間話7 前編
「冒険者にー、なりたいかー!?」
死神が左手にマイクを持って大声で叫んだ。
右手は拳を作って上に突き上げている。
……どう答えたらいいんだろ?
「ノリ悪いなー。そこは、おーってな感じで返してくれへんと……」
そんなこと言われても……
そもそも冒険者って、現実にいる職業とかじゃないだろう?
架空の物語に出てくるやつなら、知ってるけど。
「あー、あんさんの世界やとそうなっとったか、忘れとったわ」
死神が「失敬、失敬」と言いながら頭を掻いた。
「まあ、この世界にも“冒険者”なんて職業はないんやけどな」
無いのかよ。
だったらなんで——
「せやけど、冒険者によく似た職業はあるねん。“探索者”っちゅうねんけどな」
冒険と探索……
どう違うんだ?
「あんさんの冒険者のイメージってどんなん?」
えっと……ダンジョンとか秘境とかに行って……
「うんうん……」
危険な場所を潜り抜けたり、モンスターと戦ったり?
「うんうん……」
秘宝とかを手に入れたり……
「うんうん、そんな感じやな。探索者も大体一緒なんやけど、探索者が赴く場所は……」
死神が空中に浮かぶスクリーンに手をかざすと、どこかの建物の中らしき通路が映った。
奥の方は暗闇に消えて、どうなっているのかわからない。
「この世界では、ダンジョンやのうて“ラビリンス”っちゅうねん」
いや、ダンジョンも、“迷宮”なんじゃないの?
「ダンジョンは本来、“地下牢”っちゅう意味でな。迷宮を意味するようになったんは後の時代になってからなんや」
画面に映る通路の両側の壁には、誰が置いたのか照明が取り付けられていた。
通路を照らす光がゆらゆらと揺れているので、火を燃やしているのだとわかる。
……アレって、燃え尽きたりしないのだろうか?
「そんでもって、“ダンジョン”は、ほぼ地下にある迷宮のことや」
見た感じ、通路には窓もなく、地下にあるもののように見える。
「せやけど、この世界に造られる迷宮は地下、地上を問わず出現する。せやから“ラビリンス”と呼ぶ方が正しい」
死神がスクリーンに手をかざすと、先ほどの通路の映像が小さくなっていく。
カメラが壁をすり抜けたかのように引いていく様子が見てとれた。
そして映像は、山か森と思われる木々が生い茂る中にポツンと立つ、縦に細長く白い——塔と思われる建物を映し出した。
なるほど、確かに地下じゃないな。
——ん?
今、ラビリンスは出現するって言った?
「せやで。迷宮はこの世界のどこかで、ある時突然発生する」
???
どういうこと?
「ま、そこは今は気にせんでええ。この世界には時々どこかで迷宮が出現するってことだけわかっとれば十分や」
死神は再びスクリーンに手をかざして映像を変えた。
映像は6つほどに分けられ、それぞれに宝石や光る花、黒い金属っぽい石などが映っている。
「ほんでな、この迷宮、あって困るもんかと思ったらそうでもないねん。むしろ逆や」
逆……ってことは、無いと困るってことか?
「迷宮からはいろんな“資源”が採れるねん。魔法のアイテムや鉱石の類に、薬。他にも色々な素材がわんさかとな」
なるほど、生活に役立つものが採れるってことか。
「で、この迷宮に潜って資源を採ってくることを生業としとるのが、探索者や」
死神が手を振ると、スクリーンに探索者と思しき人間の映像が映し出された。
犬っぽいのは獣人類……小さい人間は小人類かな。
耳が尖ってるのは精人類だったか。
全部で五人居るな。
まとまって歩いてるから仲間なんだろうな。
皆、着ているものはそれぞれに独特の形だけど、どう見ても軽装だ。
特に荷物を持っている風にも見えない。
とてもこれから迷宮の探索に向かうようには見えないんだけど……?
「これから、探索者が実際に迷宮に挑むところを見てみよか」
死神に促されるまま、スクリーンを見やる。
探索者の男女が森の中にぽっかりと開いた暗い穴——洞窟の入り口へと吸い込まれていった。
『さあ、今度の挑戦者はー! オンリーヒアカンパニー所属のチーム、サンプルズ!!』
——はぁ!?
