第七話
「え、じゃねぇよ。モノが無きゃ作れんだろうが」
親方がやれやれといった表情で俺を見た。
「あれ? でもまだ残ってたはずじゃ……」
記憶が確かなら、この前使った後もまだ残ってたはずだぞ。
オーダーメイドの紳士服なら、3着分作れるぐらいはあったと思うんだけど。
注文自体が少ないから、まだ入荷は必要ないと思ってたのに……
「使っちまったよ。この前、オルゼムの奴が来てな」
「ああ、あの方っすか……っていつの間に!?」
オルゼムさんは、親方が盟友って呼ぶ人だ。
『自由伝説』とかいう、親方が作った職人組合(?)みたいなもののメンバーらしい。
たまに店に来て、親方と何やら話し込んだり、何か得体の知れないものを作ったりしてる。
「お前、休みだったからな。依頼されたのは部品だけだから、ちゃちゃっと俺たちだけで作っちまった」
……ああ、オルゼムさんも、何気に“アレ”使えるから問題なかったんだな。
それにしても……
「一体、何の部品だったんです?」
どうせまた、くだらないもの作ったんだろうなぁ。
親方が、盟友と呼ぶ人と二人で作ってる時点で、怪しさしかない。
「ムササビ用ハンググライダーの帆の部分だ」
いらねぇよ!
奴ら自前で滑空できるじゃん!
「なんでまた、そんなしょうもないもんに使っちゃったんすか!?」
やっぱり、やらかしてたよ。
この人達は、ホントにもう……
「しょうもないとはなんだ、お前も職人目指すなら創造性ってものをバカにしちゃいかん」
「ロマンって……」
親方、腕は世界に通用するレベルで高いのに、発明の方は壊滅的に意味不明なんだよなぁ……
「お前、見たくないか? ムササビがハンググライダーで飛ぶ所」
「いや、見てみたいか見たくないかって言われたら、そりゃ見てみたいっすけど……」
誰も見たことないだろうからね。
見てみたい気持ちが起きないってことはないけど……
「それだ」
親方俺に向かって人差し指を向けた。
「それがロマンってやつだ」
えぇ……?
ロマンって、そんなもんなの?
「分かるな、ヒヨシマル」
親方がまっすぐ俺を見つめている。
そうか、それがロマ——
「——いや、分かんねっすよ」
親方が前のめりになった。
「まあ、職人のロマンについては追々理解していけば良い」
親方はすぐに立ち直ると、そう言った。
……正直、理解したくないっす。
俺も、将来親方みたいになるのかなぁ……
「それよかエーテル・コットンだ。紹介状書くから、ちょっと待っとれ」
親方が客間を出て工房へ向かうと、魔王様と二人きりになった。
ちょっと気まずい。
えーと、なんか話題は……
「すいません。なんか立て込んじゃって……」
へへ……と、笑いながら魔王様に話しかけた。
「ロマンか……ヒヨシマルよ、お主、良い師匠を持ったな」
——え?
魔王様からロマンという言葉が出てくるなんて思わなかった。
「そ、そうっすか?」
「うむ、全ての道はロマンに通ず。お主の師匠はそこをしっかり理解しておるようだ」
戸惑う俺に、威厳のある魔王様の言葉が沁みこんできた。
全ての道がロマンに……そうか、そんなにすごいのか、ロマンって。
これは……俺も真剣にロマンを理解するべき……
って、落ち着け俺。
俺はあんな変なもん絶対作らないぞ。
普通の、一人前の、仕立て屋になるんだ。
親方は親方、俺は俺。
そこは譲れない。
っていうか、譲っちゃいけない。
それにしても、魔王様のロマンってなんだろ?
……ひょっとして、全裸がロマンとか?
まさかな。
* * *
「親方ァ、これじゃ足りねぇっすよ」
程なくして、紹介状を書いてきた親方から、紹介状と一緒に路銀だと手渡されたお金が……少ない。
仕入れたエーテルコットンを運ぶために、行き帰りはトラックのレンタカーを使うことになるんだけど、レンタル料に全然足りない。
大体、お城まで日帰りじゃいけないし、宿代も要るってのにこれじゃあ……
「うるせえな、世の中にゃ棒っきれが買える程度の金だけ渡されて、それで悪の親玉ぶっ殺してこいと、どこぞの王様に放り出された奴とかも居るんだぞ?」
「んな、伝説の勇者とかと一緒になんかしないでくださいよ!」
伝説の勇者、ズット・コッチ・ムキダッタは小学校の教科書にも載ってる中世の人だ。
彼は王様からもらったお金で木のこん棒を買い、それをぶん回して凶悪なモンスターを狩って路銀を稼いでいたという話が残っている。
「うーむ……」
「ど、どうしたんっすか?」
急に親方が俺の顔をまじまじと眺めてきた。
「お前……」
親方の真剣な顔が、アップで迫る。
「実はどっかの勇者の血筋とかそういう設定、ない?」
何言ってんだ、この人!?
