第九話
魔王がやってくる前の日のストーンリバー王国、ゴールドマーシュ城内——
「それでは、殿下。おやすみなさいませ」
「ええ、おやすみなさい」
私の侍女が礼をしてドアを閉じた。
私室の寝台の上で、掛け布団をかぶる。
……5分経過。
……10分経過。
——ドアの向こうの気配が消えた。魔力も感じない。
まったく、しっかり寝るまで見張られてるなんて、ちょっと抜け出したことがある程度で大袈裟なんですわ。
ゆっくり、音を立てずに……
ベッドから起き上がり、かがみ込んで下に隠してあった“ちょっと変わった服“を取り出す。
それをベッドの上に一旦置いて、鏡台の引き出しを開ける。
中にあった紐を、首の後ろにあるナイトドレスのファスナーの穴に通して……
……これでよし、と。
体にフィットする、黒い“スーツ”。
コレがあれば、何処かに服を引っ掛けたりする心配なく動き回れますわ。
音を立てないように歩けるブーツもセットですし、服自体は言う事無しですわ。
この服、さる仕立て屋にこんなの作れませんか? とお願いしたら——
「フッ、流石だな姫様。ロマンって奴を分かってやがる。いいぜ、とびきりの“怪盗スーツ”を造ってやる」
……と仰ったんですのよね。
別に私、人様の物を盗んだりするつもりはありませんのに、なぜ“怪盗”などと……
あの方のおっしゃる“ロマン”とやらも、よく分からなかったですけど、まあ些細なことですわね。
さて、さっそく行きましょうか——
と、いけない。
髪を結んでませんでしたわ。
私の髪、長い黒い髪。
猫型獣人類の姫の髪。
うっかり痛めてしまうわけにはいきませんわ。
* * *
私、今回は城を抜け出そうって気はありませんの。
目指す先は、宰相の部屋……
の、天井裏。
「閣下、こちらが例の——」
「む、ようやく来たか」
さっそく始めてますわね……
天井の板に魔道具を使ってこっそり穴を開け、そこから小さな潜望鏡を通して……と。
こんな夜更けに宰相たちが何を話しているかといえば——
「こんな夜更けになってから届くとはな」
「ご確認なさるのは明日でも良かったのでは?」
「いや、明日の朝には陛下にこの件を報告せねばならん。時間がないのだ」
宰相が補佐官から渡された書簡を開けていますわね。
よし、ちゃんと見えますわ。
「ふむ……これが……」
「はっ、此度の姫様のお見合い相手でございます」
そう、私の未来の伴侶を決める見合いの席。
その知らせが今夜半に届くと耳にしましたの。
王族に生まれた身である以上、自由な色恋沙汰など無縁である事は重々承知しておりますわ。
国のために生き、国のために嫁ぐ。
そのことに、私は異論はございません。
すでに姫として、この上ない幸福をいただいてますもの。
今度は私が国に、民にお返しする番。
たとえどんな相手であろうとも、国と国の架け橋となるよう勤める所存ですわ。
……とはいえ、やはり気になってしまうのです。
願わくば、素敵な殿方であって欲しいと——
「しかし、閣下。よろしいのですか?」
「ん? 何がかね?」
「お見合い相手の条件です。もっと、こう——」
「ああ、良いのだ。いくら一国の姫とはいえ、姫お一人にそこまで重積を背負わせるわけにもいくまい。ありきたりな王国の、普通の王子で良いのだ。姫の幸せも考えてやれぬ様では忠臣とは言えぬ」
「は、閣下がそうおっしゃるなら……」
宰相……
お父様は良い家臣をお持ちになられたのですね。
娘として、誇りに思います。
「さて、どちらの王子殿下であらせられるかな……えー、アルィキ・タ・リーナ王国、フッツーノ王子……ちょっと待て」
「どうされました?」
「どうされたもこうされたもないよ、君。これは一体どういう……」
「閣下のご要望通り、部下に“アリキタリナ王国の、フツウノ王子”を探すよう指示致しましたが……」
「違うから。そうじゃないから。なんていうかな、意味を指示して欲しかったのよ、私は。音を指示してどうすんの。しかもその音ですら、微妙に違うし……」
あ、あら?