映像が洞窟の入り口へ向かって行って暗くなったと思った直後、視界が開けて突然甲高い声が響いた。
そこにはとても小さい女の子が……空中に浮かんでいた。
背丈は小人類の半分程度しかない。
よく見るとトンボの様な羽が生えていて、羽ばたいている。
「あれは、案内妖精や、その迷宮のルール説明や、探索者の実況をしてくれるねん」
る、ルール?
実況!?
『チーム・サンプルズの皆さんは、このハードランク迷宮、ミレット・トゥギャザーラビリンス・1号窟へは初挑戦! これまで5つのノーマルランク迷宮を踏破して実力をつけて来たという皆さんですが、はたして、ハードの洗礼を潜り抜けることができるのかー!?』
ハード? ノーマル? ランク?
思ってたのと全然違うんですけど!?
「ビビった? びっくりするやろ思たわ。せやけど、百聞は一見にしかずって言うやろ。こういうのは先に言葉で説明すんのムズいでな」
死神が映像を一時停止した。
「まず、探索者は会社に就職するか、登録する。どう違うかっちゅうと、就職は専任、登録は兼業って事や。専任なら会社から色々サポートもあるし、ノルマがある代わりに月給が出る。一方で登録なら依頼の斡旋と獲得した資源の買取りぐらいしか会社との接点は無い」
会社か……
そういう会社って、いっぱいあるの?
「いっぱいあるで。それこそ大企業から零細に至るまでな。で、探索者ってのは一人で迷宮に行く奴はあまりおらん。大体は数人で組んで行くんや。これは“チーム”と呼ばれとる」
なるほど、それがさっきの探索者たちなんだな。
「そういうことや。同じ社員同士でチームを組む。こん時に専任とか登録とかは関係ない。逆に違う会社の探索者でチームを組むことは無いで、そもそも資源の収集と納品が目的なんやからな。分配で揉めるわけにいかんやろ」
思っていた以上に複雑な仕組みだった。
覚え切れるかな……
「さて、細かいこと言い出したらキリないさかい、探索者についてはこれぐらいにしとこか。ここからはお待ちかねの迷宮について説明するで」
死神がスクリーンを操作して、映像を切り替えた。
そこには色々な迷宮に挑んでいると思われる探索者たちが写っていた。
迷宮はそれぞれに全く違っていた。
野原の様な場所で異様な姿をしたモンスターと思われる怪物と戦っている探索者。
洞窟の様な場所で、背後から転がってくる巨大な岩の玉から逃げ惑う探索者。
空中に浮かんでいる岩の上を飛び移っている探索者。
密林の様な場所で、ツタに捕まって登っている探索者。
……などなど。
全ての映像の端に、死神が案内妖精と呼んでいた小さな女の子が写っていた。
「迷宮は世界に無数に存在しとるんやけどな、その難易度に応じてランク分けされとんねん。ランクは13段階ある。得られる資源も当然、ランクが高いほど貴重なもんが出る。探索者でも始めたばかりの駆け出しは下から2番目のイージーや3番目のノーマルで下積みして、ベテランになってくると4番目のハードから上のランクに挑戦していくって感じやな」
——あれ? 2番目から?
一番下へは行かないの?
「ベリーイージーはちょっと特別なポジションでな。報酬もしょぼいんで“娯楽施設”的な扱いやねん。ここで語るほどのことはなんもないで」
ふーん。
じゃあ、あの映像の探索者がノーマル5回踏破って言ってたけど、それでベテランなのか?
「いや、全然少ないで。そんだけ腕に自信があるのか、それとも……まあ、続き見れば分かる」
死神が「こんな風にな」と言いながらスクリーンに手をかざすと、先ほどの探索者たちの映像に戻った。
「まず、迷宮の入り口がスタート地点となる。ここで案内妖精からその迷宮の内容を説明してもらうんや。案内妖精ってのは迷宮に造られた存在でな。自我はあるけど、迷宮から出ることはあまりない。出られんわけでもないんやけどな」
ここが一番奇妙なところだ。
一体、どうしてそんな存在が必要なんだ?
「それは続きを見れば分かるで」
そう言って、死神は止めていた映像を再生させたのだった。




