数打ちの長剣が良いであろう。切れ味は悪く打撃的な運用であるが、一応斬ることができる上に突きも出来る……む? どうした?」
口が開いたままになってた。
魔王様が……
魔王様がアドバイスしてくれてるだと……?_ てっきり、殴れればなんでもいいとか言われると思っていたのに!?
「素敵……」
姫様はこっちでなんかうっとりしてるし……
「い、いえ、ありがとうございます。じゃあこれで——」
俺はそそくさと手近にあった剣を手に取った。
傘立てみたいな籠に、無造作に同じ造形の剣がいくつも突っ込まれていた。
本当に安物なんだなぁと感じる。
「いや、それはこの中でもあまり良い物ではない。こっちの方がマシだ」
魔王様がそう言って、同じ籠に立っていた別の剣を取った。
「どう違うのか、分かんねっす……」
なんで、鞘から抜いてもいない剣の良し悪しが分かるんだろう……
魔王様って、妙なところで凄いよな。
「何、数打ちでも物には気が宿っておるものよ。それなりに場数を踏んでおれば分かるようになる」
「はぇ〜、そういうもんですか」
「お主も一人前の職人になる頃には見えるようになっておるだろう」
「……! うっす、頑張ります!」
豊富な経験によるアドバイスに、このさりげないフォロー。
うーん、できる大人って感じ。
俺もこうなりたい。
「もっと素敵……」
姫様はもう、ほっとこう。
鎧と、盾も確保ずみだし……
あとは会計だけだな。
「——全部で29,800Y(*)になります。……はぁい、ありがとございやしたー」
(*:通貨単位。ほぼ円と同じ)
手早く会計を済ませて、レジ横の装着室へ向かう。
買った武具は外へ持ち歩いちゃいけない。
ナントカっていう法律で、警察とか軍の人以外は武器持って歩いてると、捕まっちゃうんだよね。
なので、買った武具はショップに備え付けの“装着室”で装備して、魔法で迷宮にいる間だけ出てくる様にするってわけだ。
『新規登録のため、IDを発行します。ID番号は……』
『“個別随層式亜空間”を作成中……作成完了』
『ユーザー名……“ヒヨシマル”——登録完了』
『装備状態をスキャンします。動かないでください……完了しました』
『対象装備の亜空間収納を開始します。動かないでください……5、4、3、2——』
『——すべての操作が完了しました。衣服を着用し、退出してください』
……うん、ほとんど何言ってるのか分かんねーや。
色々難しいこと言ってるけど、俺は突っ立ってるだけで全部終わるから全く問題無い。
これで、迷宮の中でキーワード、標準的な“トランスフォーム”と言うだけで装備した状態になる。
下着のシャツとパンツだけになった俺は、手早く籠に突っ込んであった服を着る。
余談だけど、迷宮で武具を装備した状態から服に戻す時は“リバースフォーム”って言えば済む。
たまに忘れて戻せなくなる人がいるらしい。
「お待たせしましたっす」
装着室を出た俺は魔王様と姫様の所へ戻った。
魔王様が何か見てる?
って、あれは……。
俺と姫様があえて見ない様にしていた売り場じゃないか。
「これは面妖な……」
「魔王さん、お気になさる必要はございませんわ。ヒヨシマルも来ましたし、もう行きましょう」
魔王様を、姫様が必死に店の外へと促していた。
そこへ——
「おっ、お客さんお目が高いですねー。これは今売り出し中の“士気が上がる装備”なんですよ」
店員のお兄さん(キリンの獣人類)が声をかけてきた。
「士気が上がるとな?」
「そう! 誰しも心の中にお気に入りのキャラクターっているでしょ? こいつはそういったキャラクターを剣や鎧に貼り付けしたものなんです!」
俺はこの手のものに興味ないのと、普通の武具が欲しかったからスルーしてたんだけど……
店員さんが指し示すコーナーには、所狭しと漫画やアニメのキャラクターがデザインされた剣や鎧、盾やなどが飾られていた。
ぶっちゃけ、普通の武具より圧倒的に売り場が広かったりする。
もうこっちがメインのお店みたいな感じになってしまっていた。
マントやローブみたいな布製品も……あ、あれ、ウチで作ったやつだ。
親方が『ちょっと変わっとるが、いつも通り作ればいい』とか言いながら、頭にハチマキ巻いて徹夜しながら作ったんだよな。
別にそこまでしなくても納期たっぷりあったのに……
「推しのキャラと一緒に迷宮にいけば、士気ガン上げで効率向上! Sランク報酬ゲットも夢じゃ無いって、大好評なんですよ!」
「ふむ……」
店員さんの売り込みで興味が湧いたのか、魔王様が腕を組んで考え込む様子を見せた。
「魔王さん、騙されてはいけませんわ。これはそんなモノではございませんのよ」
姫様が小声で魔王様に訴えていた。
一応、店員さんには配慮しているらしい。
どうやら姫様はこの装備がどういったものか知ってるみたいだけど……?
