第十話
「初めまして、ヴァイオルウィンド陛下。私、スノウディアと申します」
……言葉遣いでバレないかな?
ああ、でもあの不思議な靴の効果で“王族っぽさ”は消えてるのか。
せいぜい、いいとこのお嬢様ぐらいにしか見えないんだろうな……正体を知らなければ。
城に居るはずの姫様と再会した翌日。
結局、姫様は魔王様と同じホテルに泊まった。
とっくの昔に探索者登録は済ませてあったそうだ。
……手慣れすぎてない?
安ホテルに普通に泊まれるお姫様とかね、もう違和感ありまくりだった。
そんなこんなで、朝のロビーで俺は魔王様にミレイディア姫様改め、スノウディアさんを紹介したのだった。
王侯貴族の女の人がよくやる、スカートの端を持ち上げるやつじゃない、普通の挨拶をする姫様。
……これ、絶対普段から出歩いてるよな。
「うむ、こちらこそよろしく頼む。時に、スノウディア殿」
「敬称は不要でしてよ。呼び捨てにして頂いて構いませんわ」
姫様は、ニッコニコで答えている。
アピールしまくってんなぁ……
カーキ色のコートはそのままで、すでにフードはおろしている。
あの不思議な靴の効果で、雰囲気こそ“普通の人”になったけど、顔は紛れもなくミレイディア姫だった。
猫型獣人類で、ややウェーブがかった黒髪。
一番の特徴はびっくりするほど肌が白いことかな。
と言っても、病的な白さじゃなくて、綺麗な白さ。
「ふむ、ではスノウディア。一つ頼みがある」
「あら、なんでしょう?」
魔王様は相変わらずキリッと厳つい顔だ。
この人が笑ってるところ、見たことないんだよね。
テレビではあったかなぁ……?
ダメだ、記憶にない。
「我は今、正体を隠し、忍んでこの地にきておる」
——何言ってんの魔王様?
今まで隠してるそぶりなんてあったっけ?
その格好で隠せてるとでも?
思わず姫様の方を見ると、姫様も困惑してた。
「故に、我のことは“ウィンド”と呼んでもらいたい」
隠せてないですよ、名前。
後半部分そのままですよ。
「わかりましたわ。ウィンド様……いえ、ウィンドさんでよろしくて?」
「うむ、それで良い」
ここでナチュラルに合わせられるなんてすげぇな、姫様。
それはともかく……
魔王様は本気で正体隠してるつもり……なのか?
「あのー、魔王様」
「む? どうしたヒヨシマル」
どうしても気になって魔王様に訊ねた。
「いや、多分みんな魔王様って気付いてますけど……」
「うむ、わかっておる」
「え、でも今お忍びって……」
「うむ、王たるものがみだりに出歩けば下々を無用に騒がせてしまうであろう。故にこうして忍んでおるのだ」
『どこら辺が!?』という言葉が喉まで出かかったのを、無理やり止めた。
魔王様的には、真剣に忍んでいるらしかった。
——あれ?
でも、バレてるって気づいてるんだよね?
「で、でも隠せてませんよね?」
「む? 隠せていないのではない。隠しておらぬのだ」
「——はぃ?」
「王たるものが下々の者に対して隠し事をし、身を縮こまらせるなどあってはならぬのだ。常に堂々と振る舞わねばな」
「え、えぇと……」
魔王様は正体を隠してて、でも隠してなくて……
だ、ダメだ訳がわからない。
「つまり、忍びながら威風堂々としておられる。そういうことですのね」
そういうことってどういうことだよ!?
姫様を見ると、なんか悟ったような顔をしていた。
え? 王族ならわかるとかそういう奴なの?
「……うむ」
少し間をおいて魔王様が頷いた。
いや、コレ、絶対何も考えてないだろ。
良いんすか?
魔王様ってこんなんだけど、本当に良いんすか?
俺は姫様に視線で訴えかけた。
そんな俺の視線から、姫様はすっと目を逸らすのだった。
* * *
「魔王様は人類ですわ」
姫様に連れてこられた、夜の公園。
俺はどうして姫様が魔王様を紹介して欲しいなどとおっしゃるのか、その理由を聞いた。
そしたら、こんな予想だにしない答えが返ってきたのだった。
「良いですかヒヨシマル」
「ア、ハイ」
呆然とした俺の様子が気に入らなかったのか、姫様がムッとした表情になった。
……やばい。
今まで漫画とかで“怒った顔もカワイイ”っていうセリフが出てきても理解できなかったけど——
たった今、すげえ分かっちゃった。
「伴侶が人類である。これはとってもありがたいことですのよ」
「そ、そうですね」
結婚相手が人類じゃないってどういうこと?
それが原因で自分で探す事にしたって言うけど、無茶すぎない?
しかも候補が魔王様って……
「そ・し・て」
「?」
姫様が、ここが一番大事とばかりに意気込んだ。
「魔王様なら、お父様に勝てますわ!」
……ああ、なるほど……
言ってたもんなー、国王様。
「私に勝てない者に、娘は渡さん!」って……
無理だっつーの。
「そうっすね、魔王様なら……あれ? そういえば姫——じゃなかった、スノウディアさん」
そう、そういえば——
どうして、姫様は魔王様がここに居るって知ってるんだろう?
