第八話
「えっ!? 迷宮っすか!?」
「うむ」
俺が明日、探索者登録をするという話を聞いていた魔王様。
なんと、俺を迷宮に連れて行ってくれると言ってくれたんだ。
「いやでも、悪いっすよ。そんな……」
「気兼ねせずともよい。探索者とは迷宮に挑むものよ」
思わず、親方の方を見た。
親方は、一つ頷くと——
「せっかくの魔王様のご好意だ。ありがたく受け取っておけ」
そう言ってくれたのだった。
俺は魔王様に向き直る。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
——それから約1時間後
「い、一名様ご宿泊ですね。でっ……ではこちらがお部屋の鍵になります。ごっごご、ごゆっくりどうぞ……」
受付のお姉さんが戸惑ってた。
それはもう、すごく。
「うむ、世話になる」
無理もないよなぁ。
片田舎の小さな探索者向けホテルに、いきなり魔王様がやってきたら、そりゃあね。
「では、ヒヨシマルよ。明日8時に」
「うっす! よろしくお願いします!」
魔王様は最初からここに泊まるつもりだったらしい。
考えてみれば、当然だった。
魔王様は、魔王になる前は探索者だったんだから。
それも、ただの探索者じゃない。
世界記録保持者だ。
迷宮、全13階位のうち、前人未到だった第10階位の“レジェンドナイトメア”ランクを制した唯一の探索者。
この記録は今だに破られていない。
魔王様が階段を登っていった。
それにしても、こんな事になるなんてなぁ……
いやー、ラッキーだね。
魔王様について行けば、楽にクリアできるわけだし。
それに、日雇い仕事するよりよっぽど稼げる。
「ヒヨシマル」
と言っても、魔王様の服の製作代が稼ぎの大半になる予定で、俺がもらえる分は必要経費ってことになるけどね。
それでも、ギリギリの額しか貰えないのよりは全然良い。
なんならお小遣いも貰えたりして……
「ヒヨシマル」
よし、今日は帰ってさっさと寝よう!
明日に備えなきゃ……って、さっきから誰か俺を呼んでない?
「ヒーヨーシーマールー!」
「おわぁ!」
声は後ろからだった。
びっくりして振り返るとそこにいたのは……女の人?
「まったく……締まりない顔でにやけてると思えば……周りの声が聞こえなくなるほど嬉しい事でもあったんですの?」
探索者向けに、何処にでも売ってるカーキ色のフード付きコートを着た女の人だった。
年は俺よりちょっと上ぐらい?
フードで頭をすっぽり覆ってて、目の当たりまで隠してるから、誰だか分からない。
かろうじて、耳の部分が出っ張ってるから獣人類だろうことは分かるけど。
「あの……どちら様で?」
女の人は、はぁ……と小さくため息をつくと急に俺の手を取った。
「えっ?」
「ここは人目に付きますわ。外へ出ましょう」
柔らかい……
じゃなくて、どうなってんの?
咄嗟に反応できない俺を引っ張って、女の人はホテルの出入り口と向かって行った。
* * *
「この辺りなら……大丈夫かしら」
ホテルを出てしばらく歩いた先——
数本の街灯が仄かに照らす、夜の公園。
女の人があたりを見回してそう言った。
俺も確認したけど、人影は見当たらない。
それにしても、いったい誰なんだろう?
知り合いみたいだけど……こんな人いたっけ?
せめてフードとってくれたら……
カンッ!
突然、女の人が金属製のブーツを地面に打ち付けると甲高い音がした。
砂地でなんでそんな音が——と考える間もなく、ブーツに魔力が灯る。
すると、女の人の雰囲気が急に変わった。
——見たことある。
いや、忘れるはずがない。
どこか柔らかいような、それでいてキラキラと綺麗な……
俺の頭の中に、晴れた夏の草原にそよ風が吹いているイメージが湧いてくる。
こんな人は一人しか知らない。
「ひめ……むぐっ」
「はい、すとぉーっぷ!」
女の人、いやこの国のお姫様。
ミレイディア・フロントライスフィールド殿下が、俺の行動を予測していたかのように手で口を塞いできた。
「ここに私は来ていない。よろしいですわね?」
にこやかな笑顔の裏に、ものすごい圧力を感じた。
ちょっと怖い。
キレイだけど怖い。
なんかいい匂いがするけど、怖い。
コクコクと頷くと、姫様の手が離れた。
「えっと……じゃあ、なんてお呼びすれば……」
ちょっと顔が熱く感じた。
それはともかく、姫だけど姫じゃないと言うなら、呼び方変えないと。
「私の事はスノウディアとお呼びなさい」
ちゃんと偽名を用意してたんだ。
ってか、結構手慣れてない?
ひょっとして、普段からお忍びで出掛けてるとか?
いやまさか……どっかの魔王様じゃあるまいし……
姫様は靴の魔力を切った。
すると、いかにも王族っぽい雰囲気が消えた。
さっきまでと同じ、どこにでも居そうな女の人に戻った。
あの靴、すごいな……
「わかったっす、スノウディアさん……それで……なんでこんなところに?」
お姫様が夜に田舎町の公園にいるなんて、考えてみればおかしい。
「ヒヨシマル」
「あ、ハイ」
姫様が真剣な顔で俺の名を呼んだ。
「お願いがあります」
お、お願い!?
お姫様が、俺みたいな一般人にお願いなんて……
なんかこの状況、ゲームや漫画の主人公っぽくね?
やべぇ、ドキドキしてきた。
「な、なんでしょう……」
なんかすごい秘宝を探しにいくとかっ。
悪い奴らから助けてとかっ。
あるいは、私と共にほにゃらら的な——
うわぁ、どーしよー。
「私を“あの方”に紹介してください」
あ、はい、ショウカイですねっ。
……ショウカイ?
しょうかい……?
紹介?
「……へっ?」
「ですから、私をヴァイオルウィンド陛下に紹介して欲しいのです」