「——おう、ちょっといいかい?」
そこへガタイのいい男の人が声をかけてきた。
頭が魔王様みたいに禿げ上がってるけど、熊の獣人類っぽいな。
その手には、飾られているのと同じような、アニメ調のキャラクターが描かれた剣と鎧と盾を持っていた。
どうやらたった今、装着室で俺とは逆に装備を外して出てきたところらしい。
「どうされました?」
店員のお兄さんが応対する。
「……こいつを返品させれくれ」
男の人は、手に持っている装備の数々をカウンターに置いてそう言った。
「お客様、申し訳ありませんが、ご使用されて傷がついたものは——」
困った様子の店員さんが答え終わるより早く、返品を要求している男の人が口を開いた。
「店員言ったよな、この装備で士気上がるってヨォ!」
クレーマーってやつかな?
何か問題があったっぽいな。
いきなりの展開で立ち去ることもできず、俺たちはそのまま成り行きを見守る形になってしまった。
「確かに最初は上がったよ。迷宮の入り口じゃあ、みんな盛り上がったもんさ。でもなあ——」
クレーマーの男性は、装備の一つを指差した。
それは金属板鎧の胴部分だった。
「こいつはエンジェリック・プリンセス(*)のリリエルだよな?」
(* この世界のアニメ作品)
鎧の前面を覆う金属板には、なんかキラキラしたアニメ絵の女の子の絵が描かれていた。
この店の看板装備なのか、同じアニメの色んなキャラが描かれた装備があちこちに飾られていたっけ。
「ええ、今最も人気の高いアニメに出てくるヒロインの一人ですね」
なんだか店員さんの目つきが鋭くなった気がした。
声のトーンも変わってる……?
ってか、一番人気あるの?
俺、そういうの疎いから知らないんだけど。
「これ着てたらヨォ、うちの魔法攻撃役が俺の前にでやがるんだよ! お前後衛だろ、後ろに下がれって俺が言ったら、奴はなんて言ったと思う?」
ええっと、探索者はチームを組む時、前衛と後衛に分かれるんだっけか。
「防御力の無い役が前に出るのは、確かに危険ですね」
——あ、なるほど。
魔法攻撃役って、体鍛えてないから重い金属の鎧とか、普通は着られない。
ローブとか革鎧なんかが防具になるんだけど、それらは当然硬くない。
つまり防御力が低いので、前衛を盾にして隠れないといけないわけだ。
「あいつ、『漢なら、嫁の前でカッコイイとこ見せたいだろ?』なんて言いやがるんだよ! 何が漢だよ。ヒョロヒョロのしなびたきゅうりみたいな奴がヨォ! 片手でごっついダンベル持てる様になってから言えってんだ!」
興奮したクレーマーの男性が、握り拳の小指側でテーブルを叩いた。
おお、店員さん怯んでない。
俺?
べ、別にビクッとかなんてしてな……すいません、ビビりました。
「まあ、漢の基準にも色々ありますが……」
店員さんが、人差し指でメガネの位置をクィッと直した。
「それ以前に、リリエルは私の嫁ですね。勝手に盗らないでいただきたい」
……何言ってんのこの店員?
「お前もかよ! どうでもいいよ! それよかウチの魔法攻撃役だよ! 出しゃばった挙句にモンスターにぶっ飛ばされてりゃ世話ねぇだろうが! 本当にヨォ! 一撃も受け止められ無え紙装甲のくせに前に出たがんなよ! マジで!」
クレームっていうより、チームメンバーへの愚痴になってるな。
けど、興奮してて、自分でも何を言ってんのか分かんなくなってそう……
クレーマーの男の人は、今度は鞘に収められた剣を手に取った。
「それだけじゃねえ。こっちはトゥルースロング・アンビション(*)のウルギースって奴だよなぁ?」
(* この世界のコンピューターゲーム)
鞘には、いかにも“女性向け”の、細い線で描かれた涼やかな印象を受けるイケメン男性キャラが描かれていた。
前の鎧と同じく、この店にも同系統と思しき商品が並んでいる。
「ええ、今女性に人気の、恋愛シミュレーションの皮をかぶった戦略シミュレーションと名高いゲームの男性キャラですね」
元の雰囲気に戻った店員さんが、淡々と答えた。
自分に興味のないキャラだと、どうでも良いらしい。
「おう、うちの治療役がこいつにお熱でヨォ。最初のうちは『この探索が終わったら、そのウルギース様譲って〜』なんて、ねだられたりしてたんだよ」
クレーマーの人、なんか微妙に顔が緩んでね?