「どうされましたの?」
「いえ、どうして魔王様がここに居るって、ご存知なのかと……」
「ああ、それでしたら」
そう言って、姫様はコートの内ポケットから携帯電話を取り出した。
大きな画面一枚の——いわゆるスマートフォン。
良いなぁ……さすが姫様。
お金なくて昔ながらのパカパカ開けるやつしか持ってないんだよね、俺。
「とっくにニュースになってますわよ、あなたの工房と魔王様」
そう言って、姫様は俺にスマホの画面を見せた。
画面にはテレビでよく見るのと同じ、ニュース番組が映っていた。
『今日、午後3時半ごろ、ホワイトマウンテン市にあるドンラーガ服飾工房で爆発があり、工房と近隣を含む4棟が一部損壊するなどの被害がありました。原因は、例によって、ファーティルグラス魔王国のヴァイオルウィンド陛下である模様です。工房の従業員及び近隣住民に怪我はなく——』
女性のアナウンサーが、淡々と原稿を読み上げていた。
うわぁ……
うちの工房がバッチリ写ってる。
あ、俺がインタビューに答えてるところも出てる。
「本当に、渡りに船とはこの事ですわ。ちょうど向かっていた先に獲物がいらっしゃるなんて……」
「向かってたんすか? 工房に?」
「ちょっと叔母様にご相談いただきたかったのですわ。色々と」
「あー、おかみさんに……」
姫様の言う“叔母様”——王妃様の妹にして、親方の奥さん——に、会いに来こようとしたら魔王様も来ていたと。
なんつータイミングの良さだろ。
「それにしても、よく城を抜け出せましたね」
今頃大騒ぎなんだろうなー、お城。
「ふっふーん、この靴があれば簡単ですわ」
そう自慢げに言って、姫様はピラっとコートの前を開けて右足を軽くあげた。
赤いチェックのスカートと黒いタイツ——じゃなくて、銀色の金属板で彩られた靴が見えた。
王隠銀靴
どういうわけか、王族とか芸能人とか、知名度が高い人達は“有名であるほど”存在感が大きくなる。
そういうのを、オーラが出てるって言う人もいる。
魔王様ぐらいになると真後ろどころか、ちょっと遠いところからでもそこに魔王様が居るって分かるぐらい。
昔聞いた話だと、人々の意識が世界中を覆っている魔力に影響して、結果そうなるらしい。
なんか難しい話しだったんで、詳しくは分からなかった。
——で、この靴はその存在感を隠してしまうことが出来るんだとか。
それも、普通の人程度にはもちろん、全く気配を感じなくなるほどまで。
さっき姫様が靴音を鳴らして存在感がブワッと出たのは、靴の機能をオフにしたから。
しかもこの靴、存在感を隠すだけじゃなくて、逆に大きくしたりも出来るそうだ。
「すげえ靴っすね……」
「王族がお忍びで出かける時には、御用達の逸品ですわ」
思ってた以上に、王族って庶民に紛れ込んでるのかもしれない。
魔王様は……無理だな。
履いたら爆発しちまう。
「そんなことより——」
姫様が俺をじっと見る。
「はいっす?」
ちょっと気圧されながら答えると、姫様はにっこり笑った。
「魔王様への紹介、きちんとお願いしますわね」
にこやかなのに、そこはかとない圧を感じる……
これは、逆らっちゃいけないやつ。
「もちろん、良いっす……けど……」
「あら、何か?」
文句はありませんよ、と心の中で唱えつつ、おそらくは一番肝心であろうことを訊いた。
「魔王様の“全裸”は大丈夫っすか?」
訊いた瞬間、姫様が硬直した。
「どっ、どど、どうってことありませんわ!」
動揺してる、動揺してる。
「だ、大体、ヒヨシマルと親方は、これから魔王様の衣服を作るのでしょう? ニュースで言ってましたわよ。期待してますからね!」
うん、作るんだけど……まずはパンツからって状況なんだよなぁ……
これはまだ姫様に言わない方が良さそうだ。
この後、俺は姫様を魔王様と同じホテルまで見送って、自分の家という名の築30年のアパートへ帰ったのだった。
* * *
「では、行くとしよう」
「うっす」
「はいっ!」
そんなこんなで、魔王様を筆頭にしてチームを組んだ俺たちは、迷宮へ向かって歩き出した。
受付のお姉さんや他の従業員の人達や、ホテルに泊まってたと思われる探索者達のチラチラとした視線に刺されつつ、ホテルを出て歩き出す。
……うん、全く忍べてないわ。
「まずは、探索会社で初心者用の装備を見繕うのでしたわね」
「すいません、手間かけちゃって……」
「かまいませんわ。初心探索者の“あるある”ですわ。私も最初は色々試しましたもの」
「なんか、もうベテランっすね」
「それはもう、何度も城を抜け出……って何言わせますのっ!」
ペシっと叩かれた。
理不尽じゃね?
「案ずることはないぞヒヨシマルよ。いざともなれば、我が所有する武具をくれてやろう」
「マジっすか!?」
「ちょっ……お待ちくださいまし。魔王様の所蔵ともなれば、初心者どころか一介の探索者でも持て余すものではありませんの?」
「何、一薙ぎして眼前を焼き払える程度の精霊剣とか、その程度だ」
「持て余すって程度じゃありませんですわぁ!?」
えー、欲しいなーその剣。
めっちゃ楽に迷宮攻略できそう。
あと、かっこ良さそう……
てな感じでワイワイ話しながら、俺たちはホテルの近くにある探索会社へ向かうのだった。