何やら雲行きがおかしいですわ。
怪しいじゃなくて、おかしいですわ。
「申し訳ありません。ではこちらは直ちに破棄して、部下に改めて命じます」
「いや一応、他も確認しておこう。名称がアレなだけで、他は大丈夫かもしれんからな。で、この王国、聞いたことがないのだが、いったい何処にあるのかね?」
「部下の報告によりますと、ギーの国より南に徒歩で10日、そこから馬に乗って南西へ24日——」
「——待った、待った。ギーの国って? なんで、距離測るのにそんな前時代的なことしてんのよ」
「はっ、およそ1800年前に大陸東部に存在したとされる国です」
「おかしいだろ! なんでそんな大昔の国が出てくんだよ。ちゃんとした資料は!?」
「部下によりますと、古代文献以外に資料が見つからなかったと……」
「じゃあ、その王国ももうねぇだろ! 滅んだ国の王子探してどうすんだ!」
「それが……文献に書いてあった連絡先がまだ生きてまして……」
「あんのかよ! ってか連絡つくのか……よ……え? 連絡先書いてあるの? 古代文献に?」
「フッツーノ王子は現在の、現役の王子だそうです」
「そ、そうか。まあ、居るなら良い……良いのか?」
「ちなみに、父君はソッコイラーノ王というそうです」
「お、おう……で、その王国は結局何処にあるのかね?」
「はっ、部下が文献の記述をもとに現代の地図で照合したところ、ヘヴンマウンテン山脈に行き着いたそうです」
「人跡未踏の超高山地帯じゃねーか! 国以前に人が居ねーよ!」
「私もおかしいと思い、部下に再度捜索するよう指示してあります」
「うん、是非そうして……っていうか、連絡つくなら直接聞いたほうが早くない?」
「あちらの担当者曰く、“それで合ってる”と……」
「マジで?」
「閣下、キャラが崩れてきておられます」
「誰のせいだよ! 思わず地が出ちまったよ」
……あんな宰相、初めて見ましたわ。
あれが地なんですのね。
いえ、それより私、もう不安しかないのですが……
「……とりあえず、落ち着こう。国の場所は置いといて……言葉はちゃんと通じるのかね? 連絡が出来るというなら問題はないと思うが……」
「はっ、やはり独自の現地語はある様でして、先方より翻訳のための辞典や文法書などの一式を取り寄せいたしました」
「ふむ、言葉の壁があるのは致し方ないか。それで、国名や王子殿下のお名前などは、どの様な意味になるのかね?」
「国の方は、“天より来る神の恩恵”となる様です」
「ふむ、良いではないか。まともで安心したぞ」
「王子の御名の方は……」
「うむ?」
「……“ハイパーばばあの玉袋”です」
「うん………………なんて?」
「“ハイパーばばあの玉袋”です」
「スマン、何言ってんのか全然わからんのだが」
「私もわかりません」
「わかりませんじゃないよ、君。あー、あれだ、連絡先に問い合わせを……」
「はっ、すでに問い合わせたところ、“あまねく我が民に神の祝福を”となるとのことでした」
「全然違うじゃねーか!!」
全然違うじゃねーか!
——っと、いけませんわ。
姫たるものの言葉遣いではありませんでしたわ。
何より宰相とセリフ被るとか、最悪ですわ。
「ちなみに、国王陛下の方は“スペシャルじじいの生理痛”となりまして……」
「もうええわ! その翻訳セットはもう使うな」
「はっ、かしこまりました」
「しかし……これは、どうにも無理ではないかね……」
そうですわ。
私の幸せを考えてくださるなら、そんな縁談は破棄してくださいまし。
「ですが閣下」
「む? 何かね?」
「姫の縁談、すでにソルオリジン皇国内では12件の候補中7件が予約済み……もといすでに相手が決まっており、残り5件のうち、4件が丁重なお断りの言葉をいただいております。残り1件に至っては、“保留”と言われたまま、すでに4ヶ月が経過しており……」
……えっ?
初耳ですわ。
私って、実は売れ残……
ま、間違いですわ。
きっと何かが間違って——
「わかっておる……ハァ……背に腹は代えられぬか……」
そこは代えてくださいまし〜〜〜。
「この件は予定通り、明日陛下に報告するとしよう……まあ、流石に陛下は良しとせぬであろうが……む? これは何かね?」
「はっ、そちらがフッツーノ王子のご尊顔、および全身像であらせられます」
——っ!?
イケメンならまだワンチャ……
なんですの、あれ?
「……これ……人間?」
「おそらく少数民族かと……」
「いや待て、こんな頭でっかちな上に、目玉も真っ黒で顔の半分行ってるような未確認生物、人間のカテゴリーに入れていいのか?」
「閣下、それは先方に失礼では——」
「いやいやいや、肌だって灰色だし、髪の毛もないんだぞ? 一体、何人類なんだ?」
「それについては不明です。ただ、彼らの持つテクノロジーは凄まじいものがあるようです」
「テクノロジーとな?」
「なんでも、飛行機とは全く違う、皿のような形をした飛行物体を自在に操るとか……」
「そ、そうなのか」
「はっ、縁談がうまくいけば、その辺りの恩恵に預かれるものと思われます」
「……」
「……まあ、最終決定は陛下の裁可次第だが、一つだけ確かなことは、だ」
「はっ……」
「何一つ普通じゃねーや」
「そうですね」
前!・言!・撤!・回!!!
確かに、“どんな相手でも”と言いました!
言いましたけど、人外なんて論外ですわぁ!
こっ、こうなったら自分で相手を見つけるしかありませんわ!
直ちにこの前お父様に取り上げられた王隠銀靴を……
ええい、宝物室に封印されたからどうだってんですの!
封印なんてぶち破ってやりますわー!
見てなさい!
とびっきり素敵な殿方捕獲して、どいつもこいつも見返してやりますわぁ〜!!