若い女の子相手に、まんざらでもなかったんだろうな。
「ウルギースは人気キャラ投票で8位と、微妙な立ち位置ですが、熱狂的なファンが多いそうですね」
俺からすると、どのキャラも同じ様にしか見えねぇけどな。
興味なくても、店員さんはちゃんと勉強してるんだな。
「ところがだ。迷宮進んでいくうちに、何度か戦闘になるだろ? この剣振り回すだろ? そしたら治療役、剣がぶつかったり汚れたりする度に、汚い声で悲鳴あげやがるんだよ。気が散って戦うどころじゃねえよ、あんなの」
汚い声って……ああ、あれかな?
漫画とかでたまに見る、ひらがなに濁点ついてる奴。
実際、どんな声だったのかは知らないけど。
「終いにゃこれだ」
クレーマーの男性が鞘から剣を抜いた。
剣は中程より少し先で折れてしまったらしく、先端部分が無くなっていた。
「鎧着たモンスターに攻撃したら折れちまってヨォ。見ての通り、ちょうどウルギースの首の部分でポッキリといっちまったんだよ……そしたら、うちの治療役、気をつけの姿勢でうつ伏せに突っ伏しちまってヨォ。空気が抜けた様な声で『いきるきりょくをなくした』って言ったまま動かなくなっちまって……そのままモンスターにタコ殴りにされて逝っちまった(*)よ」
(* “スタート地点送りになった”の意)
クレーマーの人が、ガックリと肩を落とした。
「それは……御愁傷様で……」
店員さんも言葉が出ないみたいだ。
俺も、推しキャラが目の前で無惨な姿になったファンに、なんて声をかけたらいいのかなんて分からないや。
「最後はこれだ」
クレーマーの人は、盾を指差した。
盾に描かれているのは……あ、あれ親方が好きなやつ。
“はにぃちゃん”(*)とかいう、古いアニメのキャラだ。
(* 番外編1参照)
「なあ、確認するけど、盾役ってのは敵の攻撃を受け止める役だよな?」
まあ、確認するまでも無いと思うけど。
読んで字のごとくってやつだよね。
「ええ、言い換えるとモンスターの敵意を集めて他のメンバーに攻撃が行かないようにする役ですね」
おお、そんな見方もあるのか。
「じゃあヨォ……」
クレーマーの人のトーンが急に落ちた。
「盾を守られる盾役って何なの!? ねえ、何なの!?」
えっ?
盾を……なんだって?
店員さんも、咄嗟に応対できないみたいだ。
「真面目に俺を庇ってとかじゃ無くて、この盾守るためにわざわざモンスターの攻撃に割り込んできやがる奴って何なの!? うちの斥候って、一体何なの!?」
クレーマーの人の勢いは止まる様子がない。
「何と申されましても……」
いや、ほんとに何なんだろうね。
「即死判定で逝く直前に奴はなんて言ったと思う? 『はにぃたん、君が無事ならそれでいい……』なんてサムズアップしながら言いやがったんだよ。 中年したオッサンがだよ? 若手を陰ながら見守ってた寡黙なベテランキャラがどっか逝っちまったよ? どうなってんの? ねえ、どうなってんの? だいたい——」
この後も、クレーマーの人は、そのまま興奮状態で「返品させろ」と喚くのだった。
俺は同じキャラが好きな親方のことを思い浮かべていた。
流石に、親方はあの話に出てきた斥候と同じことなんて……
あれ?
おかしいな。
同じ事してる幻像しか思い浮かばないぞ?
いや、まさか……
「お二人とも、もう行きましょう」
俺がちょっと受け入れ難い幻像に首を傾げていると、姫様が立ち去るよう促してきた。
そういえば、姫様はこの装備について知ってるみたいだったけど……
「姫様は、この装備について知ってたんすか?」
出入り口に向かってスタスタと歩く姫様に、後ろから聞いてみた。
振り返った姫様は——
「私がこの前組んだ野良(*)チームも、同じように壊滅いたしましたのよ」
(* 固定メンバー以外の、目的を共通とするもの同士で臨時に組むこと)
と、澱んだ雰囲気で答えてくれた。
ああ、やっぱりそうだったか。
「……しかし、分からぬな」
ショップを出て、カンパニーの受付へ向かう途中で魔王様が口を開いた。
そういや、ずっと何やら考え込んでたな。
「なぜ、傷ついたり壊れたりする事が前提の武具にあの様な化粧を施すのだ?」
それを言っちゃあ、おしまいなんですよ、魔王様!