設定ってなんだ、設定って。
「ありませんよ! あってたまるか、そんなもん!」
思わず、大きな声が出てしまう。
だって、そんな突拍子もないこと言われりゃなぁ……
「……そうか」
親方が小さくため息を吐いた。
心なしか、肩も落としてるように見える。
「な……なんで、そんなに残念そうなんすか?」
ちょっとキツく当たっちゃったかな?
いや待て、親方がそれぐらいでしょげるなんておかしい……
「気にするな、ロマンは一日にして成らずってな。そんじょそこらに都合よく転がってるもんじゃねぇってことだ」
……うん、何言ってんのか分かんねーや。
とりあえず全く心配いらないって事だけは、よーくわかった。
「まあ、ぶっちゃけると、今金ねぇんだよ。この前の仕事の振り込み、来月だろ?」
「あー、そういえば……」
親方は割とお金を貯めないタイプ。
古い言い方だと、『宵越しの金は持たない』だっけか。
その時最低限必要な額、例えば生活費とかだけを残してあとは色んなことに使っちゃうんだよな。
親方が言うには、「死んでもあの世に金は持って行けねぇってのはよく聞く話だろ? それに、生きてる時に使わなかったら金は貯まるだろうが、その分“得られない人生”っていう無駄な時間も増える。貯めりゃ良いってもんでもねえんだよ、金ってのは」だそうだ。
俺は、いざ必要な時にお金が無かったらと思うと怖いけどね。
だから、お金は貯めておきたいタイプ。
「さて、そこでだ」
作業台用の椅子に座りながら、親方が言った。
「お前にゃちょっと早いが、ちょうどいい機会とも言える。自前で金や素材を調達することを覚えるがいい」
自前で調達……?
ひょっとして……
いや、ひょっとしなくても探索者っすか?
「うぇぇ……めんどくせぇっす……」
「バカもん、この業界に入ったら探索者登録は嗜みみたいなもんだ。単純に金や素材だけじゃない。人脈づくりも重要なんだ。やれるんなら早いに越したことはねぇ」
「やらない職人だって、いっぱいいるじゃないっすかぁ……」
「他所は他所、ウチはウチだ」
うぅ……やだなー。
迷宮探索とか、俺は面倒くさいって思っちゃうんだよね。
好き好んで探索者になる奴も結構いるけどさ。
三人に一人は探索者って言われてるこの世の中で、やりたくないから職人になろうと思ったのに。
工房に入って早々、親方から2年ほど修行したらやれって言われたんだよなぁ……
この時は本当に、人生で一番ガッカリした。
「別に、迷宮に潜れなどとは言っとらん。簡単な配達や収穫の依頼ならお前一人でも十分こなせるだろう?」
「あ、そっちっすか。確かにそれなら……」
探索者と言っても、年がら年中、迷宮に潜ってるわけじゃない。
迷宮に挑むだけでもお金がかかるのに、その他諸々の費用も入れたらすごい負担になる。
なので、探索者は探索以外の方法でお金を稼ぐ必要がある。
探索会社では、そんな金欠探索者のために、日雇いや短期契約の仕事を斡旋する役割があるんだ。
色んな物の配達だったり、農作物の収穫の手伝いだったり。
確かに、これなら俺でもできるな。
いちいち誰かとチーム組む必要もないし。
「ちょっと日雇い仕事すりゃ、レンタカー代と1泊ぐらいの宿代なら稼げるだろ。お前、ここんとこ仕立て屋の仕事に根詰めすぎだったしな。気分転換も兼ねて行ってこい」
別に、仕立て屋の仕事だけでも良かったんだけどな。
「へーい、了解っす」
うだうだ言ってても仕方ねーや。
今日はもう夕方だし、明日から近くの探索会社でなんか仕事探すか。
……ん?
明日?
「あれ? 魔王様はどこに泊まるっすか?」




